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2009-02-17

痴漢です!」その一言で車内の空気が変わった。

すぐに手首をつかまれたのは僕だ。目線を向けるとこわばった顔で僕を指差すOLと、疑いと怒りをほどよくブレンドした顔で僕を拘束するサラリーマンがいる。大丈夫、『それでもボクはやってない』だって見たし、予習はバッチリだ。僕じゃありません、なにか勘違いじゃないですか、こうだ。

「ち、ちがうますぅー。ぼぼぼ僕やってま」

「しらばっくれる気か! この子泣いてるじゃないか!」

ヘタクソな山下清の物真似みたいになってしまった僕の弁解をサラリーマンが遮る。かぶさるようにOLの鼻をすする音。車内の空気が一気に冷える。

「ちょっ待ってくださいよ、本当に僕じゃ」

「うるさい、言いたいことがあったら警察に言え!」

次の駅でホームに突き落とされ、僕の遅刻は決定的になる。ちらと車内を見ると、突き刺さるような視線がいくつも見えて思わず目を伏せる。と、ここで別の声がかかる。

「まあまあ、ちょっと落ち着きましょう。本当にこの人がやったのを見た人がいるんですか?」

頭に白いものが混じった初老のダンディーだ。惚れそう。

「あなたは他の人がやったところを見たのか?」

サラリーマン。なんという悪魔の証明。どうやら『それでもボクはやってない』を見ていないようだ。

「そうなんです、僕がやったんじゃないです、なのに」

「質問を質問で返すなァ!」僕の訴えを無視して突如激怒するナイスミドル。あれー?

ドイツもこいつもイタリアも人の話を聞きやがらねぇ! 私はやってないっつってんのに警察に突き出されたら何も聞いてもらえないんだよぉ!? 裁判になったら濡れ衣だろうが罪を認めて和解か長い係争の末の『反省の気持ちが見受けられない』とか言われて重い罪に服すことになるのの二択だよぉ!? オイ俺に濡れ衣着せた馬鹿女出てきやがれぇ!!」息を飲む僕とサラリーマンアイコンタクトを交わすと、助けてくれって目をしてる。知らねーよ馬鹿お前こそ俺を助けやがれって目を返す。

「わ、私がこの人に濡れ衣着せようとしてるって言うんですか?」

いち早く態勢を立て直したOLが話を本線に戻す。気丈なOL萌えキレイお姉さんは大好きです。

「ああそうだ、その可能性をどうやって潰すんだあ! そしてみち子はどうやったら帰ってきてくれるんだぁ!」血走った目、髪を振り乱してナイスミドル。口から炎を吐き出さんばかりだ。こええよ。

「原則は疑わしきは罰せずですが、日本性犯罪に関しては疑わしきは罰せよっぽい感じなので大丈夫ですよ。潰す必要はありません」

インテリメガネがあらわれた! おい余計なこと言うな。

「自称被害者女性だったら証言が重視されるってのも変よね、男女差別だし、それ自体が男女差別正当化する根拠としても使えるわ。変じゃないかしら」

フェミがあらわれた! 話ややこしくすんなよ。

「ねえ、あんたが認めなさいよ、私はあんたが手を伸ばして私のおしり触ってるところ見てんのよ」

混乱する場に合わせてゴリ押しするOL。そうです私が変なおじさんです。

「僕じゃありません、なにか勘違いじゃないですか」

やっと言えた。なぜかさらに盛り上がるホーム。

「お前だろ!」「よく言った!」「でも痴漢犯罪が否定したもん勝ちになるのも納得いかないわ」「突き出しちゃえば勝ちですよ」「みち子帰ってきてくれえ!」

かき鳴らされるギターバンジョー、打ち鳴らされるハイハット。駅員の登場で最高潮に達する。

「どなたがその……」痴漢という言葉を知らないらしい駅員が、異常事態を前におずおずと口を出すと、

「コイツが痴漢だ!」「違いますコイツです!」「ふざけんな俺じゃねえよ!」「違いますよこの人ですって!」「女の私が痴漢だって言うんですか!」「女性なら除外されるってのも男女差別かしら?」「無茶苦茶ですよ。いいから本人を突き出せばいいんです」「本人って被害者の私ですか、それとも加害者のあの人ですか」「だから僕は加害者と違うって言ってるのに」

駅員が困っている。僕だって困る。すでにホームは乱闘騒ぎに発展し、折り重なる人と人、殴り合うフェミとインテリナイスミドル号泣しながら電話していて、OLサラリーマンが僕をカカトで蹴っている。曲調がフランダースの犬に変わり、僕らは歌いだす。ランランラーン、ランランラーン、フンフフフンフン、ララララ♪ わすれーないよーこのみーちをー……

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