小室哲哉さんが、週刊文春に不倫疑惑を報じられたのを契機に、引退を発表した。「高次脳機能障害」を抱える妻・KEIKOさんの介護に疲れ不倫に走ったと報じられた、などの憶測が飛び交っている。
そんななか、高次脳機能障害の当事者であり、発達障害の妻との18年に渡る家庭再生の記録を『されど愛しきお妻様~「大人の発達障害」の妻と「脳が壊れた」僕の18年間』にまとめた文筆業の鈴木大介さんが、一連の報道についてどう思ったか、その所感を綴った。
「事実と違う」と言うだけでは足りなかった思い
頂点を極めたアーティストとは、公人なのかもしれないが、それにしてもどれほどの苦しさを押し殺してあの場に挑んだのだろう。小室哲哉さんが不倫疑惑報道を受けて行った記者会見は、同時に引退会見になった。質疑を除いても50分以上に及んだ会見を見ながら、何度か涙を抑えきれなくなった。
『週刊文春』の報道については、ただ「事実とは違う」と言うだけでよかった。けれどもそれだけでは小室さん自身が済まされない、限界まで心にため続けてきた痛みがあったのだと思う。
お連れ合いであるKEIKOさんは2011年秋にくも膜下出血を発症し、高次脳機能障害を抱えている。そして小室さんは自らC型肝炎の闘病を続けながら、彼女を支え続けてきた。
KEIKOさんと同じく高次脳機能障害の当事者であり、そしてその自分を妻に支えられてなんとかやってきた僕が、小室さんの言葉を少しフォローさせていただきたいと思う。
小室さんの会見は、KEIKOさんのことから始まった。くも膜下出血によって高次脳機能障害を抱えることになったKEIKOさん。この会見報道で初めて高次脳機能障害を知ったという声が多いことに、改めて複雑な気分になった。いや、僕だって、自分自身が脳梗塞を起こして当事者になるまで、「脳卒中やると人格が変わる」みたいないい加減な知識しかなかったけれど、やっぱりそうなのだな。
確かに高次脳機能障害は分かりづらい。記憶や注意、認知力などに問題が出て、言葉が話せなくなったり計算ができなくなったり文字が読めなくなったりする等々。説明が様々だが、いずれも健常者には想像しろという方が無理な世界だと思う。
けれども当事者の立場から分かりやすい一言で言えば、高次脳機能障害とは「かつてはひとりでやれていたことが、全然やれなくなっちゃう障害」だ。
小室さんは、「女性というより女の子になってしまった」といった表現をされたが、これは自力でやれることが減ってしまったKEIKOさんが最も身近で信頼のできる家族であった小室さんに必死に縋りついたことを、小室さんがそう感じたということなのだと思う。
また小室さんの発言には「幸い身体に障害は残らず」の言葉があったが、実はあんまり幸いじゃない。たとえ身体にマヒなどの障害が残らず、ひとりで歩行できてひとりで食事できてトイレにも行けたとしても、高次脳機能障害を抱えると病前なら当たり前にできていたはずの多くのことが、ひとりではできなくなってしまう。
他者との交渉や、複数の手順を踏むことが必要な手続きごと。約束事などのスケジュール管理や一日にやるべきことの組み立て。喜怒哀楽の感情も信じられないほどに馬鹿でかくなって、些細なことで号泣したり、どうでもいいことで烈火のごとく怒ってしまうから、病前通りに人と話すのも難しい。