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【コラム】カントリーとラップ

2024年の音楽シーンを代表する1曲が、Billboard HOT100で、実に通算19週もNo1を獲得し、年間チャートでは第2位につけたShaboozeyの"The Bar Song(Typsy)"だ。数年前からカントリーとラップのフュージョンを標榜している彼のこの曲では、2004年に全米最高2位をマークしたJ-Kwonの"Tipsy"からサビやヴァースの出だしのフレーズをメロディごと借用している("Tipsy"のサビに含まれている「club」は「bar」に置き換えられている)。そして、Tipsyが意味する「ほろ酔い気分」と、それと背中あわせの悲哀もさらりと歌われている。ちなみに、1989年の”It's Funky Enough”冒頭のThe D.O.C.によるフレーズが、この曲のヴァース冒頭の原典である。

 一方、"The Bar Song(Typsy)"がHOT100で首位を独走していた昨年10月最終週付けのHOT200では、Jelly Rollの10作目『Beautifully Broken』が初登場で首位に立ち、彼のキャリアで初の全米No1アルバムとなった。そして、両作品ともすでにカントリー部門の該当するチャートでも第一位を獲得しているだけでなく、二人ともまずラッパーとして音楽活動を始めたことでも共通している。そこで、この機会に、ラップ・ミュージック(以下ラップ)とカントリー・ミュージック(以下カントリー)の関係に目を向けてみたい。

 そもそも大前提として、テネシー州を中心としたカントリーの本場である米南部で、例えば、90年代後半に、白人でラッパーを志そうとしたら、ブラックのフッドに出かけていって、MCバトルに参加するなどして、とにかくまずブラックのラッパーからリスペクトというかたちの承認、いわゆる「ゲットー・パス」を与えてもらわなければなかった。舞台こそ北東部デトロイトながら、『8 マイル』で描かれていたように。それはまさに、この映画のモデルとなったEminem自身の体験であり、テネシー州では、Lil WyteがHypnotize Mindzに認められ、フックアップされたことで、本格的にキャリアを始動させている。そんな彼に対して、同じ州出身のHaystakは、ゲットー・パス云々以前に、10代半ばでドラッグ絡みで逮捕・服役し、まさにストリート・ライフを綴った既存のラップ・アルバムの中身を地でゆくような経験を経て、『The Marshall Mothers LP』リリースの前年(1998年)にアルバム・デビューを『Mak Million』で果たしている。

 Eminemのこのデビュー作の爆発的ヒットは「白人のラップ・リスナーの可視化」をも決定的なものにしたことは間違いなく、白人ラッパーも、自分のリスナーが白人メインなら「ゲットー・パス」なしでも、活動できるはずだと考えるようになる。実際、Eminemを成功させたインタースコープは、南部ジョージア州の白人ラッパー、Bubba Sparxxxを拾い上げ、早くも2001年にはメジャー・デビューさせる。そのアルバム『Dark Days, Bright Nights』は、例えば、表題曲でこそ(カントリーの構成要素のひとつである)ダルシマーがしっかり使われてはいるものの、全体的には、制作に投入されたTimbalandの音の印象がどうにも強いラップ・アルバムとなり、南部の労働者階級の白人の日常を、音楽としてのカントリーよりも、イメージとしてのカントリーに比重を置いてまとめあげられている。

 これは、「カントリー・ラップ」の嚆矢とされることの多い作品だが、その語が(ラップではなく)カントリーのサブジャンルであること、つまり、カントリーの枠組のなかで作られている音楽を指しているなら、2005年のCowboy Troyの"I Play Chicken With The Train with Big & Rich"及び収録アルバム『Loco Motive』のほうがフィットするだろう。ちなみに、彼は自分の好きなカントリーの楽曲を使った楽曲にラップをのせるハイブリッドなスタイルを「ヒックホップ(Hick-Hop)」と呼んだ。白人アーティストがゲットー・パスなしでラップしてしまう状況ではあれ、カントリー・ラップのラップに力点を置いた場合、イメージ的には彼のようなブラックのアーティストのほうが有利だ。しかも、どこまでTroyの意図なのかわからないが、Kanye Westが一世を風靡していた2005年なのに、彼のラップ・スタイルは、80年代前半のKurtis Blowあたりを彷彿とさせるオールド・スクールなものだった。

むしろ、こうしたラップの必要最低限のイメージを満たしただけのものだったことが逆にリスナーにはアクセスしやすかったのか、カントリー・シングル・チャートへランクインを果たした。ちなみに、Run-D.M.C.が日本を含む世界中で注目された1986年に(1976年の全米No.1ヒット"Let Your Love Flow"(邦題「愛はそよかぜ」で知られる)The Bellamy Brothersは、通算11作目のアルバムに『Country Rap』なるタイトルを付け、表題曲をシングルとしてリリースしている。それは、ラップを強く意識したデリバリーを持つカントリー・ソングだった。

