7万年前に出現して以来、さんざん地球を痛めつけてきた人類はいま、さまざまなところでしっぺ返しにあい、これまでのやり方の見直しを迫られています。現代ではなくてはならない道具となった冷蔵庫も、その1つ。もう従来の「冷やし方」は許されなくなってきているのです! そして日本には、世界に先駆けて破壊的イノベーションを起こそうと燃えている研究者がいます。
いま冷蔵庫で何かが起きようとしている
どこのご家庭もそうだと思うが、わが家の冷蔵庫も「掲示板」の役割を兼ねている。税金の納付書、近隣の工事のお知らせ、イベントのチケット、最近では新型コロナウイルスワクチンのクーポン券など、とりあえず磁石で貼りつけておくのに冷蔵庫は便利だ。冷蔵庫あるところに磁石あり、である。両者はとても相性が良い。
とはいえ掲示板は、あくまでも冷蔵庫の「副業」である。ところが、磁石がいま、冷蔵庫の「本業」にも役立とうとしている、という情報をキャッチした。それも「磁気冷凍」という破壊的イノベーションによって、冷蔵庫の歴史が大きく書き換えられようとしているというのだ。
かつて電化製品の「三種の神器」のひとつとして戦後経済成長を支えた冷蔵庫に、もしそんな「革命」が起これば、そのインパクトはきわめて大きなものとなるだろう。はたして本当にそんなことが起こるのか? われわれ探検隊は情報の真偽を確かめるべく、愛知県は名古屋市にある産業技術総合研究所 中部センターの磁性粉末冶金研究センターでエントロピクス材料チーム長をつとめる藤田麻哉さんに話を聞いた。
冷蔵庫はなぜ「冷える」のか?
新技術の意義を理解するために、まずわれわれは、そもそも冷蔵庫がなぜ「冷える」のかを知らねばならない。そう、そんなこともわかっていなかったのだ。
じつは、現在の冷蔵庫が冷えるのは「蒸気圧縮」という基本原理のおかげである。藤田さんによれば、この原理を最初に発見したのは、電磁気学の立役者の一人であり名著『ろうそくの科学』でも知られる、あのマイケル・ファラデーだそうだ。19世紀の話である。
「液体が気化するとき、周囲の熱を吸収します。これが気化熱です。この気体を圧縮すると温度が上がり、吸収した熱が外に捨てられます。これを利用して20世紀初めに発明されたのが、電気冷蔵庫です。気化したガスが熱を吸って庫内の温度を下げ、それを圧縮機で液化して庫外に熱を捨てて、液体を再び庫内で気化させるというサイクルです」(藤田さん)
電気冷蔵庫がこうしたサイクルでものを「冷やす」という基本的なしくみは、200年前から変わっていないそうだ。
だが20世紀も終わり頃になると、環境問題が指摘されはじめ、この冷却サイクルに使用するガス、いわゆる「冷媒ガス」は検討を迫られた。それまで使われていたフロンは、大気に漏洩するとオゾン層を破壊するとされ、先進国では生産が中止される。その後は代替フロンの開発・利用が進んだが、それらも、地球温暖化の原因となる温室効果が二酸化炭素の何倍も大きいことがわかってきた。
「もはや代替フロンも撤廃しようというのが、世界的な流れになっています。でも、それに代わる冷媒ガスがなかなか見つからない。冷却能力があっても、価格が高かったり、性質が不安定で10年も経たずに状態が変わってしまったりするんです。いま国内の家庭用冷蔵庫で使われているガスも、微燃性があるのが問題です。日常レベルでは安全基準を満たしてはいるのですが、大量に集めて火をつければ燃えるんです」
そんなガスは使わずに済むなら、そのほうがいいに決まっている。こうして、気体と液体を使う蒸気圧縮とは根本的に原理が異なる方法が議論されるようになった。電気冷蔵庫の誕生から200年が経って、初めてゲームチェンジの機運が生まれてきたのだ。そして考えだされたのが、「固体冷凍」という方法だった。