インパクト検証サービスを提供するBlueMarkによるレポート「Raising the Bar 2.0」(※)の検証フレームワークを前回の記事でご紹介しました。
※Raising the Bar プロジェクト:インパクト投資家の発行するインパクトレポートの実態及び提言をするために発足。BlueMarkの顧客をベースに調査を実施。詳しくはこちらへ。
今回は、「Raising the Bar 2.0」の調査に参加したパイロット企業のインパクトレポートから、投資対象のアセットクラスの異なる2つのレポートを取り上げ、本レポートのフレームワークを用いてImpactShareが独自に分析しました。なお、実際のパイロット参加企業の各社スコアは対外的に公表されておらず、本分析はBlueMarkによる分析と異なる可能性があります。
【BlueMarkのインパクトレポートにおけるフレームワーク】
完全(Completeness)と信頼性(Reliability)を2つの柱として掲げ、それらを構成する4つの項目、「インパクト戦略」、「インパクト結果」、「データの明瞭度」、「データの質」から成っています。
詳細は、前回の記事「BlueMark 「Raising the Bar 2.0」 前編」、レポート本紙や抄訳をご参照下さい。
Schroder BSC Social Impact Trustの事例
Schroder BSC Social Impact Trust(以下SBSI)は、英国Big Society Capital (以下BSC)及びSchloderが提携して運用するインパクト投資ファンドであり、当該ファンドはロンドン証券取引所に上場しています。インパクト投資ファンドの多くは機関投資家向けとなっていますが、上場しているということは、個人投資家も投資できる商品ということになります。
SBSIは、英国内に広く分散投資されたインパクト投資のポートフォリオを有しています。SBSIは、投資形態や投資セクターも多岐に亘っており、投資形態としては、ファンドへの投資、インパクト企業への融資の拠出、インパクトに基づく成果ベースの契約(Social Outcome Contract)を行っています。教育・医療介護・不動産などのセクターに対し、投資・融資の合計でAUM £9,000万、160社のポートフォリオを有しています。
* インパクトに基づく成果ベースの契約:インパクトに関する指標を予め設定し、そのインパクト指標の達成度に応じて報酬を支払う形式の契約。
インパクトレポートの特徴
豊富な情報量と、見やすい図表
SBSIのインパクトレポートは、60ページに及びますが、どのページを見ても図表を駆使しつつ、隅々まで細かく情報が書き込まれており、かなり作り込まれている印象を受けます。また、導入パートで、ポートフォリオがSDGsのどの課題に訴求しているかの割合が明記されており、インパクトの5つの基本要素 (5 Dimensions of Impact) が活用されています。
限定的なポートフォリオレベルでのインパクト分析
SBSIは、インパクト企業に対して直接的に投資を実行するのではなく、ファンドに投資する形態を多く取っていることから、個別投資案件への距離は生じてしまいます。レポートの中でも、ポートフォリオレベルでどのようなインパクトをもたらしているかに言及がありますが、そのファンドが投資を行っている投資案件レベルへの言及が限定的との印象を受けました。
BlueMarkのフレームワークに当てはめた分析
(注:ImpactShareによる独自の分析であり、BlueMarkのものではありません)
業界標準に基づいた細かい配慮が随所に見られ、BSCのノウハウを活用してレポートが作成されていることもあり、「インパクト戦略」や「データの明瞭度」の観点では高い評価が想定されます。
良い点
・インパクト戦略:SDGsターゲットやインパクトの5つの基本要素等の業界のフレームワークに準拠した記載がレポート全体で一貫している。
・インパクト戦略/データの明瞭度:ポートフォリオ全体として、ネガティブインパクトをもたらすリスクに関しても言及があり、その回避策についても記載がある。
・データの明瞭度/質:細かいデータやソースを明記しつつも、脚注や付属書類を活用し、簡潔性と完全性の両立が図れている。
課題
・インパクト結果/データの質:投資先からのデータ入手は限定的と思われる。また、アウトカム指標の変化に対してどの程度SBSIが貢献しているのか不明である。
