超一流刑事弁護人に学ぶ、11の上手な「教え方」まとめ 【刑事弁護実務の講義ノート付き】
このたび、後藤貞人弁護士(大阪弁護士会)・神山啓史弁護士(第二東京弁護士会)・遠山大輔弁護士(京都弁護士会)・陳愛弁護士(大阪弁護士会)という日本屈指の刑事弁護人のもとで刑事弁護実務の基本を学ぶ機会をいただきました。
後藤貞人弁護士は「後藤先生で無罪判決取れなかったら仕方ない」と他の弁護士に言わしめるほどのプロ中のプロです。陳愛弁護士は後藤貞人法律事務所で一緒に刑事弁護をしておられます。神山啓史弁護士は足利事件(無罪確定)等の著名な再審請求にたずさわっておられます。遠山大輔弁護士は、Winny事件や舞鶴女子高生殺害事件を担当されました。
このような大阪・京都・東京のトップクラスの刑事弁護人に直接刑事弁護を教えてもらえる機会はなかなかないと思います。
5日間の集中講義(90分×14コマ)でしたが、逮捕直後から最終弁論まで、刑事弁護の基本を徹底的に叩きこんでいただきました。その内容をiPadでノートにまとめましたので、刑事弁護をより広く知っていただくという趣旨から公開いたします。弁護士が逮捕→勾留→起訴→公判という刑事手続の流れの中で何をするのか、なぜそのようなことをするのかについての超一流刑事弁護人のエッセンスが詰まっています。刑事弁護に興味ある方はぜひご覧ください。
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(PDFファイル・339KB・目次+39頁)
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さて、本エントリーの主眼は講義の内容ではなく、超一流刑事弁護人の「教え方」にあります。彼らは教える内容も超一流ですが、教え方も超一流です。私自身、従業員教育や法学教育に興味を持っており、日々「上手に教えるにはどうしたらいいか?」について考えています。そこで、私が気づいた彼らの上手な教え方の11のポイントをご紹介します。教える立場にある人すべてにきっと役立つと思います。
【目次】
Point1 「今から何について話すのかを最初に明示する。」
Point2 「大事なことは何度でも・形を変えて言う。」
Point3 「結論を先に、結論と理由は必ずセットで説明する。」
Point4 「抽象的な概念は具体例に即して説明する。」
Point5 「最後にまとめを入れる(PREP法のスタイルを守る)。」
Point6 「理由の説明やアドバイスの内容は、原理原則から導く。」
Point7 「学生に素早く試行錯誤をする機会を提供する。」
Point8 「フィードバックを上手に返す。」
Point9 「十分な下準備がされている。」
Point10 「学生への敬意を持つ。」
Point11 「Point1からPoint10までが常に徹底されている。」
なぜ刑事弁護人は教えるのがうまいのか?
最後に〜教育における構造上の問題点〜
Point1 「今から何について話すのかを最初に明示する。」
私のノートを見ていただくと、まず最初に神山先生が集中講義の目的とやり方をお話していることがわかると思います。すなわち、これから5日間で何をやるかを最初に宣言しているわけです。最初だけでなく、何かを解説しようとするときには、「今から□□についてお話します。」とおっしゃっていました。また、学生に対してコメントするときも、まず最初に「こうすればよかったな、と感じたところが2点あります。○○と××です。」というように、今から○○と××について話すということを明示していました。
こうするとなぜ良いのか?
