3D格ゲーの定番タイトルとして、世界規模でeスポーツシーンの盛り上がりを見せる『鉄拳7』。そんな『鉄拳7』の一大イベント「TEKKEN World Tour 2019」を『鉄拳』シリーズ総合プロデューサー原田勝弘さんを始めとした関係者のみなさん、そして優勝者のチクリン選手に振り返っていただきました!
You can read this article in English (published January 21, 2021)
世界各地のコミュニティがさらなる熱気を生む。「TEKKEN World Tour 2019」の手応え
――昨年開催された「TEKKEN World Tour 2019」からは、世界各地のコミュニティが自主的に開催した大会でも年末のファイナル出場に向けての公式ポイント※1が獲得できる「DOJO」システム※2が導入されました。みなさんはこの手応えについて、どのように感じていますか?
原田:「DOJO」システムは非常に好評で、さまざまな方から反響をもらっています。もちろん、大会の形式自体は新しいものではなく、『鉄拳』のプレイヤーコミュニティが独自に開催する大会は以前からありましたし、大きくなったものをワールドツアー大会として公式に認定することも以前から行なっています。唯一違うのは、自発的にプレイヤーを集めた大会でも公式のポイント(TWTポイント)が与えられることですね。その結果、ワールドツアー全体の規模が大きくなり、コミュニティのさらなる活性化に繋がりました。
※1「TEKKEN World Tour2019」は期間中に開催される、いくつものポイント制大会で構成されている。ポイント獲得上位者19名と、ファイナル初日に行われる最終予選通過者1名の合計20名は、ファイナル2日目に総当たりのリーグ戦とトーナメント戦を行い年間優勝を争う。
※2「TEKKEN World Tour2019」を構成するポイント制大会には「MASTER+」「MASTER」「CHALLENGER」「DOJO」と4つのカテゴリがあり、公式認定大会である「MASTER+」「MASTER」「CHALLENGER」に対し、「DOJO」は大会主催者が申請することにより、勝者にポイントが振り当てられる公式大会になる。
――自主的に開催できる「DOJO」大会でもポイントが獲得できると、海外に遠征する資金がないプレイヤーにも、挑戦と活躍の機会が与えられることになりそうです。
マイケル:はい、それが「DOJO」のそもそもの狙いでした。「TEKKEN World Tour」を2017年から開催してきた中で、「ポイントを獲得できる大会に行くことは難しい」という選手が多くいる状況がありました。それなら、ローカルな場所で活躍する選手たちにも地元の大会を盛り上げてもらい、チャンスが広がるようにしたいと思ったんです。
安田:実際に、2019年はアルスラーン・アッシュ選手を筆頭にしたパキスタンの選手が大活躍しましたが、彼らはもともと高い実力を持っていたものの、2018年までは世界にも、おそらく本人たちも、その実力をはっきり認識していませんでした。2019年の後半から、パキスタン国内でも「DOJO」大会が多数開催されるようになり、彼らのような隠れた実力者たちがパキスタン国内で公式にポイントを獲得できるようになったのは、大きな変化だったと思います。
原田:また、人が集まる拠点が各地にできたことで、例えば普段は南米の大会には行っていなかった選手が、「ポイントを取りに行くためにそこに行く」という、新しい人の流れも生まれました。しかも、そうした大会を、今は配信によって世界中で観ることができますから、北米やヨーロッパ、アジア、南米などさまざまな場所で人の交流が起きて、「どこに強い選手がいるか」が可視化されるようにもなったんです。そういう意味では、『鉄拳』のプレイヤー/ユーザーが、国や地域ではなく、『鉄拳』層と言えるような、ひとつの意思を持った集合体になってきているのを感じます。これはネット時代ならではの出来事かもしれません。
マイケル:「DOJO」大会をはじめてからは、ワールドツアーの開催期間中ほぼすべての週末にずっとどこかの地域で行なわれる『鉄拳』の試合を楽しむことができる状況になっています。国によっては会場を確保するのが大変な地域もありますから、それでも大会を開いてくれるのは本当にありがたいことです。
――2019年のシーズンを通して、印象的だったのはどんなことですか?
