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HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

納期遅れはチャンス。

2021-10-27 06:38:17 | Weblog
 半導体不足が経済紙だけでなく、一般紙までも賑わせている。デジタル機器はもとより、自動車の生産にも欠かせない部品だけに、その供給が滞れば経済全体への影響は計り知れない。そんな中、台湾積体電路製造(TSMC)が日本に新工場を建設すると、発表した。

 同社が日本で製造するのは「ミドルレンジ」と呼ばれる中級品だそうだが、レベルは国内メーカーより数段高いという。日本は半導体開発で世界から遅れをとっており、早急に技術ノウハウを蓄積するには外資を誘致した方が早いと、経済産業省は判断したようである。



 岸田総理も新工場の建設に対して、「TSMCが進出すれば日本の経済安全保障に大きく寄与すると、総額8000億円の開発投資のうち半分程度を支援する考えがある」と、表明した。半導体不足は世界中で発生しており、日本にとっても供給網を強化するのは喫緊の課題で、デジタル産業の今後を大きく左右する。

 ただ、懸念材料もある。日本が負担する4000億円が本当にTSMCの日本進出に伴う国家的なデジタル戦略に使われるのか。毎度のことながら戦略の範疇を無理やり拡大して、土建事業にまで予算が組み込まれたり、地元自治体に交付金名目でバラまかれるようでは本末転倒だ。製造態勢の整備はもちろん、次世代の技術開発に投資して欲しいものである。



 一方、TSMCが進出を予定する熊本県の菊陽町は、すでに隣の合志市と一体で「セミコンテクノパーク」を整備している。菊陽側には画像センサーを製造する「ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング」、合志側には半導体の製造装置を作る「東京エレクトロン」があり、このほかにも下請け企業や技術短期大学が集積し、先端技術の中核工業団地を形成している。

 TSMCの新工場はソニーセミコンの南側に建設される予定で、半導体の供給網がより強固になる意味で期待も大きい。画像センサーや製造装置はここから県道の大津植木線を通り、北熊本スマートICから九州高速道路を経由して日本各地に運ばれるほか、博多港で船積みされて海外にも輸出されている。逆に製造に不可欠な部品はこうしたルートを通って各地から持ち込まれるわけで、デジタル産業を支える重要なサプライチェーンを構成している。

 半導体の製造装置は韓国のサムソン電子にも供給されているので、玄界灘で貨物船が沈没しチェーン網が寸断されてしまうと、韓国経済はひとたまりも無い。釜山と博多を繋ぐ海底トンネル計画に韓国側が前のめりになるのも、1日24時間、1年365日半導体及び関連製品の供給を途切れさせないためと思われる。

 もちろん、供給網の維持は日本側にも言えることで、半導体を海外メーカーばかりに頼っていては、有事で輸入がストップすると経済に大きなダメージとなる。岸田総理が「TSMCが進出すれば日本の経済安全保障に大きく寄与する」と表明したのも、半導体を自前で確保することで経済の安定を図り、デジタル技術の蓄積で国際競争力をつける狙いからだ。


代替生産でも機会ロスが避けられないことも

 翻って、アパレルはどうだろう。少し前のデータだが、2017年の衣料品の輸入浸透率は、点数ベースで97.6%。つまり、国内生産比率はたった2.4%しかない。さらに細かく見ると、素資材(生地やボタンなど)を国内で調達してそれを海外の工場に持ち込んで生産する場合と、全てを海外で賄う場合とが考えられる。後者ではさらに中国などで素資材を調達し、縫製のみコストの安いベトナムなどで行う場合がある。

 アパレル自体がローテクの産物だけに特殊な技術を必要なアイテムは除けば、コストの安い国々で素資材の調達から縫製まで行うのは必然だ。加えて市場には有り余るほど商品が流通している。消費者もタンス在庫を数多く抱え、毎シーズン商品を購入するのはもはや少数派。別に新商品が入って来なくても、消費者は困らない。そこは半導体と違うところだ。