最初にこれから話す内容を示してもらえると、聞き手は何について注意して聞けばよいのかがわかります。すると、集中すべきポイントとそうでないポイントの判断ができるため、的確に話の内容を把握できます。また、メモも非常に取りやすいです。大学の教員に割と多いと思いますが、「何か話をしているが、今、どのテーマについて話しているのかがさっぱりわからない」という人がいます。これから話す内容を最初に示すことで、このような事態を防ぐことができます。
Point2 「大事なことは何度でも・形を変えて言う。」
今回の講座で大事なことは、刑事弁護人の職業訓練として「自分で事実とそれを支える証拠を集めること」でした。このことは、5日間を通じて何度も何度も言われました。ノートを見てもそれはわかります。一度や二度ではありません。形を変えて、軽く20回以上言っていると思います。ノートから「事実を集める」という点に絞っていくつか例を拾っています。
「とにかくたくさん事実を集めることが大事」
「まずは虚心坦懐にすべてを教えていただくことが大事」
「質問の基本は1クエスチョン・1ファクト(以上、事情聴取でのコメント)」
「感想ではなく事実を聞いて欲しかった。証人の感想は聞く必要なし。とにかく事実を言ってもらう。」
「1回目はどういったか、2回目はどういったか、今回はどう言ったか、さえ言わせられれば、違うという事実は揃う。あとは弁論で違いをいえばいい。違うことを弁護人から問うと、押し付けているように見える」
「一番大事なのは事実。事実に基づいて評価するので、事実を聞き取る。」
「体験した事実を聞くこと」
「質問の中に自分の弁論や自分の意見を挟んではいけない」
「質問者の狙いは質問から徹底的に排除しなければならない(弁護人はこういうことが聞きたいんだな、とわかるような聞き方はダメ)(以上、証人尋問でのコメント)」
「共感できるのは事実と証拠だけ」
「事実と証拠を共有することを貫徹する(以上、最終弁論でのコメント)」
以上は1日目と2日目の分(の一部)だけです。同じことを3日目と4日目にもやっているので、トータルでは何回言われたかわからないくらいです。
こうするとなぜ良いのか?
何度も同じことを言われると、聞き手は「これはとても大事なことだ」ということがわかります。逆に、一度しか言われなかったことは、「これは大事だ」と言われたとしても、どの程度大事なのか、なぜ大事なのかがよくわからないのでなかなか「これはとても大事なことだ」と思うことはできません。
教えた人が「ここは大事だって言ったじゃないか!」と言うことがあります。また、「大事なこと」というのは往々にして「基本的なこと」であることが多いです。しかし、大事なことは一度言っただけではほぼ確実に聞き手に伝わりません。「基本=簡単なことなんだから何度も言う必要はない」という考え方は大間違いといってよいでしょう。同じことを何度も、しかも形を変えて説明することで、初めて「大事なこと」は理解できるのです。
Point3 「結論を先に、結論と理由は必ずセットで説明する。」
先生方はまず結論から言います。そして、その後に理由を説明します。こんな感じです。
「5W1Hに即して質問しましょう。なぜなら、もれなく、事実だけを確実に聞き出すことができるからです。」
「弁護人が調書の問題を解説しているが、聞き手には何が問題かわかりません。なぜなら、ストーリーを語っていないからです。」
「これまで法律の世界では、反省は弁護側のプラス事情でした。しかし、裁判員裁判ではそれはなぜか?を説明できることが重要です。なぜなら、裁判員にとっては「悪いことをしたのだから反省するのが当たり前」だからです。」
こうするとなぜ良いのか?
「Point1 今から何について話すのかを最初に明示する」にも通じる話ですが、結論を先に言ってもらうと聞き手は聞きたいことをすぐに聞けるので安心します。質問を受けて返答するときに、まず結論を指摘することは非常に質問者にとって見通しが良くなります。これは司法試験の答案やビジネス文書を書くときも同様です。
逆に理由を先に説明すると、結局どうなのかというところがなかなかわからず、意図が伝わりにくくなることがあります。また、結論だけを述べても、理由がわからなければ他の場面で応用が効かず、その場限りのものとなってしまいます。
結論を先に、その後に理由を説明するというパターンを守るだけでも、聞き手にとってはずいぶんわかりやすいものになると思います。
Point4 「抽象的な概念は具体例に即して説明する。」
先生方は、何か抽象的な概念を説明した時には必ずその後に「たとえば〜」と具体例を続けます。
「反省していると言うこと自体には何も意味がない。反省した結果どう行動が変わったかに意味がある。たとえば、反省文を書く、被害者への賠償、今後酒を飲まない、といった行動の変化が説得力を持ちます。」
「質問は1クエスチョン・1ファクトで聞く。たとえば、「保釈の日はお父さんは誰に聞いていつどこへどのようにして行ったか?」という質問には多くの事柄が含まれている。「息子が保釈されたことは誰から聞きましたか?」「それは何時のことでしたか?」「聞いてからどこへ向かいましたか?」「どのような手段で行きましたか?」と聞けば、聞かれた方も答えやすい」
といった具合です。
こうするとなぜ良いのか?
