椅子に腰掛け、小さくうちわをあおぎながら窓からの景色を見つめる。街ではただ黙々と歩き続け、時折視線を宙にさまよわせる。静かに過ぎ去る、淡々とした日々――。 27日、袴田巌さん(80)は釈放から2年を迎える。しかし、死の恐怖と48年にも及ぶ長期の拘禁生活の影響は大きく、精神はむしばまれたまま。今も妄想の世界に生きる。 事件から50年。死の恐怖から逃れるように自ら作り上げた「内なる世界」と釈放後の「現実の世界」。二つの世界を漂いながら今、失われた時間の空白を埋める日々を送っている。(写真・文 時津剛) ◇ 〈袴田事件〉 1966年6月30日、静岡県清水市(現・静岡市清水区)のみそ製造会社の専務宅が全焼し、一家4人の遺体が見つかった事件。従業員で元プロボクサーの袴田巌さん(当時30歳)が強盗殺人などの疑いで逮捕された。一貫して無実を訴えたが、80年に死刑が確定。その後、再審請求を繰り返し、201