2024年8月、日経文庫は創刊70周年を迎えました。その長い歴史の中で、日経文庫は数々のロングセラーや経済・経営・ビジネス実務の名著を生み出しています。そこで、日経文庫の平井修一編集長と編集者が、さまざまなテーマでおすすめの日経文庫を解説。今回は、管理職なら読んでおきたい人事関係の日経文庫7冊を厳選しました。編集長と一緒に解説するのは、「 手前みそですが、部長が全力でお薦めする『日経の本』 」でおなじみの赤木裕介部長。

日経文庫・平井修一編集長(以下、平井) 今回は、管理職の人なら読んでおきたい「人事」の本、日経文庫のBジャンル「経営」の本を主に紹介していきます。

一緒に解説するのは、手前みそですがシリーズでおなじみの赤木裕介部長。「きょうはこの名著7タイトルを紹介します!」
一緒に解説するのは、手前みそですがシリーズでおなじみの赤木裕介部長。「きょうはこの名著7タイトルを紹介します!」

平井 日経文庫は今年で70周年ですが、この70年のうちにいろいろな人事制度ができたり、人事上の問題が出てきたりしました。そうした変化に合わせて、都度、さまざまな日経文庫を出してきました。日経文庫の歴史を振り返ると、人事労務管理の大家である森五郎さんの『人事・労務管理の知識』(1987年、日経文庫)、職能資格制度を日本に広めた楠田丘さんの『人事考課の手引』(1981年、日経文庫)、実業と大学で活躍し日本にキャリアデザイン研究の拠点を築いた桐村晋次さんの『人材育成の進め方』(1996年、日経文庫)といった名著も生まれました。(現在は3冊ともに品切れ)

 最近、日経文庫から出している人事関係の本は、比較的ベーシックな内容の人事課題やテーマについて書かれたものが多いですね。その代表としてまず1冊目に紹介したいのは、守島基博さんの『人材マネジメント入門』です。

これぞ、人的資本の元祖本!

『人材マネジメント入門』(守島基博著、日経文庫)

『人材マネジメント入門』(守島基博著、日経文庫) 画像クリックでAmazonページへ
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平井:守島さんはHRM(ヒューマン・リソース・マネジメント)分野の第一人者で、一橋大学名誉教授、学習院大学経済学部教授でもあります。

日経BP第1編集部部長 赤木裕介(以下、赤木) 守島さんは、人や組織に関する取り組みを対象にした表彰制度「HRアワード2024」(「日本の人事部」主宰)の選考委員長も務められていますね。ちなみに今年のHRアワードでは、日経BPの『 なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか 』(古屋星斗著)が書籍部門の最優秀賞を受賞しました。

■「HRアワード2024」書籍部門 「日経の本」2作が最優秀賞と優秀賞に

平井 そうでしたね。この『人材マネジメント入門』では、全社的な人材活用や人材マネジメントの手法についてステップを追って解説しています。近年、経済学の用語だった「人的資本」がビジネスの世界でも話題になっていますが、HRMで「社員を経営資源として正しくマネジメントする」という考え方が日本で注目されたのは、2000年頃でしょうか。この本が書かれたのは2004年なので、「人的資本」ブームの原点となる本といえるかもしれません。

赤木 でも、今、読んでも古びた感じはありませんね。今でこそ社員のモチベーションを上げる、尊重する、動かすといったマネジメントが一般的に重要視されるようになってきましたが、この本が出た当時はまだ昭和時代の名残があり、「そんなことより黙って働け」という空気がありましたよね。今考えると、この本には時代を先取りするような内容が詰まっています。特に管理職の人が読むと、日々のマネジメントでとても役立つと思います。

編集者もうなるほどお得な、知識を網羅した1冊

『人事管理入門 第2版』(今野浩一郎著、日経文庫)

平井 2冊目は、今野浩一郎さんの『人事管理入門』です。こちらは人事制度や採用、配属、人事評価といった、「人事の仕事とはどういうものか」が分かる内容になっています。人事部に配属された人や、部下を指導する立場の管理職の人に役立ちます。ブックレビューを見ると「会社から渡された」という声も多く、人事の知識をつけるためのテキストとしても使われているようです。

『人事管理入門 第2版』(今野浩一郎著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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赤木 今回改めて読み返したのですが、よくこれだけの内容を183ページにコンパクトにまとめたな、と感心しました。この1冊だけで人事についてのひと通りの知識がつくという、まさに日経文庫の面目躍如というべき本です。人事部に配属された人はもちろん、管理職の業務や組合活動にも大いに役立ちますよ。

