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【光る君へ】書道指導・根本知さんに聞く 「吉高さんの見事な筆さばきは努力の賜物」 「『春はあけぼの』は責任重大でした」

大河ドラマ「光る君へ」で、書道指導を担当する根本さとしさんにインタビューしました。吉高由里子さんをはじめとするキャストに書道を教えているのをはじめ、「光る君へ」の題字の揮毫、画面にたくさん登場する書の制作など、「書」のドラマには欠かすことのできない存在です。(聞き手・美術展ナビ編集班 岡部匡志)

おなじみの題字も根本さんの揮毫

吉高さんの努力する才能に驚き

Q まひろが「源氏物語」を書き始める場面が目前に迫ってきています。吉高さんは左利きですが、練習すればあんな風に利き手ではない手で筆を扱えるものなのですか。

A 吉高さんがすごいのです。誰もができることではありません。私も、利き手ではない左手であんな風に書くことはできません。吉高さんは大変な努力家で、さらりと書いているようにみえて、自宅でのお稽古量が膨大なのです。吉高さんはよく「家で泣きながら書いているんだから」と言ってます(笑)。私の平安時代に対する思い入れが強いので、期待に応えないと、と努力してくださっているのかもしれません。

Q 予想を超える上達だったのですね。

A そもそも、吉高さんへの指導が始まった際に、制作陣から頼まれたのは「吉高さんが右手で書けるかどうかを見定めてほしい」というものでした。難しければ、「手先吹き替え」といって書く場面だけ違う人にやってもらう、という選択肢もありますから。稽古に入って早々に「いける」と思いました。とても真剣に取り組んでくださる方なのが分かったので。

Q 実際、今はとても上手ですよね。

A 利き手ではないので、ご本人も「自分の字」という感覚ではなく、役のイメージで書いています。「最初のころの字を見ると、よくあんな下手なの書いていたと思う」と吉高さん本人がおっしゃってますが、「下手な字」と分かるというのが凄いことで、「目」が良くなっている証拠です。

第2回「めぐりあい」。恋の歌の代書稼業の場面で筆を使う吉高さん

書の上達は手だけでなく、目もとても大事なのです。字を書く最初の場面は15歳ですから、ドラマにおける人格的な成長と同様、書も子どもから大人へと成長したと言えそうです。今では吉高さんが書いたものに続けて、私が紫式部のイメージで書き継いでも、どこまでが吉高さん、どこからが根本、と区別ができないほどです。

「紫式部の書体」どうやって考案?

Q まひろの書体はどのように作り上げたのでしょうか。紫式部が書いたものは現存していません。

A 書の世界には「伝承筆者」というものがあります。「伝紀貫之」とか「伝藤原行成」など山ほどあります。「古筆切」といい、もともとは巻物や冊子だった古い書が切断され、来歴や筆者が分からなくなったものが各地に伝えられていてます。その内容や書風、字の形やオーラなどを元に、それぞれの時代の専門家が「これはきっと◎◎が書いたものに違いない」と判定して、それが後世に伝えられたものです。「伝紫式部」もたくさんあります。それをみると、すごく細く、回転が多く、小粒な字という特徴があります。つまり先人たちは紫式部という人物が書きそうな書として、そういうイメージを持っていた、ということになります。そうした史料をもとに、まひろの書のイメージを固めていきました。

左側が「白氏文集」の写本、右側がまひろが写したもの

Q どうして紫式部はそういうイメージを持たれたのでしょうか。

A 端的に言えば書家ではないから。あくまで物語の作り手です。となれば現代の作家もそうでしょうけれど、頭の中に思い浮かんだストーリーが消えてしまわないうちに、どんどん記録していく必要があります。スピード感が重要です。早書きが可能で、手が疲れない書体に自然になっていったはず。

文房具の変化も重要なファクター

Q 彼女が扱う紙も変わってきますね。

A 紙の質や道具も、書体を決める上ではとても重要です。為時邸で書いているときの紙は混ざりものが多い茶色っぽいものです。質がそれほど高くないし、筆も高級なものではないので、小さく書いたら滲んで読めなくなってしまいます。だから最初のうちは大き目な字で書いています。これから宮中に女房として迎えられ、越前の高級な紙が届けられる。筆も毛先の効くよいものになる。時代が下れば下るほど、小さな文字でびっしりと書くようになるのです。文房具の変化も見逃さないでほしいです。

Q 書くときの姿勢も変わるとか。

A だんだん、猫背になってきて、筆も下の方を持つようになります。物語の世界に入り込んで、すごいスピードで書くようになるから、自然とそうなるのでは、ということで。「また昔の下手な時の持ち方になるんですか?」と吉高さんは言ってましたが(笑)、ストーリーの展開と密接に関係しています。

ウイカさんの性格が現れる書

Q 清少納言の書はどのように固めていきましたか。

A 清少納言の書もやはり残っていないので、ファーストサマーウイカさんと稽古しながら作っていきました。ウイカさんはとても気を遣ってくださる性格で、なおかつ負けん気が強く、芯の強い方という印象を持ちました。

