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国家統一が進んだ奈良時代、朝廷は各地に拠点や幹線道を築いた。「土の道路は雨でぬかるんだり、でこぼこになったり大変だったのでは」と思いがちだが、発掘調査によって古代の道路築造技術の意外な高さがわかってきた。秋田城跡(秋田市)や多賀城跡(宮城県多賀城市)などで、実際に歩いてその感触を確かめることができる。 ■透排水の工夫明らかに 秋田城跡は、政庁東門から外郭東門を通る東大路を320メートル復元している。路面幅12メートルで、両側に幅50センチ、深さ30センチの側溝を備える。 市道で2分されたうち外郭側130メートルは平成6~9年度の復元で、「土を突き固める版築の層を重ねた当時の質感を再現しようと、土に特殊なセメント材を混ぜた自然土系舗装にした」と、秋田城跡歴史資料館の岡部友明事務長。 復元から30年近くたち、勾配部は雨水などにより舗装面が削れているものの、平坦(へいたん)部はきれいに残り、土な
いぶりがっこ、伝統の味ピンチ 衛生基準導入、高齢農家「何年できるか」―秋田 2021年12月06日13時31分 作業小屋で大根をいぶす高橋キヨ子さん=11月15日、秋田県横手市 秋田県の郷土漬物「いぶりがっこ」がピンチに直面している。昔ながらの製法を代々受け継ぐ農家は農閑期に小屋で作っているが、改正食品衛生法の施行で許可が必要となり、衛生基準を満たすには多額の改修費が必要になるためだ。作り手は零細の高齢農家が多く、「あと何年やれるのか」と諦めの声が広がっている。 農地集約へ計画要請 法律に明記、耕作放棄に歯止め―農水省 いぶりがっこは豪雪地帯の保存食として生まれた。秋に大根をつるして木の煙でいぶし、塩などが入った米ぬかに40日以上漬け込む。近年は東京など大都市で人気を集め、県内各地の工場でも生産されている。 一方、県の内陸に位置する横手市の人口約3000人の山内地区では食文化として受け継が
秋田県湯沢市山田地区の松岡経塚(きょうづか)遺跡で発掘された後、国立博物館に所蔵され、市民の目に触れる機会のなかった平安、鎌倉時代の経筒(きょうづつ)などの遺物11点が六十余年ぶりに里帰りすることになった。3月23日から湯沢文化会館で開催される「湯沢の文化財展」で展示される。 経塚は、仏教の経典を土中に埋納した塚。平安時代末期から鎌倉時代にかけて、疫病の流行や災害などへの不安を背景に、仏教が衰えて暗黒の時代が到来するとする末法思想が社会を覆った。そうした中で経典を守って後世に伝えようと造営されたのが経塚で、経典を納めた容器が経筒だ。 経塚は東北から九州にかけて分布し、奈良県の金峯山(きんぷせん)経塚から見つかった現存最古の1007(寛弘4)年の銘がある経筒は、藤原道長が埋納した。 湯沢市の松岡経塚遺跡は1954年4月に発見された。発掘調査で、塚内などから1184(寿永3)年銘銅製経筒、11
秋田県横手市の大鳥公園市民プールが地下排水管からの水漏れを修理できず、2016年夏から3シーズンも休止が続いている。同公園は10年に国史跡に指定された大鳥井山遺跡とほぼエリアが重なり、水漏れを直そうにも遺跡の現状変更を伴う補修ができない。プールは老朽化も進み、再開は絶望的だ。 市によると、排水管はプールの地下約2メートルにある。修理には周辺の土を掘る必要があるが、遺跡を傷つけずに施工するのは難しい。 文化財保護法は国の史跡の現状変更を規制する。市も遺跡の保存管理計画で「史跡の保存、管理、活用に関わるものを除き、現状変更を認めない」と定める。 プールは1978年に開場。2016年7月に水漏れが判明した。水道代がかさみ、水温も上がらない状態になった。市は16年3月にプールを市有施設の長寿命化計画の対象に指定していたが、地中の修理を断念して同年夏から休止した。 05年に市町村合併する前の旧横手市
秋田城跡歴史資料館、4月オープン 大型出土品や模型展示 ※写真クリックで拡大表示します 資料館のイメージ図 ※写真クリックで拡大表示します 歴史資料館に設置された秋田城跡の模型 秋田市寺内の国指定史跡「秋田城跡」の出土品を展示・公開する施設「秋田城跡歴史資料館」が4月、史跡内にオープンする。市が既存の秋田城跡調査事務所の東側に展示スペースを新設し、出土品を陳列。調査事務所も歴史資料館の一部として、これまで通り使用する。史跡を観光資源として活用し、誘客につなげる狙い。 展示スペースは鉄筋コンクリート造りの平屋で延べ床面積は324平方メートル。今月完成した。事業費は2億7594万円。 出土品はこれまで、史跡内の収蔵庫で保管されて公開されていた。しかし、延べ床面積が102平方メートルと手狭だったため、史跡から出土した直径約1・6メートルの井筒(井戸の底の木)など大型の出土品を展示できないとい
