This domain may be for sale!
焼肉を食べた帰り、店でもらったガムを噛んでいたら一口ちょうだいと言われた 彼は焼肉店でガムを貰っていなかったらしい もうガム無いよと言うと、今噛んでるのをちぎって分けてよと言われた 気持ち悪いから無理だよと断ったら、キスはできるのに!?と怒られた コンビニで買えよと言うと、じゃあお前が払えよと言われた 文句を言う気も起きなくて、コンビニに行って、ガムを買ってあげて帰った 別れ話をしたら揉めるだろうなと思ったから、家についてからそっとラインをブロックした するとその瞬間、iPhone6の画面が激しく光りだした あまりの眩しさに私は思わず目を瞑り、必死で電源ボタンを押した しかし光は止まることを知らない むしろ更に強い光を放ち続けている iPhone6を伏せても、漏れ出る光に圧倒される すると、ふいに、辺りが暗くなった おそるおそる目を開けると、真っ暗な空間の中に私はいた 何も見えない しかし
昨日、私の地元の同級生が出産した。 集落で中学卒業まで一緒に育った、たった11人しかいない同級生のひとりである。去年に結婚した。結婚相手は隣の集落の材木屋の息子で、熊本市内の式場で行われた結婚式の折、その材木屋繋がりの出席者のおっちゃんが「○○君は材木色のスーツがよう似合っとるですが」と新郎を賞して言ったことが今も印象深く私の胸に刻まれている。材木色ってなんだ。(確かに新郎の衣装はちょっと茶色ではあった) 彼女は看護師をしており現在は町立病院で働いている。都会ではあまりないだろうが、高校から看護の専門課程を学び高校3年間+2年間の専門課程、合計5年ですぐに看護師になれる学校というものがいくつかあり、彼女はそこを卒業して看護師になった。ちなみに、11人しかいない同級生のうち、3人が中学卒業後その進路を選び看護師になっている。 結婚式には病院の上役も招かれており、「○○さんには本当によう働いて
うちは子供の頃すごい貧乏でさ、父ちゃん死んだのが原因なんだけどね。 母ちゃん一生懸命働くんだけどさ、まあ貧乏なわけ。 それでもおれ、ねぇちゃん、母ちゃん楽しく生活してた。 おかずなんて無い日も多くて、ご飯と味噌汁が基本。 たまに魚とか出てくる日はそりゃもうワクテカなんですよ。 ある日納豆が食卓に出た時があって、おかめ納豆だった。 あれ3パックじゃん。 おれ、ねぇちゃん、母ちゃんの分なんだけど、母ちゃんさ最後の1パックをおれとねぇちゃんに分けてくれるわけ、母ちゃん納豆嫌いだからとか言って。 本当は母ちゃん好き嫌い無いこと知ってんのに、おれもねぇちゃんも腹減ってるから遠慮無く食べるんだよね。 大きくなったらさ、働いて働いて、母ちゃんに好きなもん食わせてやるのが夢だったんだ。食卓にさ、好きなもんズラーッと並べてさ。 でも母ちゃん仕事のし過ぎで、あっけなく死んじゃった。 おれ何もできなかった。 お
※発言は個人の感想です。 わたしがCEOなのは本当です。いわゆる創業社長ってやつで、なし崩し的にCEOになってます。技術が分からないのも本当。また弊社は大企業でもなければIT企業でもないので、大企業だのIT企業だののCTOの場合はまた話が違うのかもしれません。まぁそんなの、究極的には各社それぞれケースバイケースですよね。 ただイマドキ、どこの会社も業務システムを使っているし外部向けのWEBサイトくらいあるでしょう?オンラインマーケティングだって少なからずやっているはずです。だからITと無関係な企業ってのもないんじゃないかなぁ。 そんなわたしがCTOに求める役割は 「経営課題のうち技術によって解決できるものを見つけ出し、解決してほしい」 です。 あ、念のために言っておくと、こういう文脈で「~してほしい」というのはモヤッとした個人的要望ではなくて、社として負ってほしい職責を指します。だから職務
