YAPC::Kyoto 2023で発表した内容です。 https://yapcjapan.org/2023kyoto/ 動画📹 https://www.youtube.com/watch?v=zZkcwOQKmSw 書き起こし📝 https://logmi.jp/tech/articles/328814
会社の体制が大きく変わり、カオスの中に少しの静寂(暇)ができました。特に日々執行に勤しんでいる方々は皆そうだと思いますが、色んなこと考えているのにそのプロセスをアウトプットする機会があまりなく、結果や結論、最終的な決断のみが共有されるため、サクセッションプランに対する有効な情報を残すことも出来ていないことと思います。僕もその一人。 この時間を有効に活用するため、頭の中にあるイメージと考え方をここに、時間の許す限り吐き出していこうと思います。時折、言葉が足りないところも前提条件やバイアスの記述が足りないところもあるかと思いますが、混沌とした頭の中を曝け出すプロセスにはつきものですので、大目に見ながら読んでいただけると幸いです。 財務諸表と同じように見える化する会社は財務諸表によって経営されるものなので、経営者たるもの財務諸表を見ながら戦略を立てるべきであると僕は考えています。数字以外信じない
エンジニア版の採用ピッチ資料を記事として制作する「kiitok review」ですが、ここ1ヶ月で新たにAnyflow、Kanmu、メダップ、キャディ、Voicyの各社さまの開発チームのレビュー記事を制作しました。 (制作済みのレビュー記事の一覧はこちら) (エンジニアの採用やブランディングに関するお仕事相談はこちら) 毎回各社のCTOや技術責任者の方とお話をさせていただく中で、みえてきた「魅力的なエンジニア組織」の要素を9つにして言語化してみました。 1.ユーザーに喜ばれる開発に時間を使えているチームエンジニアなら、一度は経験があるユーザーに求められないものをつくってしまう徒労感。逆に、開発したプロダクトや機能をユーザーに喜んで使ってもらえた時の幸福感。 エンジニアとして苦労してつくった機能をより多くの人に喜んでもらえる環境があるチームは魅力的です。もちろん、そういったものをつくらないと
特に日本ではそうですが、多くのスタートアップでは、CEOが非技術系の共同創業者である傾向にあります。このポストでは「なぜそうなのか」や「この傾向が良いのか悪いのか」については論じません。これから書くことの背景として、そうした傾向があることを、まず共有しておきたいと思います。 技術系でないCEOは資金調達を担当することが多く、そのため、私たちが最初に会う共同創業メンバーも、そうしたCEOのことが多いです。そうした方とやり取りする中で、よく驚くのは、創業者CEOが、技術担当の共同創業者(または1人目のエンジニア)が過去にどのような仕事をしてきたのかについて、実はほとんど知らないことがあるということです。 そういったCEOはエンジニアリング担当のチームメイトの経歴を大まかには説明するでしょう。例えば「彼女はSIerのエンジニアだった」という具合です。でも、そのエンジニアが実際に何を作ったのか具体
AWS Startup ブログ CTO に求められる役割から年収、持ち株割合まで。著名 CTO・CEO が徹底討論【CTO Night & Day 2019 – Panel Discussion】 CTO や VPoE など、技術の立場から企業経営に関与するリーダー・マネージャーのための招待制オフサイト・カンファレンスである CTO Night & Day。2019年10月9日に行われた Day1 では、日本やアメリカ、イギリスといった国々で活躍する4名の CTO・CEO が、CTO のロールについて技術やステージ、グローバルなどの視点からディスカッションを実施。CTO Night & Day 参加者の実態調査の結果もふまえ、日米の違いについても議論しました。議論を通じて見えた「CTO の役割そして求められる素養」とは? <パネリスト> グリー株式会社 取締役 上級執行役員 最高技術責任者
