真相が分かることで際立つ怖さ
――『血腐れ』は矢樹さん初のホラーミステリ作品集ですが、今回ホラーに挑んだ経緯を教えていただけますか。
2021年に「小説新潮」の怪談特集に声をかけていただいたのがきっかけです。その特集に書いたのが今回1作目に入っている「魂疫(たまえやみ)」。ホラーをという依頼だったので、初めて商業誌にホラーを書きました。でもこれまでミステリしか書いたことがない人間なので、どうしてもミステリの展開が入ってきてしまうんですよ。それでホラーミステリ的なものに。逆にミステリ要素のまったくない純粋なホラーは、自分にはまだ書けないと思います。
――「魂疫」の主人公は長年連れ添った夫を亡くしたばかりの60代女性・芳枝。彼女は独り暮らしをしている義理の妹・勝子から“兄さんの霊”が出てくると打ち明けられます。6編の収録作はいずれも、どこにでもありそうな家族間のトラブルを扱っていますね。
家族をテーマにしようというのは「魂疫」を書いた時点でなんとなく決めていました。わたしは家族の話を書くことが多いんですが、それが自分にとって一番身近で書きやすい題材なんです。お仕事小説なども読むと面白いと思いますけど、わたしにはどうやって書いたらいいのか分かりません。
――白い着物姿の幽霊が、真夜中に勝子の唇に触れてくる、という場面がなんとも不気味ですね。絶妙にリアルな怪異表現も、この本の魅力だと思います。
霊感のようなものは一切ないんですよ。ただ昔から怪談はすごく好きで、家族に怖い話をねだるような子どもでした。ホラーマンガや心霊ビデオも大好きで、今日まで数え切れないほど鑑賞してきたので、それが役に立っているのだと思います。フィクションで怖い場面が出てくると、よせばいいのに「こうすればもっと怖くなるんじゃないか」という妄想をしてしまうんですね。
――勝子を悩ませていた心霊現象には、死者からのあるメッセージがこめられています。そうだったのかと膝を打つような意外な結末は、ミステリの味わいですね。
何が起こっていたのか分かることで、いっそう怖さが際立つというパターンが好きなんです。たとえば鈴木光司さんの『リング』も途中まではミステリで、真相が分かってさらに絶望するという作品ですよね。ああいう形がホラーミステリのひとつの理想です。「魂疫」で自分なりのホラーミステリが書けそうだという手応えを感じて、このシリーズを「小説新潮」に書き継いでいったという感じです。
昭和的な、じとっとした怖さ
――表題作の「血腐れ」は弟一家とキャンプ場にやってきた女性が、弟の言動に不審の念を抱くという物語。各エピソードそれぞれ、主人公の年齢や性格が異なっていますね。
一冊の中で主人公のキャラが被るのはよくないので、どこに住んでいて何歳くらいで、という属性から決めることが多いです。そこから「この年代ならこういう悩みを抱えているかな」と直面している問題を考えていく。幅広い世代の方に楽しんでもらいたいですし、短編集ではなるべく偏らずに、色んな人を書きたいと思っています。
――物語が進展するにつれ、弟の秘められた部分が見えてくる。人間には誰しも裏の顔がある、というのはこの作品集に共通する視点ですね。
そこはミステリの仕掛けとして書いている部分が大きいです。意外性を生むためには、みんな裏の顔を持っていた方が面白いですから。ここまで人間の内面がぐちゃぐちゃしているとは、正直あまり思いたくありません(笑)。
――では人間ドラマの部分には、実体験は反映されていない?
どうしても滲んでしまう部分はありますよね。書いているうちに、以前腹を立てたことを思い出して、その気持ちが台詞に反映されたり。幸いわが家はそこまで大変な目に遭ったことがないんですが、同世代の友だちと話をすると結構すごいことが起きているご家庭もあります。わが家もわたしが知らないだけで、実はそうなっているかもしれない。そんな怖さはありますよね。
――「血腐れ」では神社の石に血を注ぐと、嫌いな相手と別れられるという儀式が出てきます。こうした土俗的なモチーフもこの短編集の特色です。
自分が怖いと感じるのが、こうした土俗的な世界なんですね。昭和生まれの人間なので、じとっと湿った怖さの方が肌に合うんです。執筆中は担当編集さんが『図説日本呪術全書』みたいな分厚い資料を送ってくださって、もらったからには活用しなければと全編そういう要素を盛りこみました。書いたら書いたで「この時代のお寺はこうですよ」とさらに指摘が入るので、担当編集さんには助けられましたね。
イヤミスでも読後感は明るく
――ご出身は青森県だそうですが、生まれ育った土地と作風との関係は?
