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トーハン代表取締役社長・川上浩明氏に聞く 現場経験生かしてハンドリング “本業”取次事業に尽力

 トーハンは今年6月、社長に川上浩明氏、会長に近藤敏貴氏が就任し、新体制をスタートさせた。川上社長は入社以来、営業から管理部門まで広くキャリアを積み、現場主義を掲げる。運賃上昇や無書店エリア拡大等の問題解決、CVS取引等にどう向き合うのか、そして新規事業などについて話を聞いた。

【聞き手・星野渉/構成・市川真千子】

川上社長

――新体制において、会長・社長それぞれの役割と今後の方針を聞かせてください。

 私は社長で取次事業本部長も兼務していますので、トーハン全体をCOO(最高執行責任者)の立場で見つつ、主に取次事業のハンドリングに尽力しています。現在取次事業は赤字ですが、将来のための投資も予定しており、当面厳しい状況が続きます。黒字化を目指し、事業継続に向け真面目に取り組んでいます。

 出版業界ではいろいろな問題がスパゲッティのように絡まっている状態ですから、今期からの中期経営計画「BEYOND」の期間(24~26年度)で結び目をほぐして、出版文化を未来へ繋いでいきたいです。

 近藤会長は、代表取締役でありCEO(最高経営責任者)として当社グループ全体の企業価値向上に取り組んでいます。社外では業界団体の責任者も兼ねており、出版業界全体の未来を見据え、業界の社会的地位を高めるべく活動しております。

現場で学んだ取次事業の経験が強み

――トーハンではどんなお仕事をしてきましたか。

 入社2年目から6年間、四国3県で書籍の営業担当を務めました。エリア内に200軒あった書店を四国支店の社員と分担するので出張も多く、取次の営業とはどういうものか、みっちり勉強しました。

 社歴では次の総務人事部が13年間と長く、社会保険労務士の資格も取り、係長から部長・執行役員まで経験しました。その後、会社法の制定を受け、常勤監査役となり規程整備などに取り組んだあとは、06年に取締役となり取引部長を務めました。

 この取引部での3年間が、〝経営〟を考えるうえで非常に勉強になったと思います。当時はバブル崩壊から15年、出版界の売上がピークアウトに転じ10年という時期で、経営に苦しむ書店が増えていました。私も営業担当とともに日本全国を歩いて一軒一軒状況を確認し、店舗運営や資金繰りを立て直し、書店と一緒に銀行やデベロッパーとの交渉にも臨みました。書店の経営改善が軌道に乗って嬉しい酒を飲んだ夜もあれば、店主と二人、男泣きに泣いて苦渋の決断に立ち会ったこともあり、今も悲喜こもごもの光景が脳裏に焼き付いています。

 その後は2年間、西日本営業本部長として大阪に赴任、本社に戻ってからは管理本部長や商品本部長を務め、代表取締役副社長を6年、そして現在に至ります。入社以来ずっと「現場」すなわち営業・仕入・流通の最前線で仕事をするようにしてきました。人事や監査も、現場をよく理解していないと判断できません。結果的にその蓄積が現在に繋がっているように思います。

出版社と運賃負担交渉を継続

――出版輸配送で問題視されている、運賃上昇についてどうお考えですか。

 昨年度、運賃単価改定による経費の上昇額は4億円を超えています。出版社には大変な中、運賃協力金などをお支払いいただいていますが、協力要請基準とした19年時点の運賃水準から比べても、実際の運賃は年々上昇が続いており、実態との乖離がなかなか埋まらないというのが現状です。我々としては公平性を考慮し、まずは未回答出版社と交渉を継続しています。物流コスト高騰は出版業界全体で考えていく問題だと思っています。

――赤字取引になっている出版社との交渉を進めていますか。

 交渉社数は多くはありませんが、取次事業の赤字の大きな原因の一つですから、これ以上先送りはできません。真摯な交渉の結果、最終的に合意に至らない場合は取引辞退も検討せざるを得ないと覚悟していますが、書店にはご迷惑をかけられないので、対策を考えています。

