TPPの知的財産分野で日本のクリエイターが傷つけられかねない内容は通るのか
by Ewen Roberts
環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は21の分野を含む幅広いもので、7月にハワイで行われた閣僚会合は乳製品に関してニュージーランドが強硬な姿勢を崩さず、またオーストラリアも医薬品分野で反対の立場に立ったことで合意には至りませんでした。一方、知的財産分野(著作権関連)において日本は「著作権侵害の非親告罪化」「著作権保護期間延長」「法廷賠償金制度の導入」というアメリカの要求を受け入れ歩調を合わせる方向であると報道されています。政府はどういう方針であるのか明言していないものの、日本のクリエイターを傷つけかねない条項について、日本消費者連盟のMartin Frid氏が懸念を示しています。
Japan and the U.S. Align on TPP Provisions That Harm Japanese Creators | Electronic Frontier Foundation
https://www.eff.org/deeplinks/2015/08/japan-and-us-align-tpp-provisions-harm-japanese-creators
日本とアメリカでは著作権に関して異なることが多々ありますが、特にサンフランシスコ平和条約の規定によって、日本は戦時に相当する約10年5ヶ月(アメリカ・イギリス・フランス・カナダ・オーストラリアに対しては3794日)を著作権保護期間に加算(戦時加算)することが定められています。
たとえば、「サウンド・オブ・ミュージック」や「王様と私」で知られる作詞家・脚本家のオスカー・ハマースタイン2世は1960年8月23日に亡くなっているので、その著作権は日本では通常なら2010年12月31日に消滅します。しかし、戦時加算があるため、1943年3月31日に公開されたポピュラーソング「恋人よ我に帰れ(Lover, Come Back to Me)」の著作権は公開日からサンフランシスコ条約発行日前日までの3316日が加算されて、2020年1月29日まで存続することになります。(作曲したシグマンド・ロンバーグは1951年11月9日死去)
著作権保護期間の戦時加算とは? JASRAC
http://www.jasrac.or.jp/senji_kasan/about.html
戦時加算が行われているということは、他国に比べて約10年長く著作権料を支払わなければならないということ。この不公平な状態を解消するべく、JASRACは戦時加算義務の解消を求めており、TPPでの解消が期待されていましたが、まるで交換条件のようにアメリカ側から要求されたのは「著作権保護期間を50年から70年へ延長すること」でした。これを受け入れた場合、戦時加算義務が解消されたとしても、著作権保護期間は今より約10年伸びます。
2013年末にWikileaksによってTPPの各分野でそれぞれの国がどういう意見を出しているのかという資料が公開された時点では、日本は知的財産分野においてはアメリカとほぼ対立する姿勢を取っていました。
しかし、それ以降の交渉で方針転換があったのか、あるいはそう思わせたい何者かの意向なのか、日本はアメリカの要求を受け入れる方向であるという報道が相次いでいます。仮にこのまま条項が通ってしまうと、戦時加算義務が解消される以上の多大な不利益を被る可能性が高く、TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラムは「各国の利害対立の大きい知財条項を妥結案から除外して海賊版対策のような異論の少ない分野に絞り、さらに条項案を含む十分な情報公開を修正交渉が可能な段階におこなうことを、強く求める」という声明を発表しています。
TPP知財条項への緊急声明 | TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム
http://thinktppip.jp/?page_id=713
一般社団法人日本劇作家協会、日本新劇製作者協会、公益社団法人日本演劇協会なども知財条項への反対を表明していて、このうち日本劇作家協会はTPP知財条項への緊急声明に賛同。坂手洋二会長は、もし著作権保護期間が70年に延長されれば多くの脚本は権利者の所在がわからない『孤児著作物』になってしまい、演劇作品で利用できないものになってしまうと懸念しています。
さらに、アメリカから要求されている内容には「法廷賠償金制度の導入」「著作権侵害の非親告罪化」があり、現時点では著作権者が許容していたり、あるいは無害であることから黙認していたりするおかげで成立している同人作品やコスプレ、それらを中心にしたコミックマーケットなどのコミュニティが崩壊する恐れがあることをFrid氏は指摘しています。
明日・8月14日(金)からちょうどコミックマーケット88が開催されることになっていますが、14日17時から18時に、西アトリウムにてコミックマーケット準備会主催、TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム共催によるトークイベント「TPPの著作権条項を考える ~非親告罪化、保護期間延長、そして法定賠償金~」が行われます。この様子はニコニコ生放送でも生中継されることになっています。クリエイティブなことをしている人にとっては決して他人事ではない内容なので、行ける人はぜひ当日のイベントに参加し、行けない人も生中継を見てみてください。
コミケ準備会・thinkTPPIP共催「TPPの著作権条項を考える」トークイベント生中継 - 2015/08/14 17:00開始 - ニコニコ生放送
http://live.nicovideo.jp/watch/lv230560071
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