藤本健のDigital Audio Laboratory

第1007回

ライブ丸ごとWAV保存!? ヤマハの世界初“ライブ真空パック”システムが凄い

ヤマハ「GPAP」システム

皆さんはライブ・コンサートを、どれくらいの頻度で行っているだろうか? よく行く人、まったく行かない人の両極端になりそうだが、「観たくても観られないライブ」というものもたくさんあり、結果としてライブに行くことができていない……という人も多そうだ。

そうした中、ヤマハが「GPAP」(General Purpose Audio Protocol)というユニークなシステムを開発した。コンセプトは“ライブの真空パック”。「観たくても観れないライブ」を真空パックで届ける、という。先日そのGPAPの発表会に参加し、真空パックの再現具合を確認するとともに、どのような技術で成り立っているのかを聞いてきたので紹介してみよう。

“ライブの真空パック”を実現するGPAPとは

ヤマハが開発した“ライブの真空パック”を実現するGPAPとは何か。

まず前段となるのが、2020年に発表した高臨場感ライブビューイングシステム「Distance Viewing」。これは、コロナ禍で打撃を受けるライブハウスの再興につながるコンテンツを提案すべく、映像・音響だけでなく、照明や舞台演出など、ライブ体験のすべてを記録してステージ上で忠実に再現するシステムとして開発されたものだ。

いわゆるライブビューイングは、最近少しずつ広まっているので、観た経験のある人もいると思う。映画館で鑑賞して楽しむライブ上映会は、この10年で急成長しており、日本のライブ市場でみると10年で3倍に成長しているという。これには「チケットのプレミアム化」「転売問題」などがあり、チケットが取れないという状況になっている背景もある。

一方で、ライブ会場が遠方であるため行けない、というケースも少なくない。もし近くの映画館で比較的手ごろな値段でライブビューイングがあるなら、と参加する人も増えているようだ。

ただスポーツ観戦のライブビューイングであれば、ゲーム内容がメインなので、それなりに盛り上がるとは思うが、コンサートのライブビューイングだと、どうしても臨場感に欠けてしまい、リアルのライブ会場に行って得られる体験とはまったく別モノという印象を受けてしまうことが多いのが実情だ。

ところが、このDistance Viewingだと、かなり実際のライブに行っているような体験が得られるのだ。今回の発表会では、一般的なライブビューイングと、ヤマハが開発した新世代のDistance Viewingの比較をデモしていたが、前者は大きいディスプレイでDVDやBlu-rayでコンサートビデオを見ている感覚なのに対し、後者は本当のライブ会場にいる感覚が得られた。

では、後者のどこが違うのか?

基本は2020年のバージョンと大きく変わったわけではないが、映像・音響・照明・レーザーなどなど、各所にアップデートを加えている。

まず映像だが、ライブをそのまま再現するため、アングルを変えずズームもしない、ある意味単調な構成だ。一方で音響はオーディオの再生というよりも、ライブ会場でのPAの音に近づけている。かなり音圧もあり、低音もズンズンと響くものにした。まあ、ここまでは一般的なライブビューイングでもある程度再現できるかもしれない。

一方で、大きく違うのが照明やレーザー。これらが激しく動くか、あるかないかでもまったく臨場感が変わってくる。もちろん、照明もレーザーも実際の映像との間に0.1秒でもズレがあると、違和感を感じてしまい臨場感を損ねてしまうが、ここがガッチリと同期しているのだ。

開発を担当したヤマハ株式会社ミュージックコネクト推進部戦略推進グループの柘植秀幸氏によると、「コロナ禍の2020年にDistance Viewingを開発し、等身大の映像に加え、ライブ本番と同じように音響・照明・レーザーなどの舞台演出で上映する高臨場感ライブビューイングを実現し、3回の優勝イベントも開催しました」。