人はなかなか抽象的な概念をすぐには理解できません。身近な具体例はすぐに理解できるので、具体例を示してもらえれば、具体と抽象がリンクして抽象を理解できるようになります。そして、具体と抽象を行き来することで、抽象的な概念に対する理解を深めることができます。また、抽象的な概念はその抽象性ゆえに、言葉の指す対象が話し手と聞き手で食い違っていることがあります。このような食い違いを防ぐためにも、抽象と具体は必ずセットで説明することは大切です。
Point5 「最後にまとめを入れる(PREP法のスタイルを守る)。」
私のノートの中で四角で囲っている部分がまとめです。たとえば、事情聴取の基本についてのまとめが以下です。
【事実聴取の基本】
基礎となる事実を把握し、その事実を支える証拠を集めるのが基本
事実を聞く時は誘導してはいけない(←記憶の誤導のおそれ、被疑者は誘導されやすい(弁護士には権威がある))
緊張していたら緊張をほぐす←緊張している原因を探る(取り調べが厳しいのか、反省してるのか、知的能力に問題があるのか)
とにかく事実を聞き取ること
最初から大事な事実が何かはわからない(絶対に決め付けてはいけない)
最初は幅広く聞くこと
弁護人の仕事は、裁判所と検察官の要件該当判断を、吟味検討する・証拠集め
裁判官は証拠があれば説得されるが、口だけでは説得されない
他にも主尋問や執行猶予をとる弁護の方法、接見での話の聞き方、冒頭陳述、被告人質問、反対尋問についてのまとめがあります。
こうするとなぜ良いのか?
「Point3 結論を先に、結論と理由は必ずセットで説明する。」「Point4 抽象的な概念は具体例に即して説明する。」と合わせて見ると、集中講義の構成だけでなく、コメントひとつとっても結論→理由→具体例→結論というスタイルで貫かれています。これは英文を書く時によく指導されるPREP法*1というスタイルです。このスタイルは長い時を経て磨きぬかれた、メッセージをわかりやすく伝えるスタイルであり、また広く知られているので、このスタイルを忠実に守るだけで、的確に相手に伝えることができます。
Point6 「理由の説明やアドバイスの内容は、原理原則から導く。」
先生方は、あるルールの説明やアドバイスをするときには、以下のように原理原則から敷衍します。
「主尋問で誘導尋問が禁止されているのはなぜか?
それは、記憶が書き換えられるおそれがあるからだ。
では、誘導質問で書き換えられた記憶が真実ならいいのではないか?
そうではない。真実は神にしかわからない、わからないからこそ当事者双方の立場から争って裁判官が判断するという当事者主義という構造を刑事訴訟法はとっている。すなわち、主尋問における誘導禁止は当事者主義の根本につながるルールなのです。」
後藤先生は、このように刑事訴訟法の当事者主義という原理から、主尋問における誘導尋問禁止というルールを説明していました。
こうするとなぜ良いのか?
原理原則から理由を説明してもらえると、応用が効きます。すなわち、「なぜそのような理由が導かれるのか」という「理由の理由=原理原則」がわかるようになるので、他のケースでも原理原則から考えることができるようになるのです。これは、「Point4 抽象的な概念は具体例に即して説明する。」で書いた「抽象と具体を行き来する」ことにも通じる話です。つまり、より深く原理原則を理解することにもつながるというメリットがあります。
さらに、上記の例で大切なことは、後藤先生が単に「当事者主義の根本につながるルール」と原理原則を示すだけでなく、当事者主義とは何か、という内容と、なぜ誘導尋問禁止のルールが当事者主義につながるのかを説明しているところです。このような説明ができれば、まったく刑事訴訟法の知識がなくとも理解できるでしょう。「どうせ知っているだろうから言わなくていいだろう」ではなく、少しでも聞き手にわかってもらうために、「当たり前のことも丁寧に説明する」ことを心がけることは大切でしょう。
Point7 「学生に素早く試行錯誤をする機会を提供する。」
「素早く試行錯誤する機会を提供」という言葉には、3つの意味があります。
1つ目は、「試行錯誤する機会を提供する」ということです。集中講義は、終始ロールプレイング形式で行われました。すなわち、接見や公判での尋問、弁論を学生が実際にやってみるというスタイルです。4班にわけ、1つの班がロールプレイをした後、先生がコメントして、また次の班が同じことをするというやり方でした。さらに、「〜をするのはなぜなのか」「あなたはどう思うか」と常に問いかけ、学生に考える機会を与えていました。
2つ目は、「試行錯誤自体を素早くできるようにする」ということです。たとえば、各班のロールプレイは3分に限定し、コメントを含めて5分程度で1つの班が終わって、また次の5分で次の班がやる、というようにしていました。また、学生に先生が質問をしたとき、学生がすぐに答えられなかったら、質問を変えたり質問の趣旨を説明したりして、学生が黙ったまま時間がすぎることのないようにしていました。
3つ目は、「フィードバックをできるだけ早く返す」ということです。たとえば、4班にひと通りロールプレイをしてもらってからコメントするのではなく、各班が終わった後すぐにコメントする、最終日の試験終了後すぐに試験の講評をし、採点基準を明かすといった具合です。
こうするとなぜ良いのか?