 ところが、大手メーカーや小売業者はそうはいかない。毎シーズン、新たな商品を企画して海外で製造し、輸入を経て小売業者が仕入れ、店頭に並べる。その商品が無ければ、お客が来ても機会ロスを生む。昼時にコンビニを訪れても、おにぎりや弁当、麺類の棚が空っぽなら、お客は何も買わずに帰ってしまうのと同じだ。




 今年はこれが現実の問題になっているという。新型コロナウイルスの影響で衣料品を生産するベトナム工場の稼働が落ち、思うように商品調達できていない。そのため、各社では秋冬物の新商品の発売が遅れているのだ。中国でも新型コロナウイルスの影響で、税関が相当厳しくなっており、商品の通関スピードを遅らせている。筆者の取引先でも9月に工場を発送した商品が10月2日から広州で留まったままになっている。

 大手アパレルのケースでは、三陽商会はベトナムの工場で生産する秋冬商品の約3割の出荷ができておらず、発売は1~2カ月程度遅れる見通しだとか。ワークマンは同じくベトナムで生産するジャケットやパンツの出荷が1カ月程度遅れ、しまむらは機能性肌着ファイバー・ヒートの出荷を一時停止にしたそうだ。

 ユニクロは9月にパーカなどの新商品の発売を1ヶ月延期したが、一部のアイテムではさらに2ヶ月遅れるという。大手各社は中国のコストアップや米中の貿易摩擦により、ベトナムなど東南アジアへの生産地の分散を進めてきたが、コロナ禍による感染懸念を背景に従業員が十分に戻っていない現場もあることから、それが裏目に出たようである。

 そこで各社は緊急避難的に代替生産に入っている。三陽商会はトレンチコートなどは国内製造に切り替え、TSIホールディングスは納期が大幅に遅れる商品は中国生産で補うという。ただ、その分はコストが上がるわけで、販売価格に転嫁すれば売上げにも影響するし、据え置けば利益は減少する。気温が急に下がると防寒衣料が求められるわけで、その時に商品が無ければ、またも機会ロスが発生する。どちらにしてもリスキーであることに変わりないのだ。


納期遅れを教訓に新たなビジネス発想

 もっとも、アパレルの言い分を額面通りに受け取ることはできない。なぜなら、大手各社は余剰在庫を抱えているわけで、姑息にもそれを新商品として売場に投入しないとも限らない。海外の倉庫に大量の在庫を抱えるユニクロは、これまでにもそうしてきているとの噂が業界では実しやかに語られている。

 ワールドやオンワード樫山HDはアウトレット業態を持っているので、代替生産ならぬ「代替販売」でこの冬を何とか乗り切ることはできる。逆に気温が下がれば、持ち越した冬物在庫が一気に捌けるかもしれない。ただ、他社も含めプロパー売場に商品単価が高く利益も取れる新商品が無ければ、痛手なのは確かだ。百貨店もいくらアパレル売場の客離れが激しいとは言え、店舗を展開している以上、売場を空っぽにするわけにはいかない。

 そう考えると、素資材の生産・調達から縫製までのほとんどを海外に依存することは、コロナ禍のような有事に際して商品供給の脆弱さを露呈する。それでも海外生産を完全否定することはできないから、素資材や縫製の依頼先を分散してリスクヘッジすることが不可欠だ。また、コスト高の国内製造にもたえうる商品を企画することも重要になる。

 世界的なSDGsの潮流を考えれば、不良在庫から商品をピックアップし、リメイクしてスポット投入できるような仕組みも持っておく。今回のような納期遅れが生じた場合の緊急避難策として有効ではないか。消費者はブランド名が違えど、どこのショップでも似通った商品ばかり並ぶため、購入に二の足を踏んでいる。リメイクなら色や素材の大胆な組み合わせなど、定石通りの企画では表現できないクリエーションも可能だ。



 リメイクは主販路にはならないが、余剰在庫の効率的な再利用と企業デザイナーが創造力で一皮剥けることにつながる。コロナ禍の教訓から学ばなければ、アパレルに明日はない。欧米のアパレルでは、「生物学的な性差にとらわれず誰もが自分の望む生き方を選択できる」ジェンダーフリーに対応するアイテムの企画、販売がスタートしている。日本も多様性を認める社会を標榜するなら、ジェンダーニュートラルな商品があってもいいはずだ。これにリメイクでチャレンジするという手もあるだろう。