マイケル:ひとつは、各地に新たな聖地が生まれたことですね。たとえば、日本では東京・中野にある「Red Bull Gaming Sphere Tokyo」で開催されるバンダイナムコエンターテインメント公式イベント、「ファイティングチューズデー」に毎回多くのプレイヤーが集まっていて、海外から日本にやって来た『鉄拳』ファンも、「とりあえず中野に行ってみよう」と足を運んでくれるような状況が生まれています。
――まさに「ローカルの活性化」ですね。
原田:そうですね。ほかには、「DOJO」システムが話題になったことで、これまで『鉄拳』に興味を持っていなかった方や、ゲームをプレイしていない方が、トーナメントシーンに興味を持ってくれるようになったのも、面白い広がりだと思います。eスポーツの盛り上がりに加えて、配信環境も充実してきた結果、観客がアウトゲーム(ゲームの外側)から入ってくることがより増えました。その結果、より「選手が輝くようになった」と思います。
『鉄拳7』は未曽有の戦国時代に突入! 新勢力が加わった現在のシーンの魅力とは
――「TEKKEN World Tour 2019」を通して、印象的だった選手がいれば教えてください。
安田:自分は現在14人いるプロライセンス選手全員をとくに応援する立場にあるんですが、彼らのなかでも印象的な思い出があるのは日本のダブル選手ですね。彼は「TEKKEN World Tour 2018 Finals」の最終予選で、グランドファイナルまで一度も負けずに勝ち上がってきて、この勢いなら誰もが優勝すると思っていたところから、イタリアのGhirlanda選手に大逆転負けを喫してしまいました。普段は陽気でお茶目な選手なのですが、そのときは裏で号泣していて、どう声をかけたらいいか分からず自分も思わずもらい泣きしてしまったんです。
でも、そこから有名なチームから声がかかってワールドツアーをラウンドできるようになり、台湾の大会で優勝も経験して、結果的に「TEKKEN World Tour 2019」ではファイナリストになって、本人は悔しいかもしれませんが最終的に5位タイまで上り詰めたのは「すごい」と思いましたし、そういったドラマも含めて人を惹きつける魅力がある選手だと感じました。
原田:選手ひとりというわけではないんですが、ご存知の通り2019年はパキスタンの選手が活躍しました。僕もパキスタンにコミュニティがあることは以前から知っていたんですが、これまで各地に点在していたコミュニティが線で繋がったことで、彼ら自身も、初めて自分たちの実力が分かったんじゃないかと思います。
『鉄拳』はヨーロッパ、アメリカ勢が多かった時代から、日韓のプレイヤーが活躍する時代になるという変遷をたどってきましたが、今度は世界中の人たちが日韓の2強と思っていたところに、パキスタンの選手が活躍をはじめました。これはとても面白かったのですが、そうすると、選手たちの間でも「誰がパキスタンを止めるのか」という新しい構図が生まれていたように思うんですよ。
――「TEKKEN World Tour 2019」ファイナルでは、グループ予選の際に、世界ランク1位の韓国のKNEE選手が、2019年のパキスタン旋風のきっかけをつくったアルスラーン・アッシュ選手と同じグループを選んだのが印象的でした。
原田:そうですね。ほかにも日本のノビ選手が、同じくパキスタンのアワイス・ハニー選手と同じグループにいったりもして。新しい強敵がやってきたことで、日韓が一致団結するような感覚がうまれたといえるかもしれません。
安田:そういえば、韓国のLowHigh選手が、大会終了後に「トップ8にパキスタンの選手が上がるのを阻止出来てよかった」と言っていましたね。「日本の選手との交流も深まったし、コミュニティの活性化に繋がってよかった」とも。