どうなんでしょう。わたしが生まれたのは青森といっても歩いてイオンに行けるような、それなりに開けたところだったので、土俗的な風習に馴染みがあるわけではないんです。それよりはフィクションの影響が大きいですね。「爪穢し(けがし)」のネイルチップが何度捨てても戻ってくるという展開も、子どもの頃読んだホラーマンガを思い出しながら書きました。何度捨てても戻ってくる呪いのワンピースの話があって、それを現代風にアレンジするならネットで売られているネイルチップかなと。
――確かに「骨煤(ほねずす)」では遺骨が黒くなるという怪現象が老いた父親の介護問題と、「声失せ」では神隠し伝説とビジネス上のトラブルが絡められるなど、因習ホラーでありながらしっかり現代性もありますよね。
わたし個人の感覚もそうですが、現代人が幽霊をそのまま受け入れるのは若干抵抗があると思います。不思議なことに遭遇したとしても、しばらくは常識的な対応をするんじゃないでしょうか。わたしはその心の揺れみたいなところも書きたい。現代の読者に共感してもらうために、そこは必要な部分かなと思います。
――遺骨が黒くなるのはその人が地獄に落ちた証拠、という恐ろしい言い伝えは実在するのでしょうか。
いえ、これはオリジナルです。遺骨が煤けること自体は、実はそれほど珍しくないことらしいんですよ。大柄な人は燃えにくくて、骨が黒くなりやすいんです。それと昔どなたかの怪談で聞いた、霊能者に写真を見せたら「この人は地獄に落ちましたよ」と言われたというインパクトのある話が記憶に残っていて(笑)、それを組み合わせています。理屈を超えた怖さがありますよね、「地獄に落ちました」っていうフレーズは。
――最終話「影祓え」も読み応えのある作品です。原因不明の高熱を出して入院している息子に付き添っている母親が、病室で真っ黒い影のようなものを目にする、そこにはある人の呪詛(じゅそ)が絡んでいて……。
自分で一番いやだなと思うのは「影祓え」ですね。主人公を追い詰められるだけ追い詰めたので、書いていてへとへとになってしまいました。ただ一冊通してずっと後味が悪いのも申し訳ないので、気分が晴れるような展開も含んでいます。これは今まで書いてきたイヤミス系の作品でも同じで、最後くらいは明るい気持ちで本を閉じてほしいんですよね。
書店のホラーマンガ雑誌は「全部読んだ」
――うかがっているとかなりホラーがお好きなようですが、矢樹さんのホラー遍歴を教えていただけますか。
祖母が怖い話をしてくれる人だったので、幼い頃は八甲田山の遭難の話などをよく聞いていました。本当に怖いものに触れたと感じたのは、楳図かずお先生の『恐怖』(小学館)。怖いのに目が離せず、本がバラバラになるくらい読み返しました。今でも『恐怖』というと、カバーがなくなったコミックスを思い出します。そこからどんどんホラーが好きになって、小学校時代から書店に並んでいるホラーマンガ雑誌を全部買うようになりました。
――1980年代から90年代にかけてはホラーマンガ誌がたくさん書店に並んでいましたよね。
ありましたよね。「ハロウィン」「サスペリア」「ホラーM」「ネムキ」……あのへんは全部読んでいます。お小遣いではとても足りないので、ときどき親の財布からお金を拝借したりして。ひどい話です。その流れで心霊ビデオも見るようになりました。当時はレンタルビデオの最盛期で、1本100円で借りられたんですよ。中学高校大学と見続けて、レンタル屋さんの心霊ビデオは端から端までほぼ制覇しました。海外ホラー映画はいきなり音が大きくなるので苦手だったんですが、耳を塞いで薄目になれば大丈夫だという攻略法を編み出しまして、それ以来海外のホラー映画も好んで見ています。
――矢樹さんといえばミステリのイメージでしたが、そんなにホラーがお好きだったんですね。
そもそも小説家になりたいと思ったきっかけにも、ホラーが絡んでいるんです。マンガ原作の仕事がうまくいかなくなって、どうしようか迷っていた時期に、三津田信三さんの「作家三部作」(注・『ホラー作家の棲む家』、『作者不詳 ミステリ作家』、『蛇棺葬』および『百蛇堂 怪談作家の語る話』からなるホラーミステリの三部作。2001年~03年刊)の読む本を読んだんですね。ミステリとホラーをここまで本格的に融合させた作品に出会ったのは初めてで、「こういう小説を書きたい」と強く思いました。結局デビュー作はミステリだったんですけど、三津田作品に出会わなければ小説家を目指していなかったと思います。
――そんな経緯があったんですか。今月はもう一冊、『撮ってはいけない家』(講談社)という長編ホラーミステリも刊行されます。
あれはミステリを書いてほしいという依頼だったんですが、三津田さんの「作家三部作」が講談社でしたから、同じ出版社から出すならホラーミステリを書くしかないだろうと。『血腐れ』と執筆時期はずれているんですが、たまたま2冊連続でホラー系の作品が出ることになって、この秋はホラーづいています。
――Kindleでセルフ出版されているホラー作品集『或る集落の●』も、SNSで定期的に話題になっています。あれはどういう経緯で出版されたものなんですか。
なかなか2冊目が出せなかった時期に、再デビューを目指して新人賞に応募した作品がもとになっています。受賞できると確信していたので、1話目を送った後すぐに続きを書き出していたんですが、不思議と最終候補で落ちてしまって(笑)。途中までできあがっていましたし、埋もれさせておくのは惜しいのでKindleで販売しました。いまだに読んでいただけるので出しておいてよかったと思います。
――いろいろうかがっていると、矢樹さんが『血腐れ』を書くのは必然だった気がしますね。あらためて『血腐れ』について一言いただけますか。
怖かったという感想をいただくこともあるんですが、自分ではどこまで怖いものが書けたか分かりません。ただ小説を書いていていつも考えるのは、読んでいる間感情が揺れ動いて、充実した時間を過ごしてもらいたいということです。『血腐れ』も座っていただけなのにぐったり疲れたな、今夜はよく眠れそうだな、と読者に感じていただけるような作品になっていたら嬉しいです。