試行錯誤をする機会が与え、しかもそのサイクルを素早く回せると、学習速度が非常に高まります。なぜなら、前回の試行錯誤を踏まえてさらに次の試行錯誤をすることができるので、同じミスをしなくなるだけでなくよりレベルの高い事柄に挑戦することができるようになるからです。
私が通っていた法科大学院の講義は教員と学生の問答により進めるソクラテスメソッド方式で行われていました。しかし、教員の質問の意図が学生に伝わらずに学生が黙ってしまい、教員も黙って待つということが頻繁にありました。質問の答えが学生からすぐに返ってこなかったら即座にフォローを入れる、といったちょっとしたことでも、学生の自信喪失を防ぎ、学習意欲を高める効果があります。また、定期試験の講評も試験が終わって1ヶ月以上経ってから、しかもA4で2枚くらいの特に参考にもならない紙が張り出されるだけでした。さらに、講義中の質問を講義後すぐに聞いても受け付けず、「質問は事務室を通して」と宣う教員もいました。学習においてフィードバックが遅い、もしくはなされないという事態は非常に学習者にとって弊害が大きいものです。
試行錯誤する機会を与えること、試行錯誤自体を素早くできること、フィードバックをすぐに返すことの3点を守れば、飛躍的に学習効果は高まるでしょう。
Point8 「フィードバックを上手に返す。」
遠山先生はある班の被告人質問のロールプレイの後、以下のようなコメントをしていました。
「〜について聞きます」というように、質問に見出しをつけていたのは良かったですね。見出しで聞かれることを予告されると、答えの準備ができるので答えやすいです。ただ、見出しがちょっといまいち。「逮捕時のことについて聞きます。」では、いつのことかが明確ではない。専門用語は使わないこと。たとえば、「警察署に着いた時のことを聞きます」というように、具体的なシーンを設定してあげると答えやすいです。
ポイントは5つあります。
1つ目は、よかった点を先に褒めていること。
2つ目は、悪かったところは「ここが良くない」だけでなく、「こうすれば良くなる」とも言っていること。
3つ目は、良かった点と悪かった点の両方について、なぜ良かったか、なぜ悪かったかの理由を述べていること。
4つ目は、アドバイスが具体的な行動につながるものであること。
5つ目は、教える側が自らアドバイスをやって見せること。
こうするとなぜ良いのか?