本連載では、「世の中で活躍するエンジニアの過去の失敗」にフォーカス。どのような失敗をし、どう対処し、そこから何を学んだのか。仕事で失敗してしまった時の対処法や心構えを先輩エンジニアから学ぼう! 第3回目のゲストは、ニュース配信サービスを手掛けるGunosyのCTOから、グループ全体で40以上の事業を展開するDMMのCTOに転身した松本勇気さん。同社のテックカンパニー化を牽引する松本さんは、一体どんな失敗談を明かしてくれるのだろうか。就任からちょうど1年ということで、過去の話を赤裸々に語ってくれた。 合同会社DMM.com CTO 松本勇気さん(@y_matsuwitter) 1989年生まれ。東京大学工学部在学中より株式会社Labitなど複数のベンチャーにてiOS/サーバサイド開発などを担当。13年1月、Gunosyに入社。ニュース配信サービス「グノシー」「ニュースパス」などの立ち上げから
2019-8-21 メルカリCTO名村が目指す「統率のとれた有機的な組織」とは? Developers Summit 2019 Summerレポートエンジニアリング 2019年7月2日に開催された、アプリケーション開発を支えるエンジニアたちが登壇するイベント「Developers Summit 2019 Summer」。今回は、テクノロジーやプロダクト、開発プロセス、エンジニア組織をテーマに、登壇企業それぞれの知見が共有されました。 メルカリからはCTOである名村卓と、VP of Backendの田中慎司が登壇。2018年7月に導入を発表したマイクロサービスについて「どういった背景でマイクロサービス化に踏み切ったのか」「どのようなエンジニア組織を目指しているのか」「具体的なマイクロサービス化への道のり」を、組織編成や技術的な事例を交えて発表しました。 そこで今回は、名村が登壇したイベントレ
動画配信やオンライン英会話などを手掛けるDMM.com(東京・港)は2018年10月、新たなCTO(最高技術責任者)を迎えた。松本勇気氏、29歳。前職のグノシーでもCTOを務め、主力事業であるニュースアプリやブロックチェーン技術の開発を主導してきた。「ソフト開発などエンジニアリングの考え方は経営全般に応用できる」と話す松本氏に、CTOという役職の魅力について聞いた。 自分のやった仕事を日報で伝える18年11月、同社はプログラミング教育を手掛けるベンチャー、インフラトップ(東京・渋谷)を子会社化した。インフラトップはオンライン教材と教室での指導を組み合わせ、プログラミング未経験者を3カ月でエンジニアに育てるのが特徴だ。 「教育事業はこれから力を入れていきたい分野」と松本氏。入社して間もない時期だったが、買収の投資対効果などを詳しく分析した結果、自らインフラトップの取締役として経営に参加し、成
2019年1月20日付で株式会社FOLIOを退職し、2019年1月21日付でfreee株式会社に入社します。 FOLIOで何をしてきたか FOLIOでは2017年4月にテックリードとしてジョインし、その後Head of Engineeringへと名称が変わり、その後病気による休職を経て復職し、シニアソリューションアーキテクトとして働いてきました。 たった1年8ヶ月ほどの在籍でしたが、非常に密度の濃い日々を過ごしてきた気がします。 今回はせっかくなので生々しい話も含めて在籍中の思い出を語ってみたいと思います。 FOLIOとの出会い FOLIOを知ったのは2017年の2月頃、この記事を見つけたのがきっかけでした。 newspicks.com 前職の先輩であるbitFlyerのCEO加納さんのこのようなコメントをみて、プロダクトリリース前でのこの期待値はすごいな、面白そうだな、と思った記憶があり
そして今現在は、クラシルのコマース事業の立ち上げにコミットしています。2018年7月、ヤフー社との提携と同時に食品コマース事業への参入を発表しました。エンジニアリングだけでなく、提携先企業とのアライアンス、商品の企画開発、業界構造理解のために一次情報集め、立ち上げメンバーの採用など、事業立ち上げに関わるすべての業務をしています。 現状ではCTOのポジションも兼任しています。しかし、本来CTOは開発組織の技術的指針を示し、会社のテクノロジー投資のシンボルとして存在していなければなりません。コマース事業の立ち上げを優先しているため、CTOとしての役割が疎かになってしまっています。 二足のわらじは履けません。どちらに絞るかを考えた結果、迷わずコマース事業の立ち上げにフルコミットするべきと判断しました。delyを今の10倍、100倍、1000倍の規模に押し上げるために必要な役割だからです。 「デー
