「ははっ。それでタカくんは唯っちとは同じ班にされちゃったんだ?」
「一体俺と雨田に何を期待してるんですかね」
隣のクラスの担任、遠坂藍海。風紀委員の顧問でもあり、あいつの担任でもある。
俺や妹の美来の中での通称は、藍海ちゃん。というのも俺の家のすぐ近所に住んでいるお姉さんのような存在で、『唯っち』と呼ばれた雨田とも当然ご近所様。藍海ちゃんがうちの神社にお参りに来ているところも頻繁に目撃している。『私が先生になれたのもタカくんのおかげだよぉ』なんて冗談めかして言ってくるけど、それは間違えなく俺のせいなんかじゃなくて、藍海ちゃんの努力の成果に違いない。
「まぁ唯っちも可愛いし、タカくんの彼女としては申し分ないと思うけどね」
「藍海ちゃんには俺に彼女がいるって話、前に話しましたよね?」
「聞いたよぉ〜。それが誰とは教えてもらえてないけど、まぁ誰かまでは予想できてるしぃ〜」
「…………」
鎌倉遠足の班決めを行ったその放課後、俺は藍海ちゃんにスマホで呼び出されていた。『音楽準備室の片付けしたいからちょっと手伝ってぇ〜』なんていう、明らかなただの小間使いだ。音楽教師だか吹奏楽部顧問だか知らないけど『今日の放課後は風紀委員の会議があるんだけど』と返したら、『だいじょうぶ〜。それ私も参加必須だしぃ〜』なんて全然大丈夫じゃない返事があった。こうなるともはや俺に逃げ場所なんて見つかるはずもない。なんとか会議の時間までに片付けを二人で終わらせ、一息つく間もなく会議室へと向かっている。何度か藍海ちゃんの愚痴話を聞かされてはいたけど、やはり学校の先生というものはかなりブラックな職種のようだ。高校生ながらそれを今まさに実感させられている。
今日の会議は風紀委員だけでなく、クラス委員も交えた合同会議だ。ただし一年生のみということもあり、議長は風紀委員副委員長である俺が務めることになった。本来なら議長はクラス委員の誰かがやるべきだろと藍海ちゃんに抗議したが、『だってタカくんの方が円滑に進められるし私は早く帰りたいしぃ〜』というやはり身も蓋もない返事が返ってきたりして。
ちなみに議題は『どうしたらやる気のない生徒を合唱コンクールの練習に巻き込めるか?』。やや耳の痛い議題だし、つい先日はその件で雨田と喧嘩したばかりだ。
「あ、そうだ。タカくん、これちょっともらっといてくれる?」
「なんですかこれ?」
藍海ちゃんが手にしていたそれは小さな文字で『聞金堂』と書かれていた茶封筒だった。中を見るとチケットのような紙ぴらが数十枚ほど入っている。
「お団子屋さんの無料チケット。お店に持っていけば美味しいお団子が食べられるよぉ〜。鎌倉の友人にもらったんだけどね、今度の鎌倉遠足で使ってくれって」
「そんなもの何故俺に?」
「だって中見たらひとクラス分しかなくてさ、うちのクラスだけってさすがに使いづらいでしょ? バレたら後で学年主任に何言われるかわからないしぃ。タカくんだったら例の彼女と唯っちの三人で仲良くこっそり使ってくれそうかなって」
「恐ろしいことさらっと言うな!!」
何だその状況。俺とあいつの二人で使うには枚数が多すぎるし、そこに雨田なんていたらさらに話がややこしくなる。というか藍海ちゃんまで何故俺と雨田を一緒にしようとする?
「ま、うまく使ってよ。あの子にもあんな顔ばかりさせてたら可愛い顔がもったいないしね」
半分だけ笑って、半分だけ真面目な顔だった。藍海ちゃんの言う『あの子』がどっちのことを指しているのか判別するのは難しかったけど、もしかしたらどちらにしてもその通りかもしれない。
そもそも俺は、どうしてあいつを……。