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ブックマーク / jun-jun1965.hatenablog.com (14)

  • 水上勉親子どんぶり物語 - jun-jun1965の日記

    窪島誠一郎(1940− )の『父水上勉』を読んだ。水上は正式には二度結婚しているが、それ以前に同棲していた女が産んだのが誠一郎、名・凌である。生活が苦しく、生母が明大前のうどん屋の窪島家に養子に出し、誠一郎は実の父が誰か知らずに育った。 養父母はもちろん知っていたわけだが、誠一郎は海城高校を出ているから私の先輩だが、その後水商売などをし、美術を扱うようになり、村山槐多や関根正二など夭折した画家の絵を集めるようになる。だが実父が誰だか知りたく、教えてくれない養父母を後目に調査して、水上だと知るのが1977年である。マスコミで大きく報道されたらしいが、私は中学生で記憶にない。窪島は著書『父への手紙』を刊行、NHKで「ドラマ人間模様」にもなった。以後も水上のことは折に触れて書いていたが、今回は全作品を読んでの集大成である。 まあ、苦労人とはいえ、成城に八百坪の土地を買って住む流行作家と、生き別

    水上勉親子どんぶり物語 - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2023/09/18
    「親子そろってもて男である。しかし、冷徹でいい本である」
  • かぐや姫の物語 - jun-jun1965の日記

    小和田雅子の物語(『ユリイカ』2013年12月) 小谷野敦 私は今年五月に『高畑勲の世界』という薄いを青土社から刊行したけれども、これは、高畑に関するが日には一冊もないので、捨石になるつもりで書いたものである。だからこれを見て、こんなものなら自分のほうがいいものが書けると言って誰かが書いてくれたら嬉しいのである。 その中に、ポール・グリモーの『やぶにらみの暴君』に触れたところがある。『やぶにらみの暴君』は、フランスのアニメ作家グリモーが、友人のジャック・プレヴェールとともにシナリオを書いて作ったもので、学生時代の高畑を感動させたものだ。だが、グリモーが三年近く時間をかけたために、製作会社のジュモーは業を煮やし、それまで完成した部分だけで編集して上映してしまった。グリモーとプレヴェールはクレジットを拒否し、十数年かけて裁判を行って著作権を取り戻すのみか、世界中で『やぶにらみの暴君』のフ

    かぐや姫の物語 - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2017/03/12
    「かぐや姫は、小和田雅子だったのである。その罪は、皇室へ入ってもいいと思ったことだったのである」
  • ノートをとる - jun-jun1965の日記

    よく大学生が、試験の前に「友達からノートを借りて」といったことを言うが、私にはこの「ノート」がよく分からない。借りたこともなければ、とったこともない。いや、授業中に一応ノートは広げていたのだが、まともにとれたことがない。 なんでかというに、大学の教師がしゃべることは、に書いてあるからである。教養学部時代にとった授業と言えば、村上陽一郎、折原浩などがいるが、これは著書があって、そこに書いてあることをしゃべっている。井上忠は、著書を読んでも何が書いてあるのか分からない(今でも分からない)が、しゃべっていることも、何を言っているのか分からなかったから、ノートがとれるはずもない。延広眞治先生だけは、『柳多留』の講義だから、これだけはいくらかメモはとった。村上陽一郎は、いくらかノートはとったのだが、あとで見たら、著書に書いてあることだった。 英文科へ行くと、渡辺利雄のアメリカ文学史、これは『総説ア

    ノートをとる - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2013/02/11
    「(自分で)ノートをとる」ことよりも、「(他人の)ノートを借りる」ということのほうが謎が大きい。つまり、不完全な学生のノートを借りるよりは、その講義の担当者の著書を読んだほうが理解が早いと。著書があればね
  • 独身男女の差 - jun-jun1965の日記

    『大学ランキング2013』が届いたので、私が怨念をこめて書いた部分を見たら、すぐ後ろに佐伯順子先生が女性大学教員について書いていた。最近、五十前後で女性学者が亡くなることが多い、とあるのは菅聡子先生のことか。佐伯さんはそれを過重労働が原因という風に書くのだが、菅さんの死因は過労ではなかったと思う。過労と言えるのは古いが千野香織、あと男で大澤吉博さん、これは歴然たる過労死だった。北川東子さんにしても、過労が原因といえるかどうか。 それはいいとして、実は論旨に奇妙なよじれがあって、ただこれは分量的にやむをえないのだが、男はがいて家事育児をしてくれるが女はそうではない、というのだが、ここで当は佐伯さんは、子育てを同居している母親に任せている働く女に怒りを覚えているのだ。それは大変よく分かる。また夫婦共稼ぎでも家事育児は女がやるという状況が残っていることもあり、それに怒りを覚えるのはいくらか分

    独身男女の差 - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2012/04/29
    「上の文章に対して、女だって家事の下手なのはたくさんいる、とか言っている人に対しては「ああ、あまり高級な女とつきあってなかったんだね。あるいは、あなたがあまり高級な女じゃないんだね」と言うほかない」
  • いくら何でもマヌケな弁護士 - jun-jun1965の日記

    『文藝家協会ニュース』の一月号に、勝見洋一のエッセイが載っている。これは原稿料は出ないらしいが、勝見のところへ都内の某飲店から弁護士を通した手紙(おそらく内容証明)が来て、貴殿はうちの店のウェブサイトに載っている文章を貴殿の著書に全文引用している。来い、というので、もちろんそれは勝見の文章だから、三年前の雑誌の初出を持っていったら、あちらが恐縮したという。ウェブサイトは、今では連絡がとれない業者に頼んだ、という。 いくら何でもマヌケではないか。飲店主はともかく、弁護士がバカすぎる。普通に調べたって勝見はいくつも著書のある料理評論家で、どっちが先かくらい分かりそうなもんだ。 - 昨日はまたやや不気味な葉書が来た。『母子寮前』について、83歳の人がタウン誌か何かに載せた紹介文みたいなものを、葉書の表と裏にびっしり細字で印刷したものだ。文春から回送されてきたらしいが、まあ実にあちこち間違って

    いくら何でもマヌケな弁護士 - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2012/02/17
    「自費出版の歴史小説をとうとう送ってきた人(…)調べたらこの寺院の関係者らしい(…)なんかいかにも金だけはうなるほどあるって感じで、なるほど地方って怖いなと思いました」
  • 死人に口なし - jun-jun1965の日記

    朝日新聞で中島岳志が浜崎洋介の福田恆存論を絶賛しているのを見て苦笑してしまった。福田が「俗流保守を切り」ってあるけど、福田が生きていたら真っ先にぶった切られるのは中島、お前のようなやつだ。死んでるのをいいことによく言うわなあ。むしろ中島こそ、福田が罵倒した「変節漢」清水幾太郎みたいなやつではないか。というか、俺が福田恆存だ、ここで飛べ、って感じ。 私が福田恆存を礼賛する連中をうさん臭いと思うのは、まさにそいつらが、自分では福田のように生きられない奴らが多いからだ。西部邁も最終的にはそうだったわけ。まあこれで浜崎氏が、お前なんぞに褒められたくない、とかタンカ切ってくれたら面白いんだが、それはないだろうなあ。 - 中村方子(1930- 、中央大学名誉教授)の半自伝『ミミズに魅せられて半世紀』(新日出版社、2001)に、中村が都立大で助手をしていた時、研究成果をK教授の博士論文に盗用され、また

    死人に口なし - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2012/01/22
    「中村が都立大で助手をしていた時、研究成果をK教授の博士論文に盗用され、またK教授は政府の依頼で、枯葉剤は害がないという研究をしようとして、中村が協力を拒んだ(…)K教授って誰かと思ったら、北沢右三」
  • ピアレビューって何? - jun-jun1965の日記

    http://www.nakahara-lab.net/blog/2011/11/post_1808.html この文章を読んで、ははあ東大准教授ともなると40くらいでこんな「たてまえ文」を書くのか、と感慨にふけった。 英文学会とか比較文学会というのは確実に会員が減っていると思う。だいたい院生とか若い学者が学会へ入るのは就職のためである。しかし学会誌に投稿して学会の懇親会に出て、就職が決まるというようなことは、昨今どんどか減っているから、こんな牧歌的なことを言っていられるわけがない。ましてや40、50で専任がない、なんて人は学会費だってバカにならないし、論文は原稿料出ない。学会というのは、まあ30ちょっと過ぎて、東大の院出身ならだいたい専任になれるというような社会を前提として成り立っていたのだから、その前提がなくなれば成り立たないのは当然である。 私は「ピアレビュー」という言葉を、聞いたこ

    ピアレビューって何? - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2012/01/21
    「「爆笑問題」とかいうテレビに上野が出るというので(…)小倉は「痩せたほうじゃなくて太ったほうを向いて話すように」と言ったが上野は痩せたほうばかり向いていたとか。小倉は太田光がインチキ野郎だって知って」
  • 石原氏の退任を惜しむ - jun-jun1965の日記

    石原慎太郎が芥川賞の選考委員を退任するようだ。まことに残念なことである。私は以前、石原の意向がどの程度受賞に反映しているか、調べたことがある。実際には大して反映されていないのだが、まるで石原が反対したために、そいつらの好きな作家が受賞できないかのごときデマを振りまいたり、石原と宮輝の意見は選評を見たって一致しないことが多いのに、まるで二人がいつも結託して同じことを言っているかのごとくに言うデマゴーグが後を絶たない。 石原や村上龍の選評は、いつも溜飲を下げさせてくれたもので、今回の候補作罵倒にしたって、候補から漏れた私にしたら痛快でしたとも、ええ。 石原を悪く言う連中というのは、都知事としてとか、保守派政治家としての発言とかが気に入らないのだろうね。しかし橋下と石原では、橋下は政策がファシズムなのに対して、石原はそうではないということ。そしてもちろん、それは文学者としての作品への判断とも別

    石原氏の退任を惜しむ - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2012/01/21
    「円城の良さが分からないのかあっと叫ぶ人というのは、お前はなんで将棋や囲碁に興味がないんだあっと叫んでいるのと同じだと思う。ちなみに私は、ナボコフも全然面白いと思わない」
  • 社会学者 - jun-jun1965の日記

    http://miura.k-server.org/newpage1119.htm 上野千鶴子や宮台真司を槍玉にあげて、社会学を撲滅せよと書いたら、小谷野敦氏からあんなのは社会学者じゃないのだとご批判を受けたけど、いや、この内田隆三をふくめ、ああいうのが社会学者なんだと思う。だいたい、東大や首都大の教授をやってる社会学者なら、そりゃ日の社会学を代表しているわけで、少なくとも世間ではああいうのが社会学だと思っているし、もちろん当人もそう思っているのであって、そうじゃない小谷野氏の意見はあくまで少数意見に過ぎない。そもそも、上野千鶴子は外部からわざわざ東大に呼ばれたわけでしょ? つまり、社会学者としてきわめてまともだと思われているから招聘されたんですよ。それとも東大の社会学科所属および出身の社会学者は全部ニセモノなのだろうか?? えーと事実誤認ですが、三浦先生は『父親であること』(?)を評し

    社会学者 - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2011/10/27
    「上野が、本当の権力には逆らわない人だということで、公金費消で問題になった先任教授についてもな~んにも言わないし、東大内部で誰かを槍玉にあげたりしたことはない(…)世渡り上手な人なのである」
  • 海外の通俗小説  - jun-jun1965の日記

    19世紀後半から20世紀のフランスのロマンスつまり通俗小説に関する。 Romance and Readership in Twentieth-century France: Love Stories (Oxford Studies in Modern European Culture) 作者: Diana Holmes出版社/メーカー: Oxford Univ Pr on Demand発売日: 2007/02/08メディア: ハードカバーこの商品を含むブログ (1件) を見る 英米の通俗小説については、井出弘之「ハーディ文学はどこから来たか-その処女長篇と六十年代大衆小説」(小池滋編『イギリス/小説/批評』南雲堂、1986)があるが、今回は、名古屋女子大教授の羽澄直子「仮面が隠すもの、暴くもの-ルイザ・メイ・オルコットのセンセーション・ノベル」(『名古屋女子大学紀要』2003)を読んでみ

    海外の通俗小説  - jun-jun1965の日記
  • 春画の賞味期限 - jun-jun1965の日記

    『週刊朝日』で青木るえかが、春画ものの新書で、初めて春画を見て驚いたと書いている。しかしあまりエロティックではなかった、とも書いている。私は、ぼかしなしの春画を見たのは十数年前で、それからいくつか見てきたが、もうすっかり飽きた。あれはそう面白いものではないのだ。どれもこれも男女がセックスしているのを誇張して描いているだけ。文化というほどのものではない。浮世絵全体にしてからが、少数の例外を除いては、実は大したものではないのであって、日なら彫刻とか建築のほうがずっと価値は高いのである。まあ何とか近世文化の中に「優れた庶民文化」を見出そうとした明治の知識人が、西洋人が褒めているというので喜んで騒いだだけである。西鶴とか近松なんてのも、平安朝文藝に比べたら児戯に類する程度の低いものだ。 ただまあ、元左翼が、ゆえあって(国際日文化研究センターに勤務するとか)「日派」になる必要が生じた時に、何と

    春画の賞味期限 - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2011/10/17
    「浮世絵全体にしてからが、少数の例外を除いては、実は大したものではないのであって、日本なら彫刻とか建築のほうがずっと価値は高いのである」
  • 博士号をとっていなければ博士課程修了ではない - jun-jun1965の日記

    大庭健(たけし、1946- )という倫理学者がいる。専修大学教授である。著書も多い。この人は著書などで「東京大学大学院博士課程修了」と書いている。しかし博士号はとっていない。つまり「博士課程単位取得満期退学」なのである。確かに昔は、人文系で博士号をとる人が少なかったから、「単位取得満期退学」を「修了」と称した。しかし今では、それは普通はないことである。 http://www.senshu-u.ac.jp/School/philosophy/ohba.html ここでも「修了」とある。 http://reach.acc.senshu-u.ac.jp/Nornir/search.do?type=v01&uid=1203128 しかしこちらでは「単位取得満期退学」となっている。むろんこちらが正しい。 私は一か月ほど前に、専修大学に、これが違っているのはなぜか、おたくの大学では「単位取得満期退学」

    博士号をとっていなければ博士課程修了ではない - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2011/10/17
  • 私の好きな映画 - jun-jun1965の日記

    自分の好きな映画一覧などというのは、ナルシスティックだし、金井美恵子先生にバカにされること必定なので載せたくなかったのだが、私はこういう映画が好きなんであるから、君とは趣味が違うので、はなから近寄らないように、と警告するために載せることにした。いちおう、1(最高)2(その次)3(参考)という感じである。さあ、こんな映画が好きな奴は嫌だ、という奴は、逃げていってくれ。 1、七人の侍(黒澤明) どですかでん 喜びも悲しみも幾年月(木下恵介) 浮雲(成瀬巳喜男) 震える舌(野村芳太郎) 遠雷(根岸吉太郎) サード(東陽一) 祭りの準備(黒木和雄) ゆきゆきて、神軍(原一男) 風の谷のナウシカ(宮崎駿) ふたり(大林宣彦) 紅夢(張藝謀) 菊豆 赤いコーリャン 春夏秋冬そして春(キム・ギドク) 弓(キム) 黒・白(エミール・クストリッツァ) ムトゥ踊るマハラジャ 風と共に去りぬ(ヴィクター・フ

    私の好きな映画 - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2011/08/14
    ホークスの名前を間違えたら、映画の名の下に粛清される。
  • ホモソーシャルについて - jun-jun1965の日記

    前川直哉の『男の絆』について私が書いた一点のアマゾンレビューが時おり話題になるので、いちおう説明しておく。 上野千鶴子の『女ぎらい ニッポンのミソジニー』もそうだが、なるほど、こういうことは一般にはまだ知られていなかったのかと思ったもので、こうした話は、学者(文学研究者、社会学者)の間では、1990年代にさんざん議論されていたことで、上野著にも前川著にも、私を含めそれらの人は、別に新しいものは何も見出さなかったであろう。 特にいずれも、物故したイヴ・コゾフスキー・セジウィックが『男同士の絆』の序文で言ったことをそのまま信奉している。なおセジウィックのこのが、邦訳される前、おそらく日で一番早く紹介したのが、私の『夏目漱石を江戸から読む』(1995)なのだが、まあそれはいい。 セジウィックはその序文で、ホモソーシャルという概念を打ち出している。ただこの概念をセジウィックが作ったというわけで

    ホモソーシャルについて - jun-jun1965の日記
    Nihonjin
    Nihonjin 2011/08/14
    「ホモセクシャルもまた、時にはホモソーシャル以上にミソジナスである、ということが、90年代に知られるようになって、この図式は今では崩壊しつつあるのである」
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