 コロナ禍のような有事は、海外生産が主流となったアパレル業界に納期遅れという障害をもたらした。一方で、それは新たなビジネスモデルを創造するチャンスと捉えることもできる。国内生産への回帰といった単純な構図で考えるのではなく、付加価値が高く新たなマーケットを開拓できる商品提案の好機にすべきではないかと思う。

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バリュアップする副資材。

2021-10-20 06:39:02 | Weblog
 海外出張の時に購入したMA-1タイプのスウェードジャケットがある。最初に黒を買って次の出張では風防仕様となった薄茶を追加購入した。一時はこの2つをローテーションで冬中着ていた。その後、2着とも袖のリブがほつれたのに暖冬が重なり、ワードローブにしまったままになっていた。せっかくならリメイクして着ようと、3年前に黒の方は袖ごと鞣しの革に切り替え、袖口をジップ仕上げにすると驚くほどにカッコ良くなった。

 この秋は薄茶の方も同じ仕様にすることにした。自粛期間中に知り合いの革屋さんに色が似た革を探してもらうよう手配していたが、届いたサンプルは色合い、質感、厚みともドンピシャ。即決した。あとはファスナーだ。アパレル時代の伝で紹介してもらったYKKの代理店さんに依頼することにした。

 最新版のWebカタログには、最新アイテムがラインナップする。ファスナーはもちろん、ボールチェーン、繊維テープ、樹脂パーツなど、どれも創造力が刺激されるものだ。メタルファスナーではエレメントカラーもアルミからゴールド、アンティークゴールド、アンティークシルバー、ダルシルバー、黒染め、洋白まで揃う。

 「ムシ」も一番幅が狭いものから広いものまで6種類。それに加えてジャケットのダブルジップに不可欠な「逆開」にも対応可能だ。そこで、袖の切り替えと一緒にフロントをダブルジップにすることにした。全てエレメントカラー、ムシのサイズで逆開が可能なわけではないが、ジャケット本体の薄茶に合わせ、事前に使用したいものをカタログでピックアップしておけば、打ち合わせの時に現物のサンプルを見て確認することができる。

 ファスナーのサイズは自分で計測してもいいのだが、やはり担当者に直に測ってもらった方が間違いがない。非常にありがたいのは単品の発注にも関わらず、代理店側が気軽に応じてくれること。担当者は一切嫌な顔をしないのだから、非常に恐縮している。おまけにファスナーの現状を色々教えてもらこともできて勉強になる。今回は最高級タイプの「エクセラ」についても聞くことができた。

 筆者:「デザイナーの間では、エクセラを使いたいとの声があります」

 担当者:「欧米の高級ブランドが副資材の価値をアップした影響でしょうか」

 筆者:「レザーはバッグが主流だから、そちらからの引き合いが多いのですか」

 担当者:「高級ブランドにファスナーがレギュラーというのも何ですから」

 筆者:「革屋さんの話では、個人でバッグを作っている人まで、エクセラを選ぶとか」

 担当者:「使用する素材の全てが最高級品です。その分、価格も非常に高いのですが」

 筆者:「発注すると納期はどのくらいかかりますか」

 担当者:「今は数ヶ月待ちの状態ですね」


 会話はざっとこんな内容だった。レギュラーファスナーの2〜3倍なら発注しても良かったが、担当者の「非常に高い」との言葉に怯んでしまった。まあ、リメイクに使用するファスナーだし、ジップだけ高級にしてもしょうがない。だから、今回はレギュラーのもので、アンティークシルバーに決めた。それでも、こちらはフロントをダブル、両袖をシングルの計3本で1000円でお釣りが来るほどだ。

 業界メディアは原材料費が高騰していると書き立てる。ファスナーも単品では安く感じるが、量産すればそれがそのままコストになる。MDの担当者も、できれば素資材は10円でも安くしたいはずだ。それに何とか応えようというYKKの企業努力には感服する。一方で、高級ブランドのニーズにも対応しようと、ファスナーでも最上級の商品を開発する。たかがファスナー、されどファスナー。ここにも副資材メーカーとして妥協のない企業姿勢が窺える。