1つ目について。
まず良かったところを褒める→その後悪かったところを指摘するという順番は重要です。もし順番が逆にして悪かったところを先に指摘されると、「ああ、私はダメなんだ」と閉じこもってしまい、その後の良かったところの指摘が耳に入らない人は一定数います。
また、良かったところをまったく指摘しない指導者も結構いるように感じていますが、きちんと良かったところを指摘することは思いのほか重要です。指摘された側が自信を持てるという効果もありますが、それだけでなく「自分のこのやり方は正しいんだ」と確信し、できていないところに気を回すことができるようになるからです。
2つ目について。
ただ「ここがダメだ」「それは間違い」とだけしか言わない人がいます。しかし、悪かった点の指摘からは改善点は出てきません。「そこを考えさせるのが教育だ」という人がいそうですが、そのような発言は教育者の怠慢か、良い指針を示すことができない無能力に起因することが多いです。端的に「こうしたらもっと良くなる」と言えば、学習者はそれを学んでさらに次のステップに行くことができ、学習の高速化を図ることができます。
3つ目について。
なぜ良かったか、なぜ悪かったかの理由を述べることも重要です。良かったことの理由がわかれば、同じ理由が妥当する他の事柄でも同じやり方をしようと学習者が自分で改善しようと試みることができますし、悪かった理由がわかれば、自分で考えて修正することができます。すなわち、良いフィードバックをすれば、学習者が主体的に学ぶ手助けをできるのです。
4つ目について。
抽象的なアドバイスしかしない人は世の中たくさんいます。「もっと勉強しましょう」「がんばってください」「教科書を読んでみたら?」「やり方は人それぞれだからね」といったアドバイスをされた人はたくさんいるのではないでしょうか。具体的な行動につながらないアドバイスは無価値です。むしろ、アドバイスした(を受けた)気になっただけで実際には何も変わっていないのであれば、そのアドバイスは有害であるとすらいえます。
5つ目について。
教える側が自分のしたアドバイスの内容を自ら実践して見せると、アドバイスを求めた側は自分が具体的にどうすればよいかがわかるので、次回の試行錯誤時にすぐアドバイスを反映できるようになります。しかし、これを実際にやっている教員にはほぼお目にかかったことがありません。法科大学院で自分の出題した問題の参考答案を公開する、勉強の仕方を質問されて、自分がどうやって勉強したかを見せる、といったことをしている教員はどれだけいるでしょうか。
フィードバックの仕方は、教育者の教育能力と直結しています。同じ試験の講評にしても、そもそも講評をしない人は試験という学生が試行錯誤する機会を利用して教育しようという気がない人ということですし、講評が遅い人は試験直後という学びの絶好の機会を逃しても平気だということになるでしょう。フィードバックをしない、遅い、下手ということは教育能力がないか低いことと同義です。
「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」という山本五十六の言葉は、まさに上手にフィードバックを返す方法を体現したものだと思います。
Point9 「十分な下準備がされている。」
今回の集中講義は1日目から4日目までは90分×3コマ、5日目は90分×2コマでした。許可が出たのですべてのコマで録音していたのですが、その録音時間を見て気づいたことがあります。なんと、3コマの合計時間が270分を数分しかオーバーしていないのです。つまり、講義時間は272分とか273分だったということです。今回の集中講義は一方的に教員がしゃべるスタイルではなく学生が参加するロールプレイング形式ですから、かなり時間は読みにくいはずです。それでもきっちり時間内に収まっているのは、十分に講義の準備がされていたからでしょう。
また、内容自体もどのコマで何をどのように教えるかがかなり細かく構造的に決まっていることがうかがえました。
Point10 「学生への敬意を持つ。」
集中講義最後のコマ、後藤先生の締めくくりの言葉は
「みなさん、ありがとうございました。」
でした。
私としてはお忙しい先生なのにこんなに長い時間刑事弁護の基本を教えて下さったことがもったいないやらありがたいやらでしたので、後藤先生が受講生への感謝で講義を終えられたことには、とても感銘を受けました。
おそらく、時間をきっちり守るというのも、学生への敬意からくるものでしょう。「教えてやってるんだから少しくらい遅れてもいいだろう」という考えをする人であれば、平気で終了時刻を遅らせるからです。私自身、以前自分で3日間にわたるセミナーを開催したことがありますが、大幅に(数十分どころではなく数時間)予定時間をオーバーしたことがあるので、とても恥ずかしく思いました。
また、フィードバックを素早く丁寧に返すということも、学生を尊重しているからこそだろうと思います。逆に、フィードバックを返さないということは大変学生に対して失礼なことといえましょう。
自分の言葉を受け取ってくれる相手への配慮、すなわちどうやったら聞いてもらえるか、わかってもらえるかに心を砕く先生方の姿勢には、とても心打たれるものがありました。
Point11 「Point1からPoint10までが常に徹底されている。」
今回、私は主に神山先生・後藤先生・遠山先生に教えていただきました。そこでわかったのが、3人ともPoint1からPoint10の事項をいつどんなときも徹底的に実践しているということでした。お三方はそれぞれ東京・大阪・京都とバラバラの場所で弁護士をしています。それでも、教え方のスタイルは全員が終始一貫しているのです。ですから、2日目から3日目にかけて担当の先生が変わってもまったく違和感を覚えませんでしたし、ちょっとしたコメントひとつとっても、Point1からPoint10までの事柄が守られていました。おそらく共通するスタイルが無意識レベルにまで叩きこまれているのだと思います。
後藤先生が冒頭陳述の基本の型を紹介するときに、こんなことをおっしゃっていました。
「この冒頭陳述のやり方は、たくさんの刑事弁護人たちが何十年もかけて試行錯誤し、築きあげてきた形です。いろんな冒頭陳述をしてみて、失敗して、結局この形に収まったのです。みなさんもぜひ、先人の結晶を受け継いでみてください。」
先人が作り上げた技術の結晶を自分の血肉としているのが、超一流刑事弁護人の証なのだと感じました。
なぜ刑事弁護人は教えるのがうまいのか?