真っ昼間からビールを飲んでいたら、ドアホンが鳴った。 それでドアを開けてみると、そこには蟻が立っていた。 「キリギリスくん」と蟻は言った。「こんな時間に悪いね」 「ちっとも悪いことないよ」とおれは言った。 「レオス・カラックスの映画を観ようと思ってたんだ」 「キリギリスくんは気楽な身分で羨ましいよ」と蟻は言った。 蟻とおれは大学の同期。 蟻はせっせと働いて今では大規模なプロジェクトをひとつ任されるようになったそうだ。 かたやこのおれは就職に失敗してイオンのバイトで生計を立てている。 人生(?)なんてそんなふうに分かれていくものなんだろう。 おれが差し出したビールを一気飲みした蟻は言った。「最近大変なんだ」 「そうだな。蟻って忙しそうだもんな」 「仮眠を取る時間さえないんだよ」そう言って蟻は煙草を取り出し火をつけた。 「蟻は寝ないんだ。その代わり仮眠を何百回と取って……」 「その話なら学生の
この手紙は2014年、55歳になった僕から、1987年、まだ28歳の僕に向けて書いたものだ。 当時の僕は深い悩みの真っ最中にいた。もし、あの時の僕に手紙が書けたらな、というのが前提である。この内容をはっきりと言い切れるのは、その後の僕がどうなったかを知っているからだ。 この手紙は誰のためでもなく、当時の僕のために書かれているので、これを読んでくれるあなたの参考になるかどうかは、まったくわからない。 読者の多くは、僕のように馬鹿ではなくもっと大人だろうし、すでに夢との折り合いもつけ、目の前の仕事に懸命に取り組んでいるだろう。あるいは、すでに夢に手をかけているかもしれない。 もし、夢と現実の間で揺れ動きながら悩んでいる方がいたら、ひとつの、あくまで、ひとつの解決の道として、心に留めておいていただけると、嬉しく思う。 長女が無事生まれたばかりだね。おめでとう。 まだ泣いてばかりで、おしめや夜泣き
朝の対局室は少々騒がしい。人がうごめき、シャッター音が鳴り続ける。 上座の豊島将之七段は小気味よく駒を並べ終え、コンピュータソフト「YSS」側の駒を配置していくロボットアーム「電王手」の動きを不思議そうに見つめていた。 その姿からは気負いや緊張は感じられず、むしろ余裕すら感じるほどだった。 戦いの場は地上259メートルにあるホテルの一室。窓からは地上をはるかに見下ろす絶景が広がっている。唯一人、主役の豊島だけは窓を背にしており、その景色を望むことができない。 対局が始まると、豊島は水を一口飲んでから、さっと▲7六歩。YSSも間をおかず△8四歩を表示し、電王手がスムーズな動きで着手する。 それを見て早くも豊島は上着を脱ぐ。その仕草はまるで△8四歩できましたか、そう呟いているように見えた。 YSSの貸し出しを受けてから、豊島は1000局近くという気の遠くなる数の練習対局を指しており、その経験で
いきなり指し手の話で恐縮だが、先手番のやねうら王が初手の▲1六歩と突き、以下△3四歩▲7六歩△8四歩▲1五歩と進んだ。それが第1図の場面だが、ここまで見て、やねうら王も味なことをやる、と感心した。 棋史に名を残す、阪田三吉と木村義雄が戦った「南禅寺の決戦」で、阪田が後手番の一手目に△9四歩と端歩を突いたのは、ご存知の方も多いだろう。 世間は驚いたが真意は誰にもわからず、以来「謎の一手」と言うことになっていた。 それが十年くらい前から後手一手損換戦法が多く指されるようになり、阪田の端歩も不思議な手とは思われなくなった。第1図も、▲9五歩を序盤に於いては不急の一手と見れば「南禅寺の決戦」と先後を入れ替えた、本質的には同じ局面とも言える。要するに、相手の出方を見る、という意味なのである。イギリスの古い諺は「真理は時の娘」と言っているが、歳月はいろいろな事を教えてくれる。 さて、対局場は両国の国技
三月に入り各クラスの順位戦が次々と終って、いよいよ第三回電王戦の開幕である。将棋界に歳時記というものがもしあれば、電王戦は名人戦と並んで春の季語としてすっかり定着した感がある。 朝、眠い頭と体で会場の有明コロシアムに入ると、いきなり菅井が明るい顔で出迎えてくれた。一番先に対局者に会うというのは妙な気分である。肩を叩いて「頑張れよ」という。普段の対局では相手も同業者なのでいくら親しくてもこういうことはいわないのが業界でのマナーなので、これは電王戦ならではのことだ。菅井は「はい、全力を尽します」と答えた。「練習は随分したの」と訊くと「はい、95勝97敗です」と即答されのけぞった。200局ちかく指したというのはすごい局数である。 有明コロシアムはボクシングの観戦で何度か来ているが、本日のように中央にポツンと舞台があり、まったく観客がいないというのはちょっと異様で、シュールな感じであった。菅井は絶