ファスナーの引手にチップを内蔵



 そんなYKKが子会社のYKK台湾を通じて新たな商品を開発した。ファスナーの引手にNFCチップを内蔵した「TouchLink™ (タッチリンク)」だ。https://www.ykk.co.jp/japanese/corporate/g_news/2021/20211007.html

 リリースによると、「(チップ内蔵の)引手にスマートフォンを近づけると登録情報を読み取り、ウェブサイトやアプリケーション等との連動ができます。例えば、従来はアパレル製品のタグ・ラベルなどに記載されているケア情報やトレーサビリティ、リサイクル情報、各種スマートフォンアプリ等の連携を TouchLink™ に設定することで、アパレル製品購入後もアパレルブランド様と一般生活者様を繋げ新しい顧客体験を提供します」。

 また、「TouchLink™ は従来の引手と同等の強度を確保しており繰り返しの使用や、NFCチップの情報を書き替えることで情報の拡張や継続的な顧客接点としても活用できます」とのこと。

 タッチリンク付きの商品を購入したお客は、引手にスマートフォンをかざすとチップに登録された情報を読み取ってwebサイトにアクセスできる。おそらく、PCでメーカーのサイトから必要な情報を検索するのとは違い、その商品の情報が素早く得られるとすれば、非常に便利だ。メーカー側もいろんな情報を発信できるし、マーケティングにも活用できる。双方がより近づく意味でもメリットは大きい。

 コストはどうなのだろうか。紙製タグにつけるICチップは、RFIDタグ(インレイ)の場合で、1枚2円程度になっている。こちらは商品管理のために利用するケースが多い。アパレルの場合は、お客が売場で商品を試着する時に情報を確認する場合がメーンだろう。商品を購入してタグを外せば、ICチップ共々保存しておくお客はそれほど多くないと思う。

 しかし、タッチリンクのようにファスナーの引手に内蔵されていれば、商品を着続ける間はいつでもメーカーが提供する情報にアクセスできるわけだ。商品が廃棄されるまでお客とメーカーの接点が途切れないのだから、それは画期的なこと。コストもファスナーという副資材の価格に吸収されるので、紙のタグほど導入が懸念されることはないと思う。

 YKK側もそうした面を考慮し、ファスナーの価格とチップの価値が十分に釣り合うと判断した上で、商品化に踏み切ったのではないか。開発したのがYKK台湾というところも、マーケットとして成長が期待できるアジア市場に照準を合わせる戦略。顧客との接点を緊密にし、アパレルと一緒になってデジタル化、情報発信能力を強化する狙いだろう。

 担当者の話では、メタルファスナーの引手は「鋳物」だとか。スポーツウエアのように洗濯の頻度が高い場合、劣化や破損も気になるところだが、担当者は「洗濯はファスナーを閉じた状態で行うことが基本です」と話す。それでも、タッチリンクの引手は従来と同等の強度を確保していると言うから、大丈夫だと思う。

 アパレルのクリエーションを左右するのはデザインや素材であることに変わりはない。それに加えて、商品の様々な情報がファスナーという副資材からリアルタイムで発信できるようになったことは、別の意味で商品価値をアップする。これからファスナーを見る目もだいぶ変わって行くと思う。
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プラスワンの功罪。

2021-10-13 06:43:24 | Weblog
  「チャイナプラスワン」と呼ばれて久しい。日本含め海外企業が中国で行うビジネスには政治や社会情勢、文化、習慣的の違いから、いろんな経済的な損失を被るリスクがある。それを回避するには、ASEANはじめ第三国とも取引を進めようという考え方だ。

 ただ、日本のアパレルではブランドによりデザインや仕様、ロット、納期が違うため、柔軟に対応してもらうにはどうしても中国に発注せざるを得ない。昨年はコロナウイルス感染拡大の影響で、製品取引が一時ASEANに拡散した。しかし、今年は中国に戻ったことで逆に工場のキャパが満杯となり、日本向けを先延ばしてそれが納期遅れを生んでいる。それはチャイナプラスワンの一言では解決しないことを意味する。一例を挙げてみよう。


