<「多忙は怠惰の隠れみのである」ということについて> 高校時代の現代国語の先生は、ほんとに素敵だった。 若い時は編集者をしていて、 太宰治の書簡集にその名前も出てきていたから、 知っている人には知られた人だったのだろう。 亀島貞夫先生っていうんだけれど、 名前書いたりすると嫌がるかなぁ? いろんな生徒に、たくさんの影響をあたえた人だと思うが、 ぼくは、単なるお調子者の、出来の悪い生徒だったから、 いわゆる不肖の弟子の一人なんだろう。 それでもそれなりに、 先生に教わったことを時々思い出して、 自分にチェックを入れたりしているのだから、 いい先生って、すごい影響があるものだと思うねぇ。 授業の時に言った言葉のなかに、 「多忙は怠惰の隠れみのである」というフレーズがあって、 この意味がよくわからないままに、妙に気になった。 だって、「すっごく忙しくしている」ということが、 「さぼってる」ことの