地方点描:公文書館の活用[大曲支局] 全国の公文書館や図書館関係者らが集う大会が先ごろ、大仙市で開かれた。参加者は約200人。来年度の開設に向けて市が計画を進めている公文書館を広くアピールしようと、市が大会を誘致した。 大会は全国歴史資料保存利用機関連絡協議会(事務局さいたま市)の主催。通常は政令指定都市や県庁所在地などで毎年開かれているだけに、大仙市による誘致には意気込みが感じられた。 市が設置する公文書館は、同市強首の旧双葉小学校を改修して整備。地域の歴史などを伝える公文書と史料の保管・展示の拠点となる。市町村による公文書館の設置は東北では初めて。 公文書や史料の保管は施策や事業を進める上で重要だ。例えば、過去の地震の被害状況や対応の記録があれば、効果的な災害対策を講じることが可能となる。大仙市の本庁と7支所で保存している公文書を1カ所に集約すれば、管理コストを抑えられる利点もあ
6月30日で閉館する県立美術館(平野政吉美術館)の歴史をたどる講演会「今、平野政吉美術館をふりかえる」が11日に開催される。指定管理者の公益財団法人「平野政吉美術財団」が主催。同美術館最後の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢―ファイナル平野政吉美術館―」(6月30日まで)の関連講演会として開かれる。 1967年5月に開館した同美術館は、開館30年前の1936年に一度、美術館建設構想が持ち上がっていた。20世紀前半のエコール・ド・パリを代表する画家藤田嗣治(1886~1968年)の妻マドレーヌが1936年6月に急死し、翌7月に秋田市の美術収集家平野政吉氏(1895~1989年)が鎮魂のための美術館として提案した。 この美術館構想に藤田自身も積極的で、設計に携わった上で、美術館の壁を飾るため、37年に大壁画「秋田の行事」を描いた。 しかし、その後の戦時体制下の鉄材不足などで建設は中止に。一時
出土した二つの須恵器(手前)と土師器。左の須恵器には凡の字を横にしたような墨書があり、右の須恵器にも同じ墨書が残っている(横手市の陣館遺跡で) 横手市金沢中野の金沢柵推定地「陣館遺跡」から、後三年合戦(1083~87年)から150年以上前の10世紀前半のものとみられる土器が出土し、県内では前例のない記号が墨書されていたと、横手市教育委員会が発表した。発掘担当者は「10世紀頃には有力者がいる重要な場所だったことが証明された」として、清原氏の軍事拠点だった金沢柵の特定につながる発見とみている。 同市教委は、昨年10月に内耳鉄器が見つかった場所から約100メートル離れた山すそで、今年10月初旬から発掘調査を開始。同下旬、地表から3層目の地層で土器を見つけた。 灰色の須恵器の中に、割れた肌色の土師器(はじき)が重ねられた状態で二つ並んであり、須恵器の側面に、「凡」の字を横にしたような墨書が施されて
社説:知的財産の利活用 デジタルデータ化急げ 総務省は、県立図書館などの協力を得て、図書や公文書などの電子情報をインターネット上で手軽に利用できるシステム(デジタルアーカイブ)構築に向けた実証実験に取り組む。県立図書館が、データ公開で全国でも先進的に取り組んでいることが評価され、本県に白羽の矢が立った。県内の図書館や博物館など文化・教育施設連携の具体的手法や在り方に関する調査、検討が行われることになり、実験の成果に期待がかかる。 実証実験に協力するのは同図書館のほか、あきた文学資料館、県立博物館、県公文書館(以上秋田市)、県立近代美術館(横手市)。同省の「知のデジタルアーカイブに関する研究会」の事業の一環で、5施設が計5万件超の所蔵目録データを提供。国立国会図書館のサイトで閲覧できるようにし、運用面の課題などを調べる。実験とはいえ、事業は全国の図書館や美術館関係者らの注目を集めている。協
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