Location via proxy:   [ UP ]  
[Report a bug]   [Manage cookies]                

タグ

セカイ系?に関するBigHopeClasicのブックマーク (2)

  • 『天元突破グレンラガン』から『機動戦士ガンダム00』へ、あるいは、セカイ系を避けるための二つの方法 - metamorphosis

    『天元突破グレンラガン』とは、いったい、どのようなアニメ作品だったと言えるだろうか? 『グレンラガン』には、旧来のアニメ作品の反復という側面がある。もっと限定して言えば、それは、70年代から00年代にかけての(ロボット)アニメの反復である。しかしながら、過去のガイナックス作品のことを考えるのであれば、『グレンラガン』は、80年代にガイナックスが作った作品の反復である、とも言えるだろう(そもそも、ガイナックスの出発点は、過去のアニメや特撮をパロディにした作品を作っていたアマチュア集団である)。80年代にガイナックスの作った作品が、旧来のアニメや特撮の反復であるとしたら、『グレンラガン』は、まさに、そうしたガイナックスの行為の反復、「反復」の反復であると言えるだろう。 具体的に作品名を上げれば、『グレンラガン』は『トップをねらえ!』の反復であるように思えた(特に物語構造上)。他にも、『王立宇宙

    『天元突破グレンラガン』から『機動戦士ガンダム00』へ、あるいは、セカイ系を避けるための二つの方法 - metamorphosis
    BigHopeClasic
    BigHopeClasic 2007/10/16
    『ぼくらの』の評価も非常に面白い。
  • 想像でものを書くものは銃殺刑を覚悟せよ:セカイ系の「父」と「母」 - livedoor Blog(ブログ)

    わたしがいま注目している狭義のセカイ系諸作品は、世紀末「前」のセカイ系としての「エヴァ」と「エイリアン9」、世紀末「後」のセカイ系としての「サイカノ」「エデン」、このよっつである。このうち「エヴァ」と「サイカノ」がその後のセカイ系の「父」と「母」として選択され、その劣化コピー「ゲド戦記」にてひとまず「狭義のセカイ系」が終了した、と考えている。 宇野常寛氏のセカイ系批判は、どちらかというと<ゼロ年台後半にて><狭義の「セカイ系」的想像力をもつこと>にむけられている。だから、その批判を援用しつつ、ゼロ年代前半のセカイ系の文化史的意義を批判的に検証することは可能だと思う。氏の批判は「惑星開発委員会」にて繰り返されてきたことで、状況論としては的をえているように思う(積極的に反対する立場ではない)。 ただ、かれの批判がストライクにあてはまる仮想敵が、論理のレベルではじつは「ゲド戦記」にとどまると

    BigHopeClasic
    BigHopeClasic 2007/09/08
    とりあえずタギング。
  • 1