有望視されたミャンマーでもクーデター



 筆者が住む福岡市では数年前に地元企業のミャンマー進出を勧奨する動きがあった。同国初の経済特区「ティラワ経済特別区(SEZ)」(https://www.jetro.go.jp/ext_images/theme/fdi/industrial-park/developer-material/pdf/201904/mm_01.pdf)は、日緬両国の官民挙げた共同プロジェクト。首都ヤンゴンの南東約20kmに位置し、ティラワ港に隣接。デベロッパーのミャンマー・ジャパン・ティラワ・デベロップメント社は日本49%、ミャンマー51%の出資で設立され、日本側には住友商事、三菱商事、丸紅、JICAが名を連ねた。

 総開発面積約2400haのうち、396haが2014年5月に販売開始され、15年9月に開業。まずは交通整備をはじめ農業支援、そこから派生する食品産業の充実に注力された。現在、進出企業は建設資材16社、食品・飲料11社、包装・容器10社、電力・電気10社、医療6社、自動車7社などで、アパレルなどの縫製事業者も9社ある。投資企業は世界で110社以上に及び、そのうち56社が日本企業になる。福岡の企業にミャンマー進出が勧められたのも、こうしたビジネスの新しい芽を育てようという機運からだ。

 ところがである。政治の世界は一瞬先は闇と言われる。ミャンマーも例外ではなかった。2021年2月1日、国軍によるクーデターが発生。20年の同国連邦議会の総選挙でアウンサン・スーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)が改選議席の8割以上を得たことに恐れをなした軍は、憲法で保障された権限を発動した。

 この時、国連や欧米各国が国軍に市民の殺戮停止、スーチー女史などの逮捕者の即時釈放、民主化回復を求めた。ところが、日本企業は目立ったような態度を示さなかった。筆者はアジアの政治や経済の専門家ではない。あくまでミャンマー進出を後押しした地元関係者から聞いた話を元に推測するが、特区を含め経済的にすり寄りたい日本企業と軍との深い接点が影響したのではないか。考えられる理由を以下であげてみたい。

 もともと、ミャンマーは多宗教・多民族国家だったため、軍部と少数民族と対立が絶えなかった。ロヒンギャ問題が典型的だ。国軍は罪のない多くの人々を抑圧虐殺するなどの非人道的行為に走った。2011年には軍事政権のテイン・セイン大統領がアウンサン・スーチー氏の軟禁を解いてNLDを野党と公認したため、いかにも民主化が進むように見えたが、実際にはそうはならなかった。

 なぜなら、2008年制定のミャンマー憲法では、国会議席の4分の1が軍人に割り当てられ、非常時には国軍司令官が国民に対するあらゆる権限を掌握できるように規定されている。憲法改正には議員の4分の3以上の賛成が必要になるが、軍が連邦議会の議席の4分の1を割り当てられているので事実上、改正は不可能だ。つまり、軍の意思でいつでも政治介入ができるというわけだ。

 それゆえ、現役軍人や退役した元軍幹部が複数の国内産業に食い込んでいる。120もの事業を共同で展開する「ミャンマー経済ホールディングスリミテッド(MEHL)」と「ミャンマー経済公社(MEC)」が典型的だ。国軍はミャンマーにおける経済活動の中核を実質的に支配していると言っても過言ではない。

 それ以外にも国軍は広大な土地を所有して仲介業者、代理会社を通じて自己資金を調達しており、その事業は農業から鉱業(宝石の翡翠など)、醸造所、運輸業、果てはホテルや銀行、国際貿易までと多岐にわたる。スーチー氏率いる文民政府は、国軍が事業で調達した資金を十分に監視できていないと指摘されてきた。


ASEANシフトはリスク覚悟で

 つまり、ミャンマーが民主化したからと言って、長年にわたって国民が軍に抑圧されてきた国情からすれば、民間企業がすぐに成長できるような土壌はないということ。逆に軍事政権の方が指揮命令系統が確立しているので国をコントロールしやすく、企業経営も安定する。ある意味、北朝鮮と同じと言えるだろう。