「清楚」と「普通」の間のファッション育ちの良い女の子がカジュアルな装いをしている、というコンセプト 黒髪セミロング、前髪はおろす、メイクはナチュラルに 積極的寛容さお金を稼げない男性は「こういう時代だから仕方が無い。女性が頑張らないと」 女性をリードできない男性、話下手な男性は「かわいい。女性がカバーするから問題ない」 一般に短所と見られる部分に対してポジティブなコメントをする(ただし一般論で) 女性に厳しいスイーツ的女性、ビッチ的女性など、男性が反感を持つような女性に対して 「私は女性だけどそういうのは最悪だと思う」と叩く こういう振る舞いをしていると、自己評価の低い男性がおそるおそる誘って来たり告白してきたりするのだけど、 こういう振る舞いをしている私を好きになる、その精神性がどうしようもなく憎くて、 「これまで通りお友達でいましょう」という風に振るのだけど、本当はもっとずっと酷い台詞
大学の頃、「やっぱり作家の全集を一揃えぐらい持ってないとダメだわ」ということで、芥川龍之介全集を買ったことを思い出した。もちろん、読破できてません! ・今まで生きてきて凄く衝撃的だった体験 108度目 72 :おさかなくわえた名無しさん:2013/12/11(水) 01:19:59.40 ID:0NsW7sHb 家族からモラハラを受けてた まず言われた通りにすると怒られる、しなくても怒られる 例えば部屋を掃除しろと言われてやったら勝手にものを動かしたと怒る 洗濯物を取り込めと言われて畳んでしまったらそこまでやれとは言ってないと怒る 次は取り込むだけにしてみれば、どうして畳んでしまわないのかと怒る そして食べ方が汚いから綺麗になるまでは一緒の食卓には座らせられないと 1人だけ台所の隅の別のテーブルで食事させられる こぼさず残さず食べても、必ずどうしてこんなに汚く食べるのかと怒られる 風呂に入
先日ネット上にて、星海社から発売された『ロジック・ロック・フェスティバル』が古野まほろの『天帝のはしたなき果実』の盗作であるという疑惑が生じ話題となった。 そして、その『ロジック・ロック・フェスティバル』が本日、晴れて全文公開された。 http://sai-zen-sen.jp/awards/logic-lock-festival/ そういうわけで今日は本作が本当に盗作であるかというかのを考えていきたいのだが、その前提として知っておかなければならない事実として、「盗作」とは何かということである。 ここで日本で盗作について一番詳しく書いている栗原裕一郎の『〈盗作〉の文学史』から一部引用させていただこう。 本文に先立ち、何を「盗作」と呼んでいるかをはっきりさせておく必要があるだろう。 「盗作」にしろ「剽窃」にしろ、いずれも俗語だから、明確な定義は持っていない。 したがって、「盗作」であるか否か
Lesson563 加工品にさえ生を見出す眼 ここ数回にわたっておおくりしている 「生ものシリーズ」は、 おかんシリーズのような爆発的な数はないものの、 わくわく、ぞくぞくするような クリエイティブなおたよりがくる。 そこへまた、クリエイティブな読者からの 熱い反響が来て、濃く深く進展しているシリーズだ。 万人にわかりやすくひらかれたコラムも とてもいいとおもうが、 「一部の読者と濃く深く、行ける所まで行ってみる」 こんなシリーズも、あっていい。 ネットでこそできる、ネットならではの愉しみだ。 きょうは、 この読者の「問い」に対し、 私の考えを書いてみたい。 先週紹介したyouさんのおたより 再度、こんどは全文を掲載するので まずお読みください。 <もっと生を吸収し、生を創りたい> デザイン関連の仕事をしております。 youと申します。 「生もの」のお話、 私がこれまで漠然と感じてきたこと
昨日、筆者はクッキー・クリッカーなるゲームを体験した。このゲームは、ゲームの本質を非常によく抽象化している。ここではそのゲームについて述べるが、読者には実感のため、並行してゲームを行なってもらいたい。 このゲームのプログラムはHTML/CSS/JavaScriptと、その他のリソースで構成されていて、ストールマンの自由四原則に合致する自由ソフトウェアではないが、一応は、制限的ながら、forkや改変を許諾している。このプログラムを動作させるには、まともなブラウザーが必要である。 Cookie Clicker まずみると、左に素晴らしくうまそうなクッキー、中央によくわからない列、右によくわからない小物が並んでいる。操作方法がよくわからない。まず、左にこれみよがしに配置してある、うまそうなクッキーをクリックしてみよう。 +1 なんと、クッキーが一枚得られた。続けてどんどんクリックしていくと、数十
※このエントリをきっかけにして、本を出しました。 http://www.shogakukan.co.jp/books/detail/_isbn_9784098252077 http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20140921/1411290361 ごみ収集のサービス(の一部)を受けるには、自治会に加入しないといけないというこの話。 ゴミ収集は行政のサービスだろ? 元増田が引っ越した鹿児島のある自治体では、ごみをステーションに捨てようとしたら「お前は自治会に入ってないからこのステーションは使えない」と言われたというのだ。 元増田は、ごみ収集は自治体(市町村)の仕事なのだから、税金で支出されるべきで、自治会費負担をからませられてはかなわない、と主張する。これにたいして、はてブのコメントでは、 自治ってこういうことだろ、住んでる所によって行政サービスや経費が
「哲学上の諸問題と言われるもののほとんど全ては、定義の問題に帰着する。」というのは、L.W.ヴィトゲンシュタインの「論理哲学論考」における中心的な主張。そして『言語ゲーム』というのは、そのヴィトゲンシュタインの作った言葉であり、論である。 そこまでは正しい。 だけど、「言語ゲーム論」というのは、「論理哲学論考」を書いたあと、「これで全ての疑問は解かれた」と宣言して田舎に引っ込んだヴィトゲンシュタインが(田舎で小学校教師をやっていた)、小学生とのふれあいの中から、自分の過去の論(すなわち「論理哲学論考」における思想)の欠陥に気づいて、その欠陥を説明するために作った論なのね。その後彼は、「哲学探究」という本を出して、「論理哲学論考」が見落としていた問題について説明しようとした。それが成功したという人もいれば失敗したという人もいるが、この本も20世紀哲学史に残る偉大な書であることは間違いない。
新しいウェブサービスを利用しようとして、IDとパスワードを入力したとき、「秘密の質問」として「母親の旧姓」を選ぶ項目に『ここは普通に母親の旧姓を書いては危ないだろうな』と思い、「(5Z,8Z,11Z,14Z)-N-(2-hydroxyethyl)icosa-5,8,11,14-tetraenamide」とした。そのときはそのくらいでよかった。 数年が経ち、両親がついに離婚という話になり、わたしはどちらかの姓にするというので、母親側の姓にしようとした。 そうしたら母親の旧姓が「(5Z,8Z,11Z,14Z)-N-(2-hydroxyethyl)icosa-5,8,11,14-tetraenamide」だといい、「私の本当の名前は、(5Z,8Z,11Z,14Z)-N-(2-hydroxyethyl)icosa-5,8,11,14-tetraenamideめぐみ」だと言い出した。続けて「あなたの
ぼっちで大学生活という人生のゴールデンタイムを無駄に溶かした。 語学別のクラス、その他の講義も言うに及ばずコミュ障と面倒くさがりにやりたいことの無さも加わりゼミにすら入れなかった。 ウェーイ系大学生をインターネットで馬鹿にすることなく斜に構えることなくむしろ憧れと羨望を持ってサークルにこそ入ったが、分不相応の意味を体で理解し辞めてしまった。 ただ恋人がいないという一点で非リア充を自称するインターネットのオタクに虫唾が走る。あの大学生活板で生まれた言葉の定義はそんな生ぬるさじゃない。もっとどうしようもない現実を生きる人間を指す言葉なんだ。何がゼミの友人だ、研究室だ、オタサーだ。 せめてせめて高校生の私に上京して都心の大学を選べと殴ってやりたい。 田舎で真面目な大学(笑)がぼっちに優しいなんて嘘っぱちだ。コミュ障オタクこそ都会に住むべきなんだ。学歴より立地の良さだよ。 大学との往復の途中に4年
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く