 しかも、用語解説や図表がきっちり入っていて、編集者の職人技が光りますね。

本の中には図表や用語解説があり、理解を深めやすい
本の中には図表や用語解説があり、理解を深めやすい

赤木 「ここには、図表が横長だと入らないから、縦長にして入れたんだな」という細かい工夫も見て取れて、同じ編集者から見ても面白い。そんな内容が1000円弱で読めるなんて、お得です。

多くの人が薦める名著 2冊で一生のキャリアをカバー

『キャリアデザイン入門[Ⅰ]基礎力編 第2版』(大久保幸夫著、日経文庫)
『キャリアデザイン入門[Ⅱ]専門力編 第2版』(大久保幸夫著、日経文庫)

平井 さて、3冊目の『キャリアデザイン入門 第2版』は、第1回の「 何十年も売れ続けている定番の日経文庫11冊を編集長が解説 」でも紹介しました。2冊のシリーズで展開されており、Ⅰが「基礎力編」で、Ⅱが「専門力編」となっています。

『キャリアデザイン入門[Ⅰ]基礎力編、[Ⅱ]専門力編 第2版』(大久保幸夫著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ(リンク先は[Ⅰ]基礎力編)
『キャリアデザイン入門[Ⅰ]基礎力編、[Ⅱ]専門力編 第2版』(大久保幸夫著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ(リンク先は[Ⅰ]基礎力編)

 Ⅰの「基礎力編」は、若手社員が対人能力や自己抑制力、持続力といった社会人として必要な基礎力を身に付け、どうキャリアアップにつなげていくかを解説しています。周囲から与えられた課題をこなしていく様子が、カバーデザインの「いかだくだり」に表現されています。第1版の読者レビューでは、「部下に薦めた」「人生でもっと早く出会えていたらよかった」と絶賛されていました。第2版の改訂時には、キャリアルートの多様化や女性活躍推進、ワークライフバランスといった最新の内容を盛り込み、学生や若手社員にさらに役立つ内容となっています。

赤木 「基礎力編」には、なんと「小学校から中学校の段階で考えておきたいこと」という項目もありますね。私はもう今から戻れませんが(笑)、最近では小中学校でもキャリアデザインについての授業があるそうなので、親子で読んでもいいかもしれません。

平井 Ⅱの「専門力編」では、30代以降は自分の登る道を定めるべきだという様子が「山登り」のカバーデザインで表されています。40代になると、公私ともにキャリアの節目を迎え、キャリアの選択肢をどう上手に絞り込むか、自分の専門性をいかに高めるかが課題となります。部下に仕事を任せる進め方も必要ですよね。

 そして、50代以降の定年間近になったときの「山の下り方」についても書かれています。下り方には5つの道があり、第1の道は「周辺の山を制覇する」。第2の道が「ゆっくり楽しみながら山を下る」。第3の道は「全く異なる第二の山を登る」。第4の道は「いったん山を下りて、また同じ山に登る」。第5の道が「湯治で疲れを癒やす」。私自身、この本を第1版が刊行されたときは「基礎力編」の内容を身近に感じていましたが、今は「専門力編」の内容がしっくりくるようになりました。

平井編集長がしっくりくるようになった、「山登り後の選択」
平井編集長がしっくりくるようになった、「山登り後の選択」

赤木 この本はX(旧ツイッター)などでも「キャリアのことを考えるなら、まず読んでおくべき」と薦める人が多い名著です。そんなにページ数も多くないですし、2冊あわせて買っても1800円程度。それで一生のキャリアがカバーできると思うと、すごい本です。

平井 著者の大久保さんはもともとリクルートで情報誌を編集していて、その後「リクルートワークス研究所」を立ち上げました。編集者としてのセンスにもたけているので、分かりやすく、読者目線に立って書いてくださったんだなと感じます。

働き方改革の旗振り役本人が解説した貴重な本

『ビジュアル 働き方改革』(岡崎淳一著、日経文庫)

『ビジュアル 働き方改革』(岡崎淳一著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
『ビジュアル 働き方改革』(岡崎淳一著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ

赤木 「いやー、今月の残業も100時間を超えて、もうヘトヘトだよ」(写真はイメージです)なんて会話が平成初期には繰り広げられていましたが、「働き方改革」によって、そういうハードすぎる働き方は法律的に認められなくなりました。