 ブラック由来の音楽要素がカントリーに取り込まれた/融合したのは、もちろん、ラップが最初ではない。カントリーがカントリーと呼ばれるより遥か昔、その根源となった音楽には、旧大陸からの移民たちが持ち込んだメロディや楽器(フィドル)と共に、アフリカ大陸から強制的に連れて来られた人たちと共に新大陸に伝わったバンジョー、彼ら/彼女らの歌が、さらに年を下ると、教会でのゴスペルやブラックの演奏者が取り込まれていった歴史がある。それらを踏まえると、Lil Nas Xの"Old Town Road"のイントロ(Nine Inch Nailsの"34 Ghost IV"のサンプル)や、Beyonceのカントリー・アルバム「COWBOY CARTER」収録の"TEXAS HOLD'EM"のイントロを、バンジョーの音で始めることによって(後者でこの楽器を演奏しているリアノン・ギデンスは、「バンジョー、それはアメリカ、ただし、そこにはアフリカがある」と表現している)、カントリーの形成はその初期段階から、ブラックの音楽文化の移入、そして、ブラックのアーティストの存在が欠かせないことを思い出させようとしているかのようだ。

 話を米南部の白人ラッパーに戻すと、Jelly Rollが本格的にラッパーとして活動を始めたのも2000年代初頭だった。子供の頃からフッド暮らしのブラックの「弟分」とつるんでいた彼は、10代半ばから頻繁に警察や裁判所の厄介になり、未成年ながら重い罪を犯したため(一般の)刑務所に入れられた経験もある。後に「ヒップホップに俺の人生を救われた」とラップするように、ラップと出会い、自分と似た境遇で育った年上のHaystakと共にミックステープを出したり、Lil Wyteともコラボ作品(アルバム及びミックステープ)を作っていたり、フッドを向いた作品を自主制作したのだった。

 そんな彼らとは対照的に、2008年のメジャー・デビュー前からBubba Sparxxxの楽曲を手掛けていたShannon Houchinsと「カントリー・ラップ」に力点を置いたレーベル、Average Joe's Entertainmentを立ち上げるColt Fordは、父親が中古車販売店を営み、13歳だった1983年に録音したラップ・レコードをRussell Simmonsに売り込もうとした逸話を持つような環境に育っている。このレーベルは、オルタナティヴ・カントリーを標榜しているだけあって、あくまでも基準はカントリー。Fordの楽曲は、カントリーのフォーマットの範囲内で、ラップをするというものだった。

 興味深いことに、彼ではなく、彼のデビューアルバム収録曲"Dirt Road Anthem"を、2010年にラップごとカヴァーしたカントリー・シンガーのJason Aldeanの楽曲がHot Country Songsチャートで第一位に到達、それを受けて、本家のFordの2作目となる2010年の『Chicken & Biscuits』、さらに3作目『Ever Chance I Get』も、Top Rap Albumチャートでもトップ5入りを果たし、2014年の5作目で、多彩なカントリー・シンガーが(ラップ・アルバムにおけるR&Bシンガーのように)客演する『Thanks for Listening』が、いよいよ首位に立つ。さらに、このレーベルからは、ジョージア州の二人組The Lacsや、カリフォルニア出身という変わり種二人組Moonshine Banditsのように、カントリーよりも、ラップ・アルバム・チャートで健闘し、トップ10入りするような作品を出してゆき、カントリー・シーンにおけるカントリー・ラップの市民権を広げていった。もっとも、2024年現在にいたるまで、カントリー・ラップのアーティストは、自分たちのリスナーの規模を把握していて、基本的に自主制作ベースで活動している。

 こうしたトレンドが、Jelly Rollにも波及したのか、2017年に発表後、シリーズ化されるStruggle Jenningsとのコラボ・アルバム『Willie & Waylone』は、ぐっとカントリー・ラップ色を強める。その第一弾は、Yelawolfのレーベル、Slumericanからデビューするも服役したStruggleの出所後に作られた。Struggle Jenningsというアーティスト名は、彼の祖母の再婚相手にして、カントリーの歴史に残る偉大な存在であるWaylone Jenningsに由来する。Wayloneは、Willie Nelson等と共に、エスタブリッシュされ、面白味のなくなった1970年代半ばのカントリーを再考し変革をもたらした「アウトロー・カントリー・ムーヴメント」の中心人物である。この二人が1978年に発表したアルバムのタイトル『Waylone & Willie』に、JellyとStruggleはあやかっただけでなく、そこからのヒット曲"Mammas Don't Let Your Babies Grow Up to Be Cowboys"のカントリー・ラップ版"Cowboys"まで作っている。

 この2017年にはYoung Thugが、ミックステープ『Beautiful Thugger Girls』を、カントリー・ソングでおなじみのYee Hawの掛け声で始め、明らかにカントリーを意識した”Family Don't Matter”を1曲目に置き、Yee Hawのフレーズは、翌年にはLil Tracyの"Like a Farmer"でも聴くことができたが、大きな潮流にはならなかった。