 ミャンマーで外国政府がODA(政府開発援助)、外国企業が投資を行なって経済活動を展開することは、結果として軍の経済活動を支援することにつながる。国軍によるクーデターは皮肉にも諸外国の経済支援や投資がそれを後押しし、国民の人権や安全、就労環境の保持を不安定にする状況を浮き彫りにした。

 現状ではクーデターがSEZでのビジネスを揺るがせたという報道はない。と言うか、ミャンマーの国情は日本の商社にとって先刻、織り込み済みだろう。何せ、人殺しと人身売買以外は何でもやると言われる会社だ。綺麗ごとを言っていても、海外でのビジネス展開はできない。あくまで政治と経済は別だと。つまり、ミャンマーに進出するには、そうしたリスクを抱えなければならないのだ。



 それは中国での事業も同じではないか。いくらチャイナプラスワンといったところで、アパレルビジネスのように量産と効率を追いかければ、どうしても中国に頼らざるを得ない。また、おしゃれ衣料のように仕様が複雑になると、まだまだチャイナプラスワンというわけにはいかない。つまり、中国を筆頭に各国で国情が違う=カントリーリスクを前提で、その国をどう捉え、どう向き合うかが重要になるのだ。

 この夏、ユニクロの店頭に並んだTシャツがある。8〜9オンス程度の厚手で、洗いをかけてあった。タグの生産国を確認すると「カンボジア」。UTの一部も同国製だった。ユニクロが使用する綿の生産にウイグルの人々が強制労働されているとの疑いから、米国では輸入差し止めにまで発展した。日本では不買運動までは起こっていないが、ユニクロ側は短期的な視点で中国製のネガティブイメージを払拭したかったと思う。



 もちろん、中長期的にはカットソーのような単純仕様のアイテムは、中国以外で生産する体制を築きたいだろう。ただ、カンボジアも元は「クメール・ルージュ(ポルポト派)」という軍事政権が支配していた国。再び政情不安が起きないという保証はどこにもない。それはバングラデッシュやパキスタンにも言えることだ。

 マーケットとして中国を見れば、内販を進めて行かざるを得ない。知り合いが上海に出店しているが、若者が堂々と10万円以上の商品をスマホ決済していくと、語っていた。また、先月、レザージャケットのリメイクで話したYKK代理店の担当者も、中国では最高級ファスナー「エクセラ」をはじめ、いろんなアイテムの引き合いが多いと。そのため、個人発注のような「ロットの少ないものは1ヶ月以上の待ちが続くのでご了解を」と、理を入れてきた。

 日本では低価格商品が主流だから、ファスナーのような資材にもコスト圧力がかかる。当然、資材メーカーとしては中国内販を強化した方が収益は上がる。一方、アパレルメーカーの中にはコロナ禍で工場側に製造を受け入れてもらえないところがある。コロナ禍が収束すれば元に戻っていくとの楽観的な見方もあるが、人件費が確実に上がっているわけで生産基地としての限界が近づいているのも確かだろう。

 ASEAN諸国ではミャンマーのように政情不安のところもあり、リスク管理の上で中国は欠かせないという考えはわかる。工賃などを値上げをすれば、中国生産も維持できると言われる。だが、日本では時給を10円アップするにも、労働者の賃金をあげたい行政と利益を削りたくない企業との間で攻防が凄まじい。なのに中国における1ドルのコスト増を日本国内での販売価格に転嫁させれば、どうなるのか。

 岸田内閣は没落した中間層の復活を政策の旗印に掲げており、それには産業構造の再編が欠かせない。低価格商品の製造ではチャイナプラスワンを進めつつ、国内企業はアパレル含め付加価値の高い商品を生み出すビジネスモデルにシフトする必要もある。そのためには対応できる人材を国をあげて育成ことが求められるのだ。

 こうした産業に中間層が携わることで強化できるし、デフレを解消する物価上昇にも貢献していくのではないかと思う。100円値上げされた商品を購入できるようにするには、100円でも高い賃金を得られる能力を持てることが必須なのだから。