CVSで雑誌販売に あらためて力を入れる

――ファミリーマート、ローソンとのCVS取引を日本出版販売(日販)から引き継ぐ目的は何ですか。

 日販がCVSとの取引から撤退すると聞いた際、2つの危機が頭に浮かびました。1つは配送の危機です。書店とCVSへは共同配送ですから、荷物が激減すると運賃に影響があるか、配送自体が不可能になりかねない。2つ目は、CVSの売上比率が大きい出版社も多いですから、雑誌の休廃刊が増加し、雑誌文化の危機を招きかねないということです。全国への配送網と雑誌文化を守るために、当社が対応しなくてはならないと考えました。

 限られた期間で最大限の受け入れ体制を検討しましたが、キャパシティーの関係で、ファミリーマート約1万6000店、ローソン約1万4000店のうち配送できるのは各1万店ほどになる予定です。各CVS本部と加盟店舗の間の協議を経て、雑誌売上がごく少ない店舗では取り扱いが中止となります。

――CVSの売り場はどのように再構築されますか。

 まずCVSで雑誌をあらためてしっかり売ること、加えて出版派生商品に力を入れます。出版社に協力を呼びかけ、IPを活用した新たな商品開発を推進しており、実現すれば出版配送便の業量確保にも繋がります。

 CVSは全国各地に展開しており、老若男女が来店するマーケットですから、雑誌にとどまらず様々な商品を一緒に開発して、あらためて売場を活性化させたいと考えています。

――書店の廃業が相次いでいますが、無書店エリアの拡大を止めるための取り組みは。

 昨年度、廃業により当社帳合だけで58億円の市場在庫が返品されました。業界全体にとって大きな機会損失です。これ以上の廃業を食い止め、マーケット消失を防ぐため、様々な手を打っています。

 基本は、まず今ある書店の売上の維持拡大を図ること、そして閉店が避けられなかった場合は跡地への後継出店誘導、次善策としてCVS店舗を含め周辺商圏でのカバーを強化することです。

 書店の廃業は地域にとってもマイナスですし、書店の売上の積み上げが取次会社の利益となっていますので、それが消失するのは我々にとってもマイナスです。営業担当は相当大変ですが、今年度の大きなミッションとして取り組んでいます。

 その他、タッチポイントの拡大施策として、移動本屋「Honjour!(ホンジュール)」を23年から展開し、イベント会場などに出店して本の魅力を伝える活動を続けています。

 さらに24年下半期からは、書店開業パッケージ「HONYAL(ホンヤル)」を提供できるよう準備中です。詳細は後日発表いたしますが、取扱いジャンルや配送頻度などで既存の書店モデルと住み分け、市中に本とのタッチポイントを増やしていきたいと考えています。

TONETS V刷新 書店の負担軽減へ

――書店のためにされている取り組みはどんなことですか。

 当社開発の書店向けシステム「TONETS V」はすでに広く利用いただいていますが、今年度下半期に全面リニューアル版をリリースします。スマホ、タブレットなどマルチデバイスに対応可能となり、発注・返品業務や在庫管理等すべての作業がバックヤードではなく店頭でできるようになります。書店の要望が多い、注文品の納期表示にも対応します。ハンディターミナル「ハンディーV」やPOSレジ「POSV」シリーズとも連携しており、オペレーションの負担がかなり軽減されると思います。

――新刊流通プラットフォーム「enCONTACT」の導入も進んでいるようですが。

 「enCONTACTは書店用と出版社用があり、現在の加盟書店は2600店、加盟出版社は1028社になります。書店は近刊事前申し込みや自店の送品予定数確認などができ、出版社は書店からの申し込み数確認や、取次への搬入に関する連絡などができます。近刊情報はJPRO(出版情報登録センター)と連動し、出版社が事前申し込みを受ける銘柄数も月を追って増え、現在は書籍新刊の25%まで来ています。書店が事前申し込みしやすいよう、「enCONTACTには発注部数を提案する仕組みもあり、適用銘柄を順次拡大していく予定です。
また、マーケットイン型流通の推進にあたり、出版社が新刊配本数を指定する「版元指定」の適正化にも取り組んでいます。残念ながら版元指定の中には市場ニーズと乖離したものもあり、書店や取次のオペレーション上の負担となってきました。