平井 著者の岡崎さんは、厚生労働省で働き方改革の旗振り役をした人です。こうした制度改革に関する本には2種類あります。1つは「制度の文言だけではよく分からないから、制度をつくった当事者に聞こう」というもの。もう1つは実務家や弁護士の人が書くことが多く、「制度にそったマネジメントをどう行うかや、トラブルが起きないようにするのはどうするか」を解説したもの。この本は前者のタイプで、制度そのものをつくった本人が書いた貴重な本といえます。

 労働時間の上限規制、同一労働同一賃金、従業員の健康維持といった一見ややこしそうな制度についてもポイントを押さえ、分かりやすく解説されています。

赤木 用語解説が分かりやすくて、いいですよね。私もマネージャーの立場なので「残業時間の規制」「休暇の取得」「労働者の健康配慮」など、調べたい項目を読み返しては助けられています。

目次に用語が並んでいるので、字引として使うこともできる
目次に用語が並んでいるので、字引として使うこともできる

赤木 2019年に出た本ですが、既に物流や医療業界の残業規制、いわゆる「2024年問題」についても触れられています。

「結局ジョブ型とは?」がしっかり分かる

『ジョブ型雇用はやわかり』(マーサージャパン編、日経文庫)

平井 今では「ジョブ型雇用」という言葉も一般的になりましたね。以前の日本ではジョブの内容が明確に定められていない「メンバーシップ型」が主流でした。ただ、そうすると、ややきつい言い方になりますが、「どんな仕事を命じられても死に物狂いで働け」という姿勢が求められてしまい、時代とともに成り立たなくなってきました。そこで、海外の人事制度などを参考にしながらジョブ型に移行しようとしているのが今の流れです。

 メンバーシップ型とジョブ型については、日経文庫から『 日本の雇用と労働法 』(濱口桂一郎著)という本も出ていて、詳しく解説されています。

 「ジョブ型雇用」について解説してもらうには海外の人事コンサルティング会社がいいということで、この『ジョブ型雇用はやわかり』は、人事コンサルティング会社のマーサージャパンに執筆をお願いしましたね。この本は赤木さんの担当です。

『ジョブ型雇用はやわかり』(マーサージャパン編、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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赤木 はい。「ジョブ型雇用」が話題になった2021年、さまざまな会社がジョブ型を取り入れようとしているタイミングでの出版でした。これまで「ジョブに応じた報酬」には3回ブームがありました。

 1回目はバブル崩壊後で、業績悪化にともない賃金を抑制しよう、ジョブに応じて年功序列的な部分を見直そうというブームがありました。2回目は2000年代後半にグローバル進出する企業が増えたとき。海外と比較可能なジョブグレードを定め、海外の賃金体系と足並みをそろえて日本国内も変えようとしました。3回目が今回で、本格的にジョブというものを定義し、それに沿った仕事をやってもらおうという流れです。そのほうが働く側も働かせる側も、柔軟に対応できます。特に若い世代は、いろんなプロジェクトに関わっていく働き方をしたい人が増えているので、ジョブ型雇用はフィットするのではないでしょうか。

 それに「突然、会社にジョブ型が導入された」という人は、ぜひこの本を読んでおくといいですよ。上司から無茶ぶりされたときに「それは私のジョブではありません」と言って逃げられるかもしれません。私も時々、そう言って上司からの指示をはぐらかしています(笑)。

平井 具体的な活用法をありがとうございます(笑)。確かにこの本は「ジョブディスクリプションとは何か」を理解するのにも役立ちますね。

赤木 この本にも書いてありますが、「ジョブ型雇用」というのは、ジョブディスクリプションを精緻につくることではないんです。ある程度、自分のやるべきことが明確になっていればいいのだと思います。逆に、全て事細かにつくるのは実務的ではありませんし、どうしてもカバーできない範囲は出てきます。

平井 「ジョブ型」が話題になっていたころは、何でもかんでも「ジョブ型雇用」にあてはめようとしている傾向もあったと思います。当時、「個人ごとにカスタマイズされたジョブ型雇用を導入」といったニュースを見た記憶があるのですが、それだと属人的になりそうで、ジョブ型雇用といえるのかなあ、などとと思ってしまいました。一度、正しい「ジョブ型雇用」とは何かを整理するのにも役立つと思います。

仕事にも家庭にも使える、新しい常識

『ウェルビーイング』(前野隆司、前野マドカ著、日経文庫)

赤木 この本は、日経文庫としては珍しいというか、昔は考えられなかったテーマですよね。

平井 そうですね。昔は、ウェルビーイングは個人の問題であって、会社としては「社員は仕事以外で自由に幸せを追求して」という考え方だったと思います。しかし今は、「社員のウェルビーイング、幸せや健康、福祉をちゃんと考えよう」という流れになってきていますね。「ウェルビーイング」も、ビジネスパーソンが知っておくべき知識となってきました。

「みんな、幸せに働きたい!」『ウェルビーイング』(前野隆司、前野マドカ著、日経文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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平井 著者の前野隆司さんは慶應義塾大学の教授で、ウェルビーイングリサーチセンター員として「幸福学」を科学的に研究しています。前野マドカさんは幸福学に関する研究や研修を行っていて、2人はご夫婦です。

赤木 この本には「夫婦円満に過ごすには」といった内容も書かれているので、家庭内ウェルビーイングにも役立てられそうです。
 ウェルビーイングを実践している会社の実例も面白いですよね。長野県にある寒天の会社では、部下に「資料をつくれ」「メモをつくれ」と言わないそうです。社員は家族と同じなんだから、家族に「資料を出せ」「メモをつくれ」とは言わないだろう、と。普段からコミュニケーションをきちんと取って解決しようという方針なんですね。最近はやりの「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」を振ってくる人たちに、ぜひ読んでもらいたいです(笑)

あのコンサル会社はどうやって人を育てているのか

『BCGの育つ力・育てる力』木村亮示、木山聡著、日経文庫

赤木 もともと2015年に『BCGの特訓』という単行本があったのですが、それを文庫版としてリニューアルしたのが、この本です。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の社内で行われている人材育成・能力開発について紹介した本です。大きく内容は変えていませんが、最初の出版から10年以上経っていますので、現在の知見をとりいれつつ、1章分を加筆しています。

『BCGの育つ力・育てる力』木村亮示、木山聡著、日経文庫/画像クリックでAmazonページへ
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赤木 皆さん、外資系コンサルには「ドライ」「スキル重視」「ロジカルシンキング」などといったイメージがありませんか。確かに大事な要素ではありますが、それだけではコンサルタントの仕事はできません。実は「自分が成長したい」「クライアントの役に立ちたい」という成長へのマインドセットがないと、伸び悩んでしまうのです。この本では、スキルだけ高めて伸び悩む人のことを「スキルマニア」と呼んでいます。

 意外かもしれませんが、BCGには、上級のコントルタントが現場の若手にそうした成長へのマインドセットを教える「徒弟制」があるんです。そこで、この本では、実際に指導に当たった木村亮示さん、木山聡さんお二人を著者に迎えました。

平井 外資系コンサルに「徒弟制」があるとは。本書では他にどんなことを教えてくれるのですか。

赤木 面白いと思ったのは、「思考のクセ」ですね。外資系コンサルは転職組が多いので、どうしても前職の思考のクセが影響するそうです。

 例えば、金融出身のコンサルタントは、データを重視しすぎてしまいがちだそう。未来の市場規模予測において、1000億円規模なら進めようという意思決定のときには、100億円だろうが110億円だろうが規模が足りていないことにおいては大差はないのに、細かいデータを突き詰めてしまう。とにかく初動が大事な場面で動けないこともあるそうです。しかし半面、データ分析を任せたらめっぽう強い。

 それに対して本書の著者の一人、木山さんは商社出身で、勢いでしゃべってしまうことも多く、「なぜそう思うの?」ときかれても理由がうまく答えられず「なぜって……それ以外ありますか!」などと返していたそうです(笑)。でも、そういう突破力が必要な局面もあります。人にはそれぞれ思考のクセがあるので、その強みと弱みを理解し、強みを生かして弱みが悪影響を及ぼさないようにするという話は、大変勉強になりました。若手などの「育つ側」、マネジメント層などの「育てる側」が読んでも役立つ本だと思います。

平井 本書は空港内の書店でよく売れているそうです。確かに出張中のビジネスパーソンが機内で読書するのにうってつけの本だと思います。実は、「BCG」という個別の企業名がタイトルに入るのは、日経文庫としては珍しいことなんですよね。日経文庫も70周年を迎え、これからも新しい見せ方やテーマにチャレンジしていきたいと思っています。

取材・文/三浦香代子 構成・写真/長野洋子(日経BOOKプラス編集部)