・インパクト結果の指標が、「サービスを提供している人の数」「ソーシャルハウジング(High Impact Housing)の提供数」といった共通指標のみとなっており、個別投資案件に紐付くインパクト結果の指標は限定的。外部のベンチマークとの比較、過年度のパフォーマンス評価などが無いため、相対的な評価がしにくい。
CVCファンド 「TELUS Pollinator Fund for Good」
TELUS Pollinator Fund for Good(以下TELUS PFG)は、カナダの大手通信事業会社TELUS傘下にあるCVCであり、カナダ最大のインパクト投資会社です。TELUSグループの資金の内、AUMUS$7,500万を活用し、「農業、ヘルスケア、地球環境問題、コミュニティ」の4領域に、変革的なソリューションを提供しうる企業をサポートするとしており、ファンド運用開始から僅か1年の間に、10社への投資を実施しています。
インパクトレポートの特徴
工夫されたストーリーテリング
レポートの半分以上が、投資案件の紹介ページとなっており、見開き1頁に亘って、事業内容や、それによって解決しようとする社会課題、経営陣のコメント等が記載されており、とても読み応えがあります。
また、TELUSグループのCVCとしての性質から、グループ会社のTELUS HealthやTELUS Agricultureを通じて、どのように投資先に貢献できるかも強く意識して書かれています。
インパクトの測定
投資案件レベルでのインパクトの指標が明記されていることも特徴の一つです。例えば養蜂家向けにアプリなどのシステムを提供するスタートアップであるNector社への投資案件では、「蜂の致死率の低減」と「(同社技術によって養蜂技術の向上した)養蜂場の面積」を指標とするとしています。
これは、投資テーマレベルでのKPIである「持続可能な農業マネジメントをされている面積」と紐づくものと思われ、全社のKPIとの連携も意識して設計されていることが良く分かります。
BlueMarkのフレームワークに当てはめた分析
(注:ImpactShareによる独自の分析であり、BlueMarkのものではありません)
ファンド全体の投資テーマや、それに基づくKPIやアプローチについては、非常に明確に記載されており、「インパクト戦略」については高い評価が想定されます。一方、データの明瞭度と質については、以下の通り課題が残ったように見受けられます。
良い点
・インパクト戦略/インパクト結果:ポートフォリオレベルと、投資案件レベルでの投資テーマとインパクト指標に関する明確な説明がある。また、投資先10社中8社がケースとして取り上げられており、インパクト戦略の「完全性」の観点からも良い。
課題
・インパクト戦略:カナダの原住民との事業や、原住民向けのサービスなども事例としては多く取り上げられているが、インパクト戦略の対象としているステークホルダーが誰なのか、に関する記載がない。また、投資によってもたらしうるネガティブなインパクトに関する記載がない。
・データの明瞭性/データの質:ファンド運用開始から間もないこと、また投資先がベンチャー企業であることから、データの収集が追いついていないと思われる。レポート内ではインパクト指標の記載に留まっており、インパクト結果に係るデータは触れられていない。
まとめ
以上、2社の事例を紹介しましたが、この2社を取ってみても、インパクトレポートの記載内容や見せ方が全く異なることが分かります。一方、GIIN (IRIS+やImpact Principlesなど)やImpact Frontiersなどの名前は各社のレポートやホームページでも多く見受けられ、業界のスタンダードに準拠しようとする各社の努力を感じました。
インパクトレポートが、いわゆる営業資料になっているのではないかとの誹りを受けることなく、ステークホルダー向けに質の高いインパクト戦略と結果を示すツールとしての地位を確立するには、BlueMarkを始めとする第三者機関の果たす役割は大きいように感じます。
<参考資料>
Raising the Bar 2.0: BlueMark’s Framework for Evaluating Impact Reporting (BlueMark, 2022/12)
投資家の発行するインパクト報告の検証方法について(SIMI, 2022/12)
Impact Report 2022 (Schroder BSC Social Impact Trust, 2022/06)
Impact Report 2021(TELUS Pollinator Fund for Good, 2021/11)