この連載では、注目企業のCTOが考える「この先、エンジニアに求められるもの」を紹介。エンジニアが未来を生き抜くヒントをお届けします! 法人向けクラウド名刺管理サービス『Sansan』や個人向け名刺アプリ『Eight』を手掛けるSansanが、2018年6月にCTOの役職を新設した。初代CTOは、創業間もない頃からSansanの事業を率いてきた藤倉成太さんだ。 もともとコードを書くことが大好きで、自身の技術力を上げることが大事だと思っていたという藤倉さん。しかし今では、「エンジニアこそ事業にコミットすることが大切」だと確信するようになった。それはなぜなのか。 徹底的にエンジニアリングに向き合ってきた藤倉さんだからこそ分かる、エンジニアが事業に関わる重要性とは? Sansan株式会社 CTO 藤倉成太さん(@sigemoto) 赴任先の米国・シリコンバレーで現地ベンチャー企業との共同開発事業に
ーーもともとご自身で会社をされていたり、大学院に通ったり様々なご経験をされていますよね。そんな中BASEに最初にかかわったきっかけは何だったのでしょうか? 最初のきっかけは、家入さん(現在の株式会社CAMPFIRE代表)がやっていたLivertyです。Livertyに関わっている人のfacebookグループがあって、そこに私と鶴岡がいたんです。その頃はShopCard.meというアプリを作っていて、飲食店がものを売ったりするような無料のECがあるといいかなーと思ったんです。 私も株式会社paperboy&co(現在のGMOペパボ)でECをやっていたことがあるので興味があってオフィスに話を聞きに行きました。リリースしてから1週間後に遊びにいって、そのときに「当たっているサービスってこれだけお客さんがくるんだ」とすごく驚きました。もうその時点で手伝いたいという話をしまして「是非!」ということで
gumi、メルカリの中からチケットキャンプを選択した酒徳氏が振り返る、スタートアップ参加の道【社員番号1桁インタビュー】 本稿は社員数10人未満のスタートアップに飛び込んだ人、すなわち「社員番号1桁」な方に、時を経て当時のことを振り返ってもらう連続インタビュー企画。起業家の柴田陽氏と川村亮介氏が「社員がほとんどいない最初期のスタートアップのリアルな情報や認知が少ない」という問題意識に端を発した連載である。 創業2年でmixiが115億円の価値を付けたチケットC2Cサービス「チケットキャンプ」。 創業期から取締役CTOをつとめる酒徳千尋氏は、モバイルゲーム事業を展開するgumiの社員番号2番でもあった。社員番号1桁としてスタートアップに参画するということについて話をお聞きする。(編集部注:インタビュアーは柴田陽氏と川村亮介氏のお二人、回答は全て酒徳氏) 突然のZynga Japan解散 20
トレタ CTOの増井です。 トレタは創業して3年半、エンジニアも2名から13名に増え、私の役割も変わってきました。 当初は一人目のエンジニアとしてアプリの設計やサーバサイドのコードを書いたり運用全般を行っていました。 人数も増え、2年を過ぎたあたりからエンジニアリングの中で私が率先してやる必要のあることがほぼなくなってきました。むしろ海外展開で出張が増え、連続した時間がとれずに進捗を遅らせる原因になってしまうこともありました。 最近の論調では、メンバーが増えるとCTOはマネージメントや組織作りに移行して行くみたいですが、私はそっちに興味が全然なく、向いているとも思えませんでした。そもそも私は上司を持ったこともないし、決められた環境の中で働くのがとても苦手なので。 私が「組織を作って管理して行く」のは無理というのはトレタ設立当初から分かっていたことなので、メンバーを増やす時は「自分で目標を作
この記事は Supership株式会社 Advent Calendar 2016 - Qiita の1日目の記事になります。遅くなりました。 Supership CTO室室長 @yamaz です。 ビビりなエンジニアが大企業を辞めて起業した話を書きます。 スケールアウトを立ち上げる前、私はヤフージャパンに務めていた。 当時私は結構な給与をもらっており、かつそこそこの立場におり、かつ仕事も面白く、普通なら辞めないような立場だった。 だけど思うところがあり、会社を辞めその後会社を作ることになった。今回はそのあたりの話をしようと思う。今から10年ほど前の話だ。 きっかけ きっかけは上司からの命令だった。 「Adsense作って。2人で」 なんとなくそれっぽいものを作ったものの、エンジニアとしての自分に疑問を持つ結果となった。 AdSenseのすばらしさとのギャップ AdSenseはすごいプロダク
