その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は森杏奈さんの『 逆転のリスキリングとサードエイジの時代 企業の成熟世代を知的長寿にする人材育成メソッド 』です。

【はじめに】

 先輩たちに、これまでたくさんのことを教えてもらいました。困難な状況にあるときは豊富な人生経験に基づいたヒントをもらい、人間関係で悩んでいるときは示唆に富んだアドバイスをもらいました。今でもとても頼りにしているし、尊敬しています。

成熟世代が組織から距離を取るのは、当然のことなのか?

 先輩たちは成熟世代になり、少し近くのものは見えにくくなったり、白髪が生えてきたりするけれど、体力は十分にあり思考能力に何の支障もありません。

 しかし、そんな先輩たちは最近、声のボリュームを落とし、第一線から少し距離を取ろうとしているように見えるのです。そして、よくこう言います。

「これからは、若い人たちが頑張った方がいい」

 先輩たちは何を思ってこのように発言しているのか、今の私にはよくわからないのですが、先輩たちにそう言わせているのは、先輩たちが長年勤めた組織の慣習であり、私も当事者の1人なんだと思います。

 自分が当事者だと思うと、先輩たちの発言を聞いて「何か間違っている」と思わざるを得ません。成熟世代が組織から距離を取るのは今に始まったことではありませんが、私の本業である人材育成について考えれば考えるほど、「何か間違っている」という思いはどんどんと膨らんでいきます。

先輩たちに「そうではない」と、はっきりと申し上げたい

 私は、北欧のデジタルクリエイティブビジネススクール「ハイパーアイランド」で学び、その教えを日本で広めるべく「ハイパーアイランド ジャパン」を立ち上げました。同スクールの特徴は、時代に適応する人材を育成することです。

 詳しくは本書で述べていきますが、AIの進化が加速すると、人間はより人間らしく生きることが求められます。人とAIの共存社会がより良い方向へ進むのに必要なのは「価値ある問い」であり、そのために欠かせないのが「生きた経験」です。

 「生きた経験」を多く持つのは成熟世代であり、この先の未来を考えたとき、成熟世代は価値ある存在といえます。「これからは自分よりも若い人が頑張った方がいい」という先輩たちの発言に対し、AI社会に求められる人材像を踏まえれば、「それは違うと思います」と、はっきりと申し上げたい。

成熟世代はアドバンテージがある

 もちろん、「生きた経験」をただ持っているだけで価値が生まれるわけではありません。未来に向けて価値を生み出すには学習し、自らをアップデートし、新たなスキルを習得し、生きた経験をもとに「価値ある問い」を立てねばなりません。

 新たなスキルを習得するには、学ぶための学習スキルである「メタスキル」の構築が重要です。テクノロジーがますます発展する未来では常に学び続ける姿勢が重要で、メタスキルを身につければ、「私は何でも学ぶことができる」と言えるようになります。

 メタスキルは、これから未来を自分のものにする、すべての人が習得すべきスキルです。習得には「体験型の学習サイクル」が有効です。意識次第でいつからでも始めることができますが、成果が目に見えるようになるには時間がかかります。ただ、「生きた経験」があれば、その学習サイクルを高速で回転させることができます。つまり、成熟世代には、他の世代に比べてアドバンテージがあるということです。

「成熟世代」ではなく「サードエイジ」がふさわしい

 ここまで「成熟世代」と書きましたが、実はあまりふさわしい言葉ではないと思っています。

 未来を展望すれば、テクノロジーがますます進化する社会です。そうした社会で求められるのはメタスキルであり、そのスキルの習得において成熟世代の「生きた経験」がアドバンテージとなるのです。言い方を換えると、成熟世代は未来において、他の世代より早く活躍できる可能性が高い世代です。

 人生100年時代といわれます。思ったよりも長い期間、成熟世代は活躍されることでしょう。まさに「人生の最盛期」です。従来は家庭や社会において責任を担う時期が「人生の最盛期」と考えられてきましたが、これからは「成熟世代」に訪れるのです。そうしたことから「成熟世代」とは言わず、本書では「サードエイジ」という言葉を使っています。これは歴史学者ピーター・ラスレットが定義したものです。

 ここまでサードエイジの可能性について書きましたが、その可能性を生かすも殺すも、実は企業次第なのです。メタスキルの習得は容易ではなく、スキルを習得するには「投資」が必要だからです。

 将来、企業にとって最も付加価値を生み出す可能性を秘めているのはサードエイジです。企業はそこに投資し、メタスキルを構築する機会を提供すべきです。これが本書の主張です。人的資本経営における重要事項であり、企業が最も期待しているのはサードエイジであると明言することができたら、日本の未来はきっと明るくなると思います。

本書の内容

 本書の前半では、未来を見据えた日本企業の戦略についてまとめ、必要な能力として「メタスキル」を、注目すべき人材として「サードエイジ」を取り上げます。後半では、サードエイジがメタスキルをいかにして習得するのか、その方法を紹介しています。

 第1章では、私たちが現在生きている混沌とした世界の状態を理解し、その背景には「時代の移り変わり」があることが示します。第2章では、時代の移り変わりを踏まえて未来を展望し、人に求められる能力、企業が育成すべき人材像を示します。

 第3章では、これからの人材に求められる能力が「メタスキル」であると示し、メタスキル人材とサードエイジの関係について解説します。続く第4章では日本企業の現状を分析し、人材面から「逆転の戦略」を示します。これからの時代、企業の提供価値を高めるのは「メタスキル人材」であり、サードエイジがメタスキル人材となればさらなる価値創出が期待できると考えます。

 ここまでが前半で、ここから後半です。

 第5章は、AI時代に誰もが身につけるべきメタスキルを構築するためのフレームワーク「CRAFTメソッド」を紹介します。第6章は、サードエイジ自身が「自分らしく目的を再定義する」ための方法として「リパーパス」について取り上げます。

HR部門、経営者、成熟世代ご本人へ

 本書には、VUCA/BANIの時代、技術統合時代の終焉、ビッグバンディスラプション、ライトハウス企業、ドーナツ経済学といった新たな理論や事象が盛り込まれており、日本と海外で私が学んだ経験や知識をもとに執筆しました。

 スピード、効率、コストを重視する現在のワークプロセスでは、明るい未来を描くことがますます難しくなっています。気候変動や経済格差のような21世紀の複雑な問題に対処し、AIや新技術をビジネスに積極的に活用するためには、私たちの生き方やあり方、ものの見方を刷新する必要があります。

 特に労働人口減少と50代60代の従業員が会社のお荷物的な扱いをされている現状を打破し、サードエイジを日本の強みに変えることが今日の日本企業に本当に必要な策であることを提言しています。

 本書は、従来の教育やビジネスにおける「単一の解決策」とは対照的に、サードエイジの問いや想像力を通じて自身の「複数の可能性」を探求することを強調しています。その可能性が、やがて組織の新たな価値創出へ結びつくと認識することから始めたいのです。

 サブタイトルに「人材育成メソッド」とありますが、人材教育の予備知識は必要ありません。HR部門、経営企画部門、経営者、成熟世代ご本人、多様な読者に「AI時代に求められるビジネスパーソンの能力開発において、年長者にアドバンテージがある」ことをご理解いただき、新たな知的長寿へのアプローチを模索してもらうことを目指しています。


【目次】

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