10年ほど書道を習っていたそうで、もともと右肩上がりの力強い書体でした。私も長年、書を教えているので分かるのですが、筆跡には人柄が出るもので、右肩上がりの文字を書く人は意思の強い方が多いです。書道の経験者の場合、最初に「どん」と力強く入って、そこから「すーっ」と筆を運ぶのですが、平安の書の場合、「どん」とは入らず、最初から「すーっ」と入るので、そのクセを取るのに時間がかかりました。一方、ウイカさんは手首が柔らかく、払いがとても上手でした。そうした特徴を生かしつつ、清少納言のキャラクターも踏まえて、ウイカさんの字の魅力が伝わるように心がけました。

多くの視聴者の涙を誘った「春はあけぼの」も根本さんが書きました

Q 「枕草子誕生秘話」は実に印象的なシーンで、大河ドラマ史に残る名場面と絶賛されました。画面に出てきた「春はあけぼの」は根本さんが書いたものですね。どういう心境でお書きになりましたか。

A 責任重大でドキドキしながら書きました。「春はあけぼの」の場面の印象を決めてしまいますから。もっと小さく品良く、とイメージされた方がいたかもしれませんが、私としては「文字からウイカさんの顔が浮かぶように」と心掛けました。直前に、ウイカさん自身が書くシーンも入っているので、違和感がないようにと。

最も緊張した「三蹟」行成の書

Q 藤原行成が一条天皇に献上した古今和歌集も見事でした。「三蹟」と言われた行成の文字の美しさを鮮やかに表現していたように思えます。

A 一連の制作物なかで最も緊張しました。行成は私にとって神様のような存在なので。ふだんは制作チームから依頼があれば、かなりのスピードで仕上げていますし、同時進行でいくつも制作することもあるのですが、行成の時だけは「ほかの仕事はできません」と断りました。「なんで行成だけこんなに時間かかるのですか」と助監督さんにも言われました(笑)

あまりに名高い「古今和歌集」の巻第一「春歌上」。「年のうちに 春は来にけり 一とせを 去年とやいはむ 今年とやいはむ」。古典が好きな方には感涙ものの場面でした

彼の書いた字は「い」「ろ」「は」など、文字ごとにまとめられて書籍になっており、「の」という字だけでも何百とあります。その中から文脈や前後にあわせて適切な字を選び、その字をそっくりになるよう書く、という手間をかけて納得ができるものにしました。

道長は「器の大きさ、そのまま」で

Q 道長の字はどうでしょう。

A 道長自筆の国宝、「御堂関白記」を参考にしました。正直、上手くないのですが、それは誰にも気を遣う必要がないからで、堂々として器の大きな人物像が、字にもそのまま表れていると言えます。

柄本さんは、道長の字を「完コピ」レベルで再現できるといいます

柄本佑さんは「練習しても、ちっとも上手くならない」と嘆いていましたが、まさにその通りで、なぜなら道長の字を真似ているからです(笑)。今や道長の字を完コピできます。道長については、経典を書いた文字なども残っているのですが、こちらはとてもうまいのです。出るところに出たら、きちんと書ける人。篤い信仰心が伺われます。

「字を書かなくなっている時代」だからこそ

Q 筆を使う場面や文字を映す場面がこれほど多い大河ドラマは、史上初めてではないかと思います。ここまでやるのか、と思いましたか?

A 制作当初から、内田ゆき制作統括は「書道が見どころのひとつです」とおっしゃってましたが、「またまた。そうは言っても…」と思っていました(笑)。ドラマに出てくる書を書く仕事も、月に1度でも2度でもあればいいな、ぐらいに考えていました。それが始まってびっくり、今や寝る間を惜しんでひたすら書いています(笑)

画面に出て来る「書」のほとんどを根本さんが書いています

「書」に関係する制作物はほとんど引き受けているのですが、毎回、どこかしらの場面で私の書いた字が画面を横切っています。録画を一時停止して、「何が書いていあるのか」と調べている人もたくさんおられるので、じっくり観察されてもおかしくないぐらいの質で書かないといけません。テクノロジーが発達して手で文字を書かなくなっている時代だからこそ、こうやって書が頻繁に話題になることが驚きですし、感謝するほかありません。

Q ドラマ作りの大切なところを支えています。

A ベテランの考証の先生方に教えてもらいながら、この仕事に携わることができるのも喜びです。演出は細部に宿る、ということが痛いほど分かりました。細かいところ、画面に映らないところまで気合を入れて良いものを用意することで、俳優さんも気持ちが入ってくるのですね。手紙などで重ねられた紙の下の方になり、画面に映らないことが分かっている部分であっても、手を抜かずしっかり書いています。そういうところが大事なのです。

参考文献、辞典、筆、硯など根本さんが常に持ち歩いている道具を見せてもらいました。「いつでも、どんな場所でも書けます」

根本知(ねもと・さとし)さん 立正大学文学部特任講師。教鞭を執る傍ら、腕時計ブランド「GrandSeiko」への作品提供(2018年)やニューヨークでの個展開催(2019年)など創作活動も多岐に渡る。無料WEB連載「ひとうたの茶席」(2020年〜)では茶の湯へと繋がる和歌の思想について解説、および作品を制作。近著に『平安かな書道入門 古筆の見方と学び方』(2023、雄山閣)がある。