私は2010年にエンジニアとしてStripeに加わりました。まずバックエンドのインフラに取り組むことから始めました。サーバーアーキテクチャの設計、クレジットカードの金庫室の作成、人々の仕事を容易にするための内部の抽象化を作り出すことです。私はコードを書くことが好きでしたが、他のことにもかなりの時間を費やしました。求人プログラムの理解、企業文化の形成、あるいは最初の Tシャツ を作ることです( 最初のデザイナー を雇ったのでこれはできなくなりましたが)。コーディングを好んだので、私はこれらのことを特にやっていた訳ではありませんでした。代わりに、この環境への非常に強いビジョンがありました。環境の一部になって、存続させるために尽力するつもりでいました。 時間が経つにつれて、厳密にはコードを書くこと以外で責任がますます増えました。 Nelson Elhage が望んだように、私の仕事はフルタイムの
jp.techcrunch.com 2015年11月1日をもって株式会社nanapiを含む3社が合併し、Supership株式会社となりました。 それに伴い取締役及びCTOとしての立場を退任いたしました。株式会社nanapi(始めた当初は株式会社ロケットスタート)では、6年半ほどCTOという立場で仕事をしてきました。一人で開発していたころから現在に至るまで、本当に様々なフェーズを経てきたなぁと思います。 これからはSupership株式会社において改めてサービス開発という現場にたちもどって、サービス開発の現場で戦っていこうと思います。 立場は変われど、会社の目指す先はより大きくなっているのでより現場にちかい立場で引き続き頑張っていくつもりです。 Supership株式会社でもエンジニアは引き続き募集しておりますのでぜひよろしくお願いいたします! 新卒採用サイト|Supership株式会社
「エンジニア組織のトップには最も技術力が高い人が立つべき」という価値観にもとづいて、多くのWeb事業会社においてエース格のスターエンジニアがCTOないし類似の肩書と地位と権力を持つポジションに就いたゼロ年代のムーブメントを第一次CTOブームと呼ぶことにしよう それを踏まえてテン年代に入り、「スタートアップのような小さな組織ではそれで問題なかったけど、組織が大きくなり成熟していく過程では、経営者の視点からエンジニア組織をマネジメントできる人がいないと組織力を発揮しきれないのでダメだよね」という価値観を後ろ盾に、そこそこ年齢を重ねて気力体力的に現場の第一線がつらくなったりライフステージの変化によって以前に比べパフォーマンスを発揮できなくなった元エースや、技能ではエースに及ばないがそれ以外の格(社歴など)で勝るシニアな人材などの思惑が重なり、「次のキャリア」としてCTOという役職に再びスポットが
nobkz.hatenadiary.jp 昨日だが、このエントリーがバズっていて僕自身もtwitterでいくつか言及した。twitterってその場の思いを素早く伝えるのは非常に便利なんだけど、コンテキストが重要なものが説明しづらいとか、フロー的な情報という問題もあるため改めてブログに書いてみる。 率直な感想 まず、彼自身がCTOじゃなく1人のエンジニアとしてこの会社にジョインしていたのであればまぁわかるよという内容だ。エンジニアとしての美学を追求し続けたけど、それじゃビジネスが立ち行かなくなった。俺のことをわかってくれるVCが日本にはいない! まぁここまではよくある話だと思う。誰もが失敗はするし、最初からうまくいく人なんてごく少数だと思う。問題は、この事自体を環境のせいにしているということだと思う。 技術的負債を早く返しすぎたのが失敗と書いてあるが彼がそう感じているのであればそうなんだ。た
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