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環境配慮の陰で蠢くもの。

2021-10-06 06:41:26 | Weblog
 10月に入った。明け方は多少ひんやりしてきたが、日中から夕方はまだまだ残暑が残る。日本の習慣では衣替えの時期だが、とても長袖を着る気にはなれない。というか、重ね着するにしても、アウター、インナーともに薄手のコットンで十分。ウールニットをパッキンから出すのは12月下旬でもいいのかも。それでも、暖冬なら着ないまま歳を越せそうだ。

 この際、冬物を断捨離しようかと思う。ほとんどが10数年着ている丈夫なものだが、日本では知名度がないユーロブランドが主体なので、買取店は引き取ってくれない。別に換金しようとは思ってないが、SDGsには多少なりとも貢献したい。SCのゆめタウンがだいぶ前に回収キャンペーンを行っていたが、衣替えの時期を外れ出すのを逸してしまった。今度は端境期の年明けだろうか。それを待つしかないようだ。

 スーパーのイトーヨーカ堂も初めての衣料品回収キャンペーンを実施するという。環境省の「3R(リデュース、リユース、リサイクル)推進月間」を機に10月1日から24日まで、全国の108店で行われる。こちらは衣料品の3Rを求める消費者ニーズに応えるとともに、「環境に配慮した商品」の充実をアピールするのが狙いのようだ。

 イトーヨーカ堂に限らず、スーパーの衣料品はジリ貧状態が続く。それがGMS(総合スーパー)の苦戦にもつながっている。経営者は判で押したように改革を公言するが、どこも結果が伴っていない。むしろ、GMSは来店客が1着でも衣料品を買ってくれれば儲けもんと、ハンギング主体で陳腐化した売場を無くす様子はない。それが改革の遅れを生んでいるのではないかとさえ思えてくる。



 逆にゆめタウンのように「不要になった衣料品(洗濯済み)を1点でも持ち込む」と「500円の衣料品クーポン券を3枚プレゼント」してくれるところもある。衣料品の苦戦はゆめタウンを運営するイズミでも例外ではないだろう。だから、少しでも販促につなげたいのはわかるが、自主売場の商品改革無しで衣料品が売れるとは思えない。

 消費者の意識はどうか。クーポンを入手したお客が衣料品を購入するのか。売場の様子からして、それは少数派だと思う。むしろ、お客はタンス在庫の処分のしようがないから、無料で回収してくれるのなら、食品や日用品の買い物ついでにという感覚。特に郊外SCなら駐車場が無料だから、車を使えば嵩張る重衣料も気軽に持っていける。

 イトーヨーカ堂の場合はどうだろう。対象商品は婦人、紳士、子供の衣料で肌着、靴下、パジャマ、エプロン、レザー、ダウンは除外。お客一人当たり5点までの持ち込みが可能で、1点につき10%オフのクーポンを1枚もらえる。ただ、クーポンは肌着や靴下、パジャマ、エプロン、リースショップ、催事、イージーオーダー、フォーマルショップ、安心サポートには利用できないなど制約が多い。結局、同社が販売するファッション衣料のみということになる。

 ただ、こちらもお客が衣料品を購入するかは未知数。だから、少しでも売りに繋げるために環境配慮型商品を投入したのではないか。着なくなった衣料品をわざわざ持ち込んでくれるお客は、多少なりとSDGsの意識はあるだろう。ならば、環境にに配慮した商品を開発すれば、販売にもつながるのとの発想だろう。

 イトーヨーカ堂は伊藤忠商事と協業して再生ポリエステル「レニュー」を企画し、今回のキャンペーンでも回収したポリエステル100%の衣料はレニューに再生する。これを使用したフリースはすでに投入されており、毛玉になりにくく、ふんわり素材で保温性に優れる。他にもカットソー製品、スカートなどがある。

 また、自社で回収したペットボトルから再生した素材を機能インナー「ボディヒーター」や学童向けの体操着、毛布にも環境配慮型商品を拡大。表地に再生ポリエステル、再生ナイロンを使ったダウンジャケットなども充実している。さらに製造過程で使用する水の量を抑えたジーンズも企画しており、環境配慮型商品は売場の3割程度に広がっている。キャンペーンで回収したポリエステル以外の商品も廃棄せずに資源として再利用するというから、次の段階では再生コットンや再生ウールのアイテムが登場することに期待したい。