原田:冷静に考えると、チーム戦ではないんだからおかしな話ですけどね(笑)。ただ、パキスタンの選手だけでなく、『鉄拳』にはコートジボワールやペルーのような場所を筆頭に、まだまだ強いコミュニティがたくさん存在しています。2019年のパキスタンの選手たちの活躍をみて、今後「俺たちもやれるぞ!」と思ってくれる選手がたくさん出てきてくれることに期待しています。
マイケル:僕が印象に残ったのは、アメリカのAnakin選手ですね。Anakin選手は、テキサスで開催された「MLG(Major League Gaming)」で僕と原田が初めてみたときに、当時はまだ16歳だったにも関わらずいきなり優勝して。その彼が、自分の信念を大切にして当時から使っていたJACK(JACK-7)で今も活躍し続けているのは頼もしいですし、どんなにライバルが強くなっても友達でいるという振る舞い方も含めて、素晴らしいプレイヤーだと思います。
――「TEKKEN World Tour2019」ファイナルで言うと、韓国のUlsan選手の活躍もすごかったですね。
原田:正直なところ、途中まではUlsan選手が優勝するかと思いました。
安田:それを、日本のチクリン選手が作戦通りに勝って優勝しましたね。
――それまでギースを使って勝ち上がってきたチクリン選手が、決勝では使用キャラクターを豪鬼に変更しました。何でも、チクリン選手はUlsan選手との対戦のためだけに、豪鬼を練習していたそうですね。
原田:そういう駆け引きは昔からゲームセンターでお互いの特徴をよく知っている人たちの間で行なわれていましたが、大きな大会でも「この人が勝ち上がってきたら、このキャラクターを使おう」という戦略が生まれているのは、すごい時代になったな、と思います。
「TEKKEN World Tour 2019 Finals」を制したチクリン選手が語る『鉄拳』
世界中にプレイヤーが増え、新たな戦略も生まれたことで2020年代もさらに盛り上がっていくことが予想される『鉄拳』シリーズ。「TEKKEN World Tour 2019 Finals」を制したチクリン選手は2019年をどのように振り返り、『鉄拳』の未来をどのように見据えているのでしょうか?プレイヤー代表としてミニインタビューを実施しました。
――「TEKKEN World Tour 2019 Finals」での優勝おめでとうございます。世界制覇となりましたが、優勝が決まったときどのようなお気持ちでしたか?
チクリン選手:夢を見ているようで信じられませんでした。挫けずに練習してきて本当に良かったと思います。
――2019年にはパキスタン勢が現れ、現地まで遠征されていましたが、その経験は今回の優勝にどのように影響していますか?
チクリン選手:パキスタンでの経験は間違いなく影響しています。決勝戦で出した豪鬼は、パキスタンのプレイヤーを参考にして練習しました。
――『鉄拳』の大会にデビューされたのはいつ頃でしょうか?また、デビュー当時と今で『鉄拳』の対戦環境はどう変わったと感じますか?
チクリン選手:初めての『鉄拳』は4からです。対戦環境で一番大きく変わったのはオンライン対戦が出来る様になった事で、時間を気にせずいつでも対戦出来る様になったり、キャラクター対策もやりやすくなりました。
――eスポーツ競技としての発展にとっても、オンライン環境の変化は大きいですよね。
チクリン選手:ただ、逆に集まって話し合いながらプレイ出来る時間も減ったので情報交換などに遅れがあったり、オンライン対戦に慣れたせいでオフラインの対戦に支障が出る事もあるので、どちらもやる事が大事だと思います。
――今後の抱負と、『鉄拳』が今後どのような競技であって欲しいかを教えて下さい。
チクリン選手:EVOやTWT連覇など常に大会で結果を残し続けたいです。イベントなども増やしていったり、『鉄拳』を通じて色んな人達が楽しめるようにしていきたいです。
観戦目的の方も楽しめる大会を
――「TEKKEN World Tour」のファイナルの会場は、第一回がアメリカで、第二回がオランダのアムステルダムでした。2019年の開催地はタイ・バンコクでしたが、今回のこの決め手は何だったのでしょうか?