私見ですが、刑事弁護人の仕事のひとつは、刑事訴訟に関わる人たち(裁判官・裁判員・被告人等)に「自分の主張を伝えること」だと思います。どんなにがんばっても、自分の主張が相手に伝わらなければ説得することもできません。だから、彼らは「伝える技術」を徹底的に磨いています。何を、どんな順番で、どういう言葉で、どのタイミングで伝えれば伝わるのかにこだわりぬきます。
また、被告人は知的能力が低いことがあります。だから、刑事弁護人はどんな人でも適正な弁護を受けられるよう、とにかくわかりやすく、意を尽くして説明します。
2009年からは裁判員裁判が始まりました。今回の講義を担当した4人の先生方は、当初から裁判員裁判に関わっています。裁判員には「法律家の常識」は通用しません。
「なぜ前科がないことが量刑に影響を与えるのか。前科がないのはあたりまえじゃないのか」
「悪いことをしたのなら反省するのが当たり前。反省したからといって刑を軽くするのはおかしい」
これが普通の市民の考え方です。それでも刑事弁護人は被告人のために、前科がないということの意味、反省するということの意味を、刑事訴訟の理念に遡ってわかりやすく説明する必要があります。
「伝える」ということは、「言葉の受け手がその言葉の意味を理解すること」です。そして、教育の内実のひとつはまさに「伝えること」であり、コミュニケーションそのものです。彼らはまた、コミュニケーションの達人であると言ってもよいでしょう。
このような仕事の中で「伝える技術」を鍛え上げたからこそ、4人の先生方の教え方はまさに職人芸と呼ぶべき域に達しているのではないでしょうか。
最後に〜教育における構造上の問題点〜
あらゆる「教育する」という場面では、構造的に教える側が上、教えられる側が下、という上下関係が構築されます。私は、この上下関係が教育にまつわる様々な問題を引き起こしていると考えています。その根本的な問題点が、「教える側が自らの教育能力についてのフィードバックを得にくい」ということです。教える側は上の立場ですから、下の立場である学習者が「あなたの教え方は下手だ」とはなかなか言えません。また、もし学習者からフィードバックがあったとしても、教える側には「自分は立場が上だ」という意識がありますから、なかなか素直に批判を受け入れ難いという問題もあります。教育者を批判すること自体が難しい(その批判が正しいかの判断が容易でない)ということもあるでしょう。「優れた実績があるからといってよい教育者であるとは限らない」という問題は、法科大学院で法科大学院生が嫌というほど痛感したはずです。
しかし、「教育する」という行為は、人が生きていれば必ずどこかでしなければならないことです。会社内で部下に教えることもあるでしょうし、自分の子どもに教えることもあるでしょう。以上のような教育の問題点を踏まえた上で自分の教育能力を向上させようと努めることは、必ず生きていく上で役に立つことと思います。
他に「教え方が上手な人にはこんな特徴がある」ということがあれば、ぜひコメント欄やはてなブックマークコメントで教えて下さい。
最後に、今回の集中講義のノートを再掲しておきます。
刑事弁護実務・集中講義ノートをダウンロードする
(PDFファイル・347KB・目次+39頁)
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本エントリーは以上です。長文をお読みいただき、ありがとうございました。
*1:P=Point R=Reason E=Example P=Point