「その結果、来場いただいたお客様からは98%超の高い満足度をいただき、『ライブとして楽しめました。映画館のフィルムコンサートよりすごく良いと思いました』、『照明もとても効果的ですごいです。感動しました。またぜひ開催してください。待ってます』、『この迫力、この臨場感、今まで体験したことない世界に引き込まれてしまいました』などのコメントをいただきました」と話す。Distance Viewingを体験した人はまだ一部に留まるようだが、評価は上々のようだ。

ヤマハ株式会社 ミュージックコネクト推進部戦略推進グループ 柘植秀幸氏

「こうした活動をするなか、Distance Viewingの潜在的なニーズも見えてきました。例えば、声優のアーティストなどで、活動時間や予算面が限られ、地方公演がしにくいケースや、海外アーティストで来日が難しいケース、反対に海外に届けたい音楽ライブなどです。また音楽ライブではありませんが、どうしても首都圏に集中してしまう“演劇”の地方展開など、可能性はいろいろあると考えています」と柘植氏は話す。

では、Distance Viewingがどんどん広まったのか? というと、そういうわけにはいかなかったようだ。というのも、現場においていろいろな課題があったからだ。

「ライブを再現するためにはさまざまな機材が必要で、それぞれすべてフォーマットが異なるのです。音響はWAV、電子楽器はMIDI、映像はMOVやMP4、照明はDMX、レーザーはILDA、舞台装置はGPIOなど、すべてがバラバラで、統一した記録フォーマットもありません。ライブ現場では専門の人たちがお互い連携しあいながら一つのライブを実現させています。ライブを実現するには、音響、電子楽器、映像、照明などの間で同期をとる必要がありますが、それもそれぞれ別のタイムコードフォーマットとなっているので、とにかく煩雑かつ複雑なのです。そして、ひとつのミスも許されない。こうしたものをまとめて、Distance Viewingで再現するのは至難の業で、いろいろな苦労がありました。そこで、この課題解決のために一段抽象化して考えてみたのです」(柘植氏)。

さまざまな機材・フォーマットがあるが、やりたいことは“すべてを同じ時間軸上でデータ記録すること”だ。そして、そのデータのほとんどがデジタルデータであるのだから「全部オーディオデータの中に取り込めるのでは?」というのが柘植氏の発想であった。

音響・映像・照明など全部まるごとWAVファイルに!?

発表会では、DAWであるCubaseを用いてGPAPの簡単なデモが行なわれた。音楽が再生されるとともに、照明が動き、レーザーが飛び回るというデモだ。

柘植氏によると、音響も電子楽器も映像も照明もレーザーも舞台装置も、すべてWAVだけで記録して再現したとのこと。「GPAPの再生はオーディオとして再生するだけなので、再生装置はCubaseのようにPCを使ってもいいし、MTR、iPhoneなどのスマホをはじめ、WAVファイルを再生できさえすれば、なんでもOKという。

ただいきなり「MIDIも照明もレーザーもWAVファイルにする」といっても、話が飛躍しすぎていてその時点では何をしているのか、さっぱり分からなかった。質問して聞いてみると、なるほどすごいアイディアだと分かったのだ。

どういうことなのか? 例えば、照明であれば本来はDMXを使って制御するわけだが、現場ではDMXのシーケンスデータとオーディオや映像間それぞれで同期をとって動かしている。一方GPAPは、DMXの制御信号をそのままオーディオに変換してDAWの1トラックとして取り込んでしまう、という手法だったのだ。

もちろんDMXはオーディオではないけれど、FAXや昔のMODEMのようにFSK変調をかけてピーピロピロ…という音に変換してしまえば、トラックに置くことが可能だし、その音を変換すれば元のDMXに戻すことができる、というわけだ。

オーディオデータとしてトラックにあれば、同じ照明の動きを別の時間でも行なうなどの編集作業も簡単にできるし、オーディオトラックを見ながら、照明とレーザーのタイミングを調整することも簡単に行なえる。

そうした各信号をオーディオに変換する装置と、反対にオーディオをDMXやILDAなどに戻す装置も開発されており、これと一緒に使えばすべてのデータをオーディオとして一元管理でき、照明やレーザーなどを簡単に制御できるようになるわけだ。これが多目的に使えるオーディオプロトコル=GPAPというわけである。

各信号をオーディオに変換する装置と、反対にオーディオをDMXやILDAなどに戻す装置

コルグ「Live Extreme」と組み合わせれば、自宅でライブ再現も!

