井口保子
井口 保子(いぐち やすこ)は、東京都葛飾区出身のフリーアナウンサーで元ラジオ関東→ラジオ日本アナウンサー。
いぐち やすこ 井口保子 | |
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プロフィール | |
出身地 | 日本 東京都葛飾区 |
最終学歴 | 東京学芸大学社会科 |
職歴 | 元ラジオ関東→ラジオ日本 |
ジャンル | 競馬中継 |
出演番組・活動 | |
出演経歴 |
『日石ミュージック・ペトロルーム』 『競馬実況中継』 |
その他 |
JRA運営審議会委員(2007年9月~) 女性競馬ジャーナリストクラブ会長 |
備考 日本女性放送者懇談会賞(1978年) |
来歴
編集東京学芸大学社会科在学中の3年生の時にラジオ関東のアナウンサーとして入社。スタート当初は東京・西新橋の日本石油(現・ENEOS)ショールームから放送していた『日石ミュージック・ペトロルーム』など音楽番組を中心に出演していたが、競馬への造詣が昂じて1971年から『競馬実況中継』に日本人初の女性競馬中継アナウンサーとして1995年までの延べ四半世紀にわたって担当し[1]、女性競馬ジャーナリストの草分け的存在となった。大橋照子がアナウンサーとして憧れていた存在だったということである[2]。『女の直感競馬』(1978年)、『井口保子の直感競馬』(1980年)などの著書がある。
1978年には女性として初めて競馬放送を務めた功績が評価され、日本女性放送者懇談会賞を受けている[3]。
退社後もフリーアナウンサーとして地方競馬などの実況中継、またスポーツ新聞のコラム執筆など、競馬とのかかわりを一層深めている。現在「女性競馬ジャーナリストクラブ」会長で、2007年9月からJRA運営審議会委員に就任。
脚注
編集- ^ “JRAで「女性」競馬実況アナ誕生か。日本初登場の“伝説”から28年…『ウマ娘』が投じた一石”. ニュースサイトGJ (2023年1月9日). 2024年3月30日閲覧。
- ^ 『DJ名鑑 1987』三才ブックス、1987年2月15日、41–42頁。
- ^ “歴代受賞者”. 日本女性放送者懇談会 SJWRT. 2016年6月21日閲覧。
外部リンク
編集- “あの人に聞きたい 私の選んだ道 第9回 フリーアナウンサー 井口保子さん(1/3ページ)”. 進路指導.net. 実業之日本社 (2000年6月). 2016年6月23日閲覧。
- “あの人に聞きたい 私の選んだ道 第9回 フリーアナウンサー 井口保子さん(2/3ページ)”. 進路指導.net. 実業之日本社 (2000年6月). 2016年6月23日閲覧。
- “あの人に聞きたい 私の選んだ道 第9回 フリーアナウンサー 井口保子さん(3/3ページ)”. 進路指導.net. 実業之日本社 (2000年6月). 2016年6月23日閲覧。