 この是正交渉を重ね、「enCONTACT」の活用と版元指定の適正化が進んだ結果、今年度4、5月の累計書籍返品率は41.9%となり、返品率としてはまだ高い状態ながら、前年同期比4ポイント減の改善に繋がっています。ちなみに、書籍の店頭売上(POS前年比)は、4月96.7%、5月100.1%、6月107.5%と推移しており、実売を毀損しない形で返品が減少しています。

海外版権管理システム10月に完成

――新規事業について教えてください。

 海外版権ビジネスについて、今年度10月に版権管理システムを稼働させる予定です。これまで当社は国内出版社のエージェントとして、主にアジア・北米・欧州に向けた版権仲介事業を展開してきましたが、海外での日本コンテンツの需要拡大に伴い、当社と出版社の関連業務も増加しています。そこで、当社と契約する出版社が、交渉状況や成約後の売上実績などをワンストップで確認できるクラウドシステムを開発中です。当然、厳重なセキュリティを施し、様々な販売分析機能も実装予定です。出版社にご活用いただき、世界でどんどん稼いで、日本の出版マーケットにも還元していだきたいと期待しています。

 また、2021年よりユーチューブチャンネル「出版区―SHUPPUNK」を運営しており、チャンネル登録者数は8万人を超えました。6月には「永野・鷹村の詭弁部はじめました!」という、芸人・永野さんと声優・鷹村彩花さんが本をテーマに意見を言い合う新番組も開始し、人気を博しています。

 チャンネル登録が増えれば広告料も入りますし、出版社から広告料をいただいて本のPR企画を配信することも考えています。あの手この手で視聴者の興味をかき立て、とにかく書店や本の売上を増やし、本の楽しさを広めたいという思いで運営しています。

 この他、コワーキングスペース「HAKADORU」も好調です。新宿や大森では平日の昼間からほぼ満席、日本経済新聞社主催の「OFFICE PASSアワード」では、全国約700のシェアオフィス・コワーキングスペースの中から、新宿店が2年にわたり金賞・銀賞を受賞しています。現在3店舗ありますが、今後も展開していきたいと考えています。

 そして、21年に子会社化しましたキャラクター雑貨専門卸「マリモクラフト」も、多くのキャラクターのヒットや、インバウンドの回復を受けて業績好調です。販路のさらなる拡大を視野に、商品開発や販売活動を強化しています。

業界の主体的行動で成果を

――出版業界に対する世間の関心はいかがでしょうか。

 今年度も出版業界が一丸となって、3度目の「BOOK MEETS NEXT」キャンペーンを開催しますが、過去2回の開催で業界全体がまとまってきたと感じています。JPIC(出版文化産業振興財団)の調査に基づく「無書店自治体が27.7%」という報道にも後押しされ、「町から書店が消えてほしくない」という世論が強く喚起されています。当社としても、出版文化の活性化に向け、改革を加速します。

――政治行政の動きに対する考えをお聞かせください。


 経済産業省のプロジェクトチーム設置や、「骨太の方針2024」での出版界への言及は、それぞれ重要な一歩であり、業界への強いメッセージだと受け止めています。

 最も大切なのは、出版業界の主体的・能動的な行動によって、公的なサポートをしっかりと生かし切り、出版文化発展・書店活性化の成果を社会に還元していくことだと思います。本と人とが出合う「現場」を盛り上げるために、当社としても次々に具体策を打ち出して、業界側からしっかり活動していきたいと考えています。

――ありがとうございました。



川上浩明(かわかみ・ひろあき)氏 1960年2月27日東京都生まれ。83年日本大学経済学部卒、東京出版販売株式会社(現・株式会社トーハン)入社、2003年執行役員総務人事部長、04年常勤監査役、06年取締役(取引部長)、07年常務取締役(取引部長兼経営支援室長)、09年常務取締役(西日本営業本部長)、11年専務取締役(営業統括本部副本部長、取引・資産管理部門担当、広報室長)、13年専務取締役(管理本部長、情報戦略本部長)、16年専務取締役(情報戦略本部長、商品本部長、渉外・広報担当)、18年代表取締役副社長、24年代表取締役社長。

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