 ただ、このYoung Thugのアプローチに直接的な影響を受けて2018年に作られた1曲が2019年を席巻する。Lil Nas Xの"Old Town Road"である。しかも、この曲が揺るがしたのは、ラップ・シーンではなかった。当初はBillboardのカントリー・チャート入りを果たしながら、カントリー・ソングとしては不十分、との理由で除外され、その後(再び)認められるという仕打ちを受ける。この曲はバンジョーの音で始まるが、トラップ・ビート主体だ。カントリーが、バンジョーをはじめ多様な音楽的要素を取り込んできた歴史を持つことは前に書いたが、ラップはすでに認めて久しいので、そこではトラップを認めるか否かの審議が一時的な除外の真の理由だったのではないだろうか。(カントリー界が)認めたとなれば、現金なもので、2019年初夏の時点でたまたま耳に入ってきたDavid Morrisの"Backroad to heaven"でそれは確認できた。早くもトラップ・ビートで、カントリー・シンガーが歌っていたのだった。

   最終的には19週も全米No1を記録し、音楽的にはカントリーに大きな影響を与えてしまうことになる"Old Town Road"の成功と同時期に、カントリー・ラップでは、Adam Calhounの楽曲"Racism"が注目された。1st ヴァースではredneck,white trashの語を使い白人の、2ndヴァースではNワードさえ発してブラックの人たちのそれこそ差別的なステレオタイプを挙げ、まず両者を同列に並べて語ろうとする設定から、Calhoun自身がレイシズムの構造が根本的について何もわかっていないレイシストにしか見えない、なんの捻りもない曲となっているからだった。もちろんこの曲の支持者も少なくないし、CalhounはYouTuberとしての側面もあるため、受け手の反応は織り込み済みとも考えられる。これは、中間選挙を経た後で、トランプ支持そして再選を望むMAGAラッパー勢も勢いづいていた時期でもあり、その一人で白人のTom McDonaldと意気投合し、2022年のコラボ作『The Brave』とその続編は、カントリー・ラップの人気作となる。

 カントリーの音楽要素ではない側面に目を向けていたのは、Jelly Rollも同じだった。彼の場合、カントリーのリスナーが今現実に日常生活で直面している問題(ドラッグ等)を、自らのデトックス体験等をもとに、真っ正面から捉え、シンプルなことばで切々とラップし歌うスタイルから歌一本へとシフトしてゆくさなかにあったが、2020年の最後の(カントリー・)ラップ・アルバムとなった『Self Medicated』収録曲で、様々な困難を抱えている人たちに、自分から救いを求めていいんだと(ラップせずに)歌う"Save Me"が、そのシフトの決定打となった。この曲は2024年にはEminemの"Somebody Save Me"でサンプルされるが、アルコールやコカインへの依存を断ち切ったJellyは、それ以前から『Recovery』以降のEminem作品あるいは、Lil Peepの諸作と共通のリスナーを持っていたとも言える。

 こうしてJelly Rollがカントリー・シンガーに転身し、Adam Calhounのみならずアーティストが保守色を強め、行き詰まりをみせるなか、ながらく暖めていたというカントリーとラップのフュージョンを作品化したのが、Shaboozeyの2022年のアルバム『Cowboys Live Forever, Outlaw Never Die』で、コンセプト、サウンド、ミックスが洗練された作品となった。ところが、Beyonceのアルバムに招かれるきっかけとなった"The Bar Song (Typsy)"を含む3作目は、Jelly Rollほどではないにせよ、表題曲"Where I've Been, Isn't Where I'm Going"は、ずいぶんと(カントリー・)シンガー寄りになっている。

 そのアルバムの最後に収録されたBigXthaPlug客演の"Drink Don't Need No Mix"ではトラップ・ビートが採用されているが、ラッパーの楽曲(Lil Durkの "Broadway Girls" )に客演し、トラップ・ビートで歌ったことが話題になったカントリー・シンガーは、Morgan Wallenだった。この曲が年末に発表された2021年の初頭、彼が仲間のひとりにNワードを使う様子が報じられ、カントリー業界側から厳格な処分がくだされ、キャンセルの憂き目にあっていた(しかし、ストリーミング回数は爆発的に増えた)。そんなWallenに声をかけたのが、Lil Durkで、のちに彼のNワード問題についても個人的には問題視してないと表明する。彼がそのあと作った2023年の記録的なヒット・アルバム『One Thing At A Time』を聴くと、数曲おきにトラップ・ビートが採用されていることに気づくだろう。これを、カントリー・シンガーであるWallenに、トラップ・ビート使用(許可)のゲットー・パスがアーティスト間で公式に渡された証拠と見るのはあまりに穿った見方だろうか。2023年の5月にも共演曲"Stand by Me"を発表したLil Durkは、Wallenとのコラボ・アルバムを考えているようだし、2025年5月開催のWallen主催のフェス、『Sand in my Boots』には、Three 6 Mafia、BigXthaPlug、Moneybagg Yo等ラップ・アクトの出演も決定している。

カントリー・ラップは、ShaboozeyとJelly Rollの二人にとっては、今現在のスタイルにたどり着く途中の経由地点だったのか、そして、これから先も、カントリーはブラック・カルチャー起源の音楽表現を一旦は留保しつつも、結果的には受け入れてゆくのだろうか。(文・小林雅明)

参考資料

PBSドキュメンタリー・ミニ・シリーズ'Country Music'(2019)

Hulu オリジナル'Jelly Roll: Save Me'(2023)

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