マイケル: 2019年は「アジアで開催しよう」という話になったときに、僕が「タイはどうだろう?ワクワクしませんか?」とチームのメンバーに提案したんです(笑)。もちろん、みなさん会場には『鉄拳』のために集まるわけですが、なかなか休みが取れない方は、年に一度の旅行を兼ねた遠征になる可能性もあります。そうした人々にとっても、開催地自体が魅力的な場所であることは大切だと思っているんです。
――なるほど。「TEKKEN World Tour」の会場内だけでなく、その地に訪れること自体も含めて多くの人が楽しめる場所を考えていこう、という発想なんですね。
原田:やはり、開催される場所が魅力的であれば、ファイナリストではないプレイヤーや観戦目的の方でも、現地に行って楽しめる、ワクワクできる要素が生まれます。そういう意味でも、世界各地からの移動の利便性、もしくは土地自体の魅力のどちらかがあることは、とても重要だと思っています。
『鉄拳』シリーズの熱気を、2020年代に広げていくために。
――みなさんは現在、そしてこれからの『鉄拳』シリーズの盛り上がりについて、どのように感じていますか?
原田:自分の場合は、長くかかわり過ぎていて、客観的にはなれないんですよ。
安田:『鉄拳』というIPにユーザーがコミットしてくれる時間が、どんどん増えているというのは確実にありますよね。1週間のサイクルのなかでプレイそのものや配信の視聴、大会の観戦を含め『鉄拳』が占める割合が増えている、と言いますか。
原田:確かに。それは本当にそうですね。昔は格闘ゲームは1~2年でひとつのタイトルがある程度収束するサイクルでしたが、『鉄拳7』は2015年の業務用稼働開始以降いまだに多くの方がプレイしてくれていますし、多くの方々が攻略動画を観たり、プレイ動画をアップロードしてくれています。僕からすると、世代がある程度交代してくれているのも、嬉しいことです。自分の中では5回以上はプレイヤーが世代交代していて、さまざまな世代の人々が『鉄拳』をプレイしてきてくれた印象です。
――シリーズ立ち上げ当初のことで覚えていることはありますか? 原田さんは立ち上げの際に、どんな未来を想像していたのでしょう。
原田:そのときは、未来を想像してはいなかったです(笑)。『鉄拳』は格闘ゲームジャンルでは後発としてはじまりましたが、当時の課長や部長に、「いつ他に勝てると思う?」と聞かれたのをよく覚えています。そこで「10年はかかります」「それなら、10年やろう」という話をして。つまり、シリーズがはじまった当初は、10年先までしか考えていなかったんですよ。
そこから、『鉄拳5』ぐらいまで続けていく中で、格闘ゲーム自体が以前より減っていくことも経験しました。そういう意味では、今の状況はすべて想定外ですし、こんなふうになるとはまったく思っていなかったです。
マイケル:僕が『鉄拳7』にかかわりはじめた当時も、まだ「eスポーツ」という言葉は普及していませんでしたし、会社の中でも今ほどeスポーツへの熱はなかったので、僕も今の状況には少しびっくりしています。これからは選手同士のドラマを筆頭に、観戦しても楽しめるスポーツとしての魅力も大事にしつつ、何よりプレイヤーに焦点が当たることも考えていきたいです。まずは人に興味が湧いて、そこから『鉄拳』に入ってもらってもいいと思うので。
原田:ファイティングコミュニティにとってもプラスになるうえに、試合を観て楽しみたい方にとっても面白くなることを、今より上手く両立していきたいと思っています。
【取材後記】
今回の取材を通して印象的だったのは、『鉄拳7』のシーンを盛り上げていくために、さまざまな工夫が凝らされたIP運営面での努力でした。世界に点在するローカルなコミュニティを繋げることで、ふたたび刺激的な状況が生まれている『鉄拳7』の世界には、今年も面白いことが待ち受けているはずです。
【取材・文 杉山 仁 プロフィール】
フリーのライター/編集者。おとめ座B型。三度の飯よりエンターテインメントが好き。