元和偃武
1615年の大坂夏の陣により、応仁の乱以来159年近く続いた軍事衝突が終了したこと
元和偃武(げんなえんぶ)とは、慶長20年(元和元年・1615年)5月の大坂夏の陣において江戸幕府が大坂城主の羽柴家(豊臣宗家)を攻め滅ぼしたことにより、応仁の乱(東国においてはそれ以前の享徳の乱)以来150年近くにわたって断続的に続いた大規模な軍事衝突が終了した事を指す。江戸幕府は同年7月に元号を元和と改めて、天下の平定が完了した事を内外に宣した。
概要
偃武とは、中国古典『書経』周書・武成篇の中の語「王来自商、至于豊。乃偃武修文。(王 商自り来たり、豊に至る。乃ち武を偃(ふ)せて文を修む。)」に由来し、武器を偃(ふ)せて武器庫に収める事を指している。
これによって江戸幕府による全国支配体制の基礎が確立して、以後幕末に至るまで(一揆由来の島原の乱と慶安の変を除く)大規模な軍事衝突が発生しなかった事を体制側が賞賛する意味で用いられた。
戦国時代の終期にはいくつかの諸説があるが、その一つが元和偃武をもって戦国時代が終了したとの説である。