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ダニエル・カーネマン 高名な心理学者にして行動経済学の創始者、幸福研究の第一人者として知られる現在は米プリンストン大学名誉教授 
Photo: Craig Barritt / Getty Images

ダニエル・カーネマン 高名な心理学者にして行動経済学の創始者、幸福研究の第一人者として知られる現在は米プリンストン大学名誉教授  Photo: Craig Barritt / Getty Images

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ガーディアン(英国)

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Text by Tim Adams

行動経済学の第一人者ダニエル・カーネマンが、個人ではなく「組織やシステムが抱えるバイアス」に焦点をあてた新著『ノイズ:人はなぜ判断を誤るのか』(未邦訳)を上梓した。87歳にして現役で人間の心理を探求し続ける知の巨人はいま、何を考えているのか──パンデミック禍の人間心理やAI(人工知能)をテーマに、英紙「ガーディアン」がインタビューした。



ダニエル・カーネマン(87)は2002年、判断と意思決定をもたらす人間心理に関する研究でノーベル経済学賞を受賞した。

世界的ベストセラーになった『ファスト&スロー』では「人間が判断を誤るのはさまざまな認知バイアスや経験則に歪められるため」とする革新的な概念を提示しており、その誤りをいかに認識して正しい判断へと導くかが説かれている。

カーネマンはこのほど新著『ノイズ:人はなぜ判断を誤るのか』(オリヴィエ・シボニー、キャス・R・サンスティーンと共著)を刊行したばかり。同書は「人間組織の機能とその欠陥」に焦点を当てている。これを受け、ニューヨークの自宅にいるカーネマンにZoomを介して話を聞いた。


ノイズのない「個人」は存在しない


──まずはパンデミックの話から始めましょう。いま起きていることは、この世界に政治的判断を間断なく迫り続ける史上最大の実験のようなものです。これは「科学に耳を傾ける」ことの必要性を理解するうえで分岐点となったと思われますか? 

なんとも言えません。科学に耳を傾けない姿勢が悪であることは明らかですが、一方で科学の世界も、新型コロナウイルスに一致団結して立ち向かうまでにかなりの時間を要しましたから。

──ウイルスは爆発的に広がりました。その背景には「指数関数的な増加」という基本的な概念さえ人々にあまり認知されていなかった、という点も問題だったかと思います。先生はこうした状況に驚かれましたか? 

指数関数的な現象は、私たちにはほとんど理解不能です。人は大なり小なり、直線的な世界に慣れ親しんでいますから。何かが加速度的に進行しているとしても、それはたいてい、合理的に理解できる範囲内のものなのです。

ところが新型コロナウイルスの感染拡大のような指数関数的変化は、それとは次元が異なります。こういったものへの対処力が人間にはないのです。この手の対処力を直観レベルにまで高めるには、長い時間がかかります。

──ソーシャルメディアで常態化している意見の衝突が、この無理解に拍車をかけていると思われますか? 

私はソーシャルメディアに関してほとんど何も知りませんし、そもそもジェネレーションギャップがあまりにも大きいと感じています。ただ、誤った情報が広まる可能性は明らかに大きくなっているでしょう。この新しいメディアには情報の正確性に対する責任も、根拠のない風評被害をコントロールする力もありませんから。

──このほど刊行されたばかりの新著で述べられている「ノイズ」は、いわゆる人間の「主観」や「誤り」とはどう違うのでしょうか?

私たちはこの本で「システム・ノイズ」を主要テーマとして取り上げました。システム・ノイズとは個人の内面で起こる現象ではなく、均一な判断を下すことが前提とされる組織やシステムの中で起こるものです。個人の主観やバイアスの問題とはまったく異なります。

まずは膨大な実例を統計的に調べることから始めなければなりません。そうすることで初めて、組織やシステムに存在する「ノイズ」が見えてくるのです。

──ご著書にはシステム・ノイズに関するショッキングな例が登場します。たとえば、同じ犯罪に対する判決が人によって異様なまでに食い違うというものです。極端な場合、天気やサッカーの試合結果など、裁判とはまるで関係のない外的要因に影響されたりするそうですね。

あるいは、与えられる基本情報が同じでも、保険の査定や医師の診察結果、就職面接の結果が人によって大きく変わるとも書かれています。

こうしたノイズの原因は、取捨選択を行う立場にある「専門家たち」の地位が保護されているからではないでしょうか。裁判官は誰ひとりとして「アルゴリズムのほうが公正な裁きを下せる」などと認めたくはないでしょう。


司法制度はある意味、特殊なシステムだと思います。法廷では「賢者」がすべてを決めるわけですから。医学もノイズだらけですが、医学的事実という客観的な線引きはありますからね。

──陪審員になったご経験、あるいは長期間の裁判に臨まれたことはありますか? 

いいえ。けれど私は裁判官に、ノイズが司法判断にどのような影響を与えているか研究できないかと何度も掛け合ってきたんです。まあ結局、司法の世界にいる人というのは、ご自身が調査対象にされることには興味がないようです。

──人は本能的、あるいは感情的に、抽象的プロセスよりも人間が作ったシステムを信用したがるのでしょうか。

間違いなくそうですね。たとえば現在のワクチンに対する態度を見ればわかります。人は「新型コロナウイルス感染症よりも、ワクチン接種のリスクのほうがはるかに低い」と、進んでワクチン接種のリスクを受け入れようとしているでしょう。

こうした「自然」と「人工」に対する意識のギャップはいたるところで見られます。だからこそ人工のものであるAIがミスをしたとき、人間はそれをあまりにも馬鹿げたもの、あるいはほとんど悪のように捉えるのです。
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