藤沢 秀行(ふじさわ ひでゆき、ふじさわ しゅうこう、1925年6月14日 - 2009年5月8日)は、日本の囲碁棋士。本名:「藤沢 保(たもつ)」[注 1]。棋聖戦6連覇、史上最年長タイトル保持者などに輝いた、昭和を代表する棋士の1人。 年上の甥(姉の息子[1])に藤沢朋斎九段、子(五男)に藤沢一就八段、孫に藤沢里菜七段。また小島高穂九段は大甥(姉の孫[2])に当たる。経済学者の松井彰彦は甥。 太平洋戦争中に「秀行」と呼び名を変えたが、これは当時、山部俊郎とともに世話になっていた、頭山満の三男の頭山秀三の名前に由来する[3]。正しい名前の読み方は「ひでゆき」だが、生涯を通じて「しゅうこう」と呼ばれ続けた。 棋風は豪放磊落であり、厚みの働きを最もよく知ると言われた。ポカ(うっかりミス)で好局を落とすことも多かったが、「異常感覚」とも称される鋭い着想を見せ、「華麗・秀行」とも呼ばれた。「序盤