実際のライブ現場で必要な作業は、ケーブルを挿すことだけで、簡単にDAWに記録することが可能。反対の接続をすれば同じ状況を再現できる、という。

また、Cubaseでのデモだったが、単にオーディオの録音・再生を行なっているだけなので、Pro ToolsでもGrageBandでもStudio One、LogicでもなんでもOK。

これで、ライブ会場のすべてのデータを1つのフォーマットで非常にシンプルに記録できて、編集できるシステムが実現できる。必要であれば、世界中のライブのデータが全部資産として保存可能になり、アウトプット先はいくらでも考えられるというのだから、画期的な発明といってもいいのかもしれない。

実際に、その記録と再現が目の前で行なわれたのだが、ここではコルグの配信システム「Live Extreme」を用いたユニークな実験となっていた。

まずはステージ上にギタリストが立ち、そこでバックトラックを流しながら演奏したのだが、その際は照明やレーザーも飛ぶまさにライブという感じの演出。これをビデオカメラで撮影すると共に、GPAPのシステムとしてDAWにレコーディング。それをそのまま再生するのではなく、Live Extremeを介して配信したものを再現していたのだ。

Live Extremeはこれまでも何度か取り上げてきたことがあったが、マルチトラックのオーディオをロスレスのまま送ることができるので、GPAPをそのまま利用できる。

実際ステージ上には、先ほどのギタリストの映像が流れるとともに、音がまったく同じように流れる。そこに照明やレーザーが当てられて、まさに先ほどのステージがそのまま再現された格好になっていた。

小さい会場にも導入できるパネル型スクリーンも開発

ただ、照明システムやレーザーシステムなどがあるライブハウスで再現する場合はいいが、このデータをLive Extremeを使って自宅で視聴して意味があるのか? これについても「可能性がある」といい、発表会会場ではそのデモも行なわれていた。

家庭でも、照明演出が再現可能

DMXに対応したLEDなどを使った小さな照明機器があれば、コントロール可能だし、応援棒などをこれに対応させれば、単にライブビデオを見るのとはまったく違った視聴体験が得られる、という。

もちろん、それを実現するには対応のハードが販売されないと難しいが、GPAP、Distance Viewingが広まっていけば、あながち夢の世界でもなさそうだ。

一方で、Distance Viewingを実現するには大型のスクリーンが必要となるが、大型のスクリーンはコストがかかるし、設置に手間がかかるのも事実。

そこで、低コストで素早く設置・撤収が可能な折り畳み式のパネル型スクリーンも発表された。こちらはデジタル機器ではなく、ローテクなアイディア機材ではあったが、かなり便利そうなものだった。

スクリーンを組み立てる様子

折り畳み式のフレームにパネル型スクリーンをはめ込み、最後に白いシールを張れば白い大型スクリーンが完成する。会場に合わせてサイズの変更も簡単に行なえ、スクリーンの高さは最大約5メートル、横幅は自在に拡張できるので、必要に応じてコンパクトなものから数十メートル規模のものまで調整できるのだとか。実際、その組み立てデモも会場で行なわれた。

今回はヤマハによる技術発表的なものであり、すぐこのGPAPのシステムを広く販売する、というわけではないようだったが、従来のライブビューイングとは次元の異なる臨場感が得られるこのシステムが広く普及すれば、手ごろな価格で気軽にライブを楽しむことができるようになりそうだ。

ヤマハ 新技術記者発表会  記録・再生システム「GPAP」とパネル型スクリーンを発表
藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto