Location via proxy:   [ UP ]  
[Report a bug]   [Manage cookies]                

タグ

ラカンに関するggg123のブックマーク (5)

  • [書評]心の探究(佐々木孝次): 極東ブログ

    佐々木孝次「心の探究」(せりか書房)はアマゾンではもう見かけなかった。文庫化していることもないと思う。初版は一九八〇年なのでそう古いでもなく、古書店などでは比較的容易に見つかるだろう。サブタイトルに「精神分析の日記」とあるように、ラカン派の著者がフランスでラカン派の精神分析を七十二回に渡り受けていた足かけ二年を扱っている。 私は折に触れてこのを読み続けてきた。そうしなければならない内的な理由があるからだ。この以外では出会うことのない恐ろしいインサイトに自分の精神を晒さなくてはならなかった。気が付くと、今の自分が佐々木が分析を受けていた年齢を超えている。 精神分析とは、単純に言ってしまえば、疑似科学であろう。そこで終わりとなればいいのだが先日のニューズウィークに蘇るフロイトの記事があったが(それはそれなりに浅薄なものだったが)、フロイトはそう容易く葬り去られはしない。理由はある意味で

  • 人は「対象a」の事について、どう説明すればよいのだろうか? - kuriggen’s diary

    ここで忘れてはならないのは、対象aは欲望の原因であり、欲望の対象とは違うということである。欲望の対象は、たんに欲望される対象のことであるが、欲望の原因は、対象の中にあるなんらかの特徴であり、その特徴ゆえにわれわれはその対象を欲望する。それはわれわれがふつう気づかない細部とか癖で、われわれは時としてそれを障害として捉え、この障害があるにもかかわらずその対象を欲望しているのだと誤解することがある。 ジジェク 『ラカンはこう読め!』 怪物の映画もそうなのだが、映画の構造において、そこで示すべき謎の対象が、あるいは凶暴さを発揮するべき荒ぶれた対象、不気味な対象というのが、一つの映画のテーマになっているような場合の話を考えてみよう。これはよくある映画の構造であり、作り方である。映画的時間の中で出遭われるべき対象について、それを如何に示すべきか、どういうプロセスを措いて示すのか、どのような時間、順序に

    人は「対象a」の事について、どう説明すればよいのだろうか? - kuriggen’s diary
  • 想像界の機能 - kuriggen’s diary

    例えば、ジジェクは、自我理想と理想自我の違いについて、このように定義している。 フロイトは、主体を倫理的行動に駆り立てる媒体を指すのに、三つの異なる述語を用いている。理想自我(Ideal-Ich)、自我理想(Ich-Ideal)、超自我(Uber-Ich)である。フロイトはこの三つを同一視しがちで、しばしば「自我理想あるいは理想自我(Ichideal oder Idealich)」といった表現を用いているし、薄いである『自我とエス』第三章のタイトルは「自我と超自我(自我理想)」となっている。だがラカンはこの三つを厳密に区別した。「理想自我」は主体の理想化されたイメージを意味する。(こうなりたいと思うような自分のイメージ、他人からこう見られたいと思う自分のイメージ)。「自我理想」は、私が自我イメージでその眼差しに印象づけたいと願うような媒体であり、私を監視し、私に最大限の努力をさせる<大文

    想像界の機能 - kuriggen’s diary
  • ラカン

    ラカン Jacques Lacan ( 1901-1981) 症例「エメ」(自罰パラノイア) 「ラカンにその理論的出発点を与えたのは、劇場で女優Zにナイフで切りかかり、防ごうとした女優の手に重傷を負わせた、一人のパラノイア女性である。… エメは文学者になるべく、多くの書き物を書きためていた。三十歳を過ぎた頃、彼女は一時期、被害妄想にかかって、病院に入院していたことがある。そこを退院してから、彼女は自分の原稿をある出版社に送り、出版を断わられると、その出版社を訴えるべく訴状を認(したた)め、出版社の事務員につかみかかって警察の世話になる。この時は説諭のみで済んでいる。しかし彼女は女優Zと文学者P.B.とが結託して彼女のことを小説に書いているとか、Zが彼女の子供を殺そうとしているとかいった内容の妄想を発展させていた。この妄想を基にして、彼女はZに切りかかったのだった。 彼女の妄想の芽生えは、彼

  • ジャック・ラカン - Wikipedia

    ジャック=マリー=エミール・ラカン(Jacques-Marie-Émile Lacan、1901年4月13日 - 1981年9月9日)は、フランスの哲学者、精神科医、精神分析家。 初期には、フランスの構造主義、ポスト構造主義思想に影響力を持った精神分析家として知られていた。 中期では、フロイトの精神分析学を構造主義的に発展させたパリ・フロイト派(フランス語版)のリーダー役を荷った。 後期では、フロイトの大義派(仏:École de la Cause freudienne)を立ち上げた。 新フロイト派や自我心理学に反対した。アンナ・フロイトの理論については、フロイトの業績を正しく継承していないとして批判し「アナフロイディズム」と呼び、「フロイトに還れ」(仏:Le retour à Freud)と主張した。 1901年、カトリックのブルジョワ階級の家に生まれる。初め独学で哲学を学ぶが、転学しパ

    ジャック・ラカン - Wikipedia
  • 1