再生衣料にお客が求めるものとは



 百貨店も店頭で回収した衣料を再生して、販売する取り組みに参入し始めた。高島屋は、10月から三陽商会など15社が発売する秋冬物の再生衣料約40種類を取り扱い、店頭やオンラインサイトで販売している。また、回収した衣料は、使用された素材からポリエステルを選別して再生樹脂にし、紡績工場で再びポリエステル糸にする。

 アパレル側も百貨店の高価格帯なら、原材料の上昇分を吸収できて採算もとれると踏む。参加企業が増えればコストダウンが図られるため、最大で100社ほどに拡大する考えとか。高島屋としてもアパレルとタッグを組むことで、自ら販路を提供しながら量産効果で収益を確保し、再生衣料の普及につなげる狙いだ。

 スーパー、百貨店に共通するのは、国を挙げての3R推進と消費者の環境意識の高まりから、再生商品で販売不振の起死回生を狙おうということ。果たしてその戦略は奏功するのか。再生ポリエステルでは、ユニクロもポロシャツを商品化するなど、リサイクルに取り組んでいる。伊藤忠と協業するイトーヨーカ堂と同様に、ユニクロは三菱商事や丸紅などと連携しているので、再生繊維を活用したアイテムの生産には取り組み易い。



 つまり、量販衣料は海外生産のラインに再生衣料が加わることになる。それは生産背景で蠢く商社同志のせめぎ合いとも言える。問題は商品が消費者にどこまで認知され、売れるかだ。例えば、機能インナーはすでに定着しているので、それにペットボトルから再生した素材を使用したと冠をつけたところで、急に売り上げが伸びるとは思えない。スーパーの再生衣料に限ってみた場合、お客が何を求めるかである。

 まずファッション性。これは他に多くの専門店があるので、スーパーには必要とされない。次にデイリーユース。衣料品を日々の買い物に出かけるついでに購入するとすれば、日常に必要な肌着やパジャマ、ルームウエアくらいだろうか。毎日着るので消耗が激しく、買い替え頻度が高いアイテムになる。だから、着心地はもちろんだが、価格も必須条件となる。といっても、安けりゃいいではなく、品質とのバランス。それを再生衣料で実現可能かどうかだ。

 スーパーの場合、買い物客のほとんどが女性だから、ポリエステルなど合繊のアイテム、イトーヨーカ堂の場合では言えば、レニューを投入した意図はわからないでもない。ただ、デイリーユースを考えると、肌に優しく着心地が良くて洗濯も利くことが必須条件になる。だから、再生繊維のコットンやウールのアイテムをもっと投入してもいいのではないか。

 もちろん、オリジナル開発に注力して、スーパーのPB衣料という位置付けになれば、その店で圧倒的な販売量を誇る商品にならざるを得ない。デザインはベーシックでもいいが、品質はNBに比べ遜色なく、価格が値ごろということが絶対条件となる。スーパーが商社と協業する中で、それをどこまで実現できるのかである。

 丸井はPB衣料(商社製造)から撤退した。理由は経営手法を消化仕入れの百貨店型から定期借家契約のデベロッパーに転換したからだが、お客のニーズを吸い上げてPB衣料を企画して収益を上げるのは容易ではなかったことも窺える。イトーヨーカ堂が肝煎りで投入した環境配慮型商品も、期末の値引きセールで処分されるようでは、大量廃棄の元凶となり本末転倒だ。

 スーパー側の衣料品改革はもちろん、バックに控える商社が再生衣料の開発輸入を手がけるだけなら収益と効率を狙う構図は変わらない。だから、商品も売場も格段に進化するとは考えにくい。環境に配慮するためには、まず消費者が最後の最後まで着古してから廃棄できるような商品も必要かと。それらを再生して着心地の良い商品が生まれるのなら、SDGsへの貢献から購入してもいいと思うのだが。

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