小菅県
小菅県(こすげけん)は、1869年(明治2年)に武蔵国内の旧幕府領・旗本領の管轄のために明治政府によって設置された県。現在の東京都足立区・葛飾区・江戸川区および江東区の旧・城東区にあたる地域、荒川区のごく一部、埼玉県草加市の大部分、千葉県東葛地域を管轄した。
概要
編集1869年(明治2年)1月13日、武蔵知県事・河瀬秀治の管轄区域をもって小菅県が設置された。県名は、県庁が葛飾郡小菅村(現東京都葛飾区小菅一丁目35番1号)の旧幕府小菅御殿(旧関東郡代小菅陣屋、現東京拘置所)に置かれたことによる。東京府(第1次)との管轄区域の交換を経て、主に東京の北東郊外を管轄した。
河瀬知事の発議により、備荒貯蓄と窮民救済の機関として、七分積金に類する報恩社を組織している。
1871年(明治4年)7月14日の廃藩置県を経て、同年11月14日に第1次府県統合により東京府(第1次)および品川県と合併して東京府(第2次)となった。
沿革
編集管轄地域
編集戸口29,379戸162,067人(府藩県別人員表)。詳細は錯綜をきわめるため各郡の項目を参照。
歴代知事
編集参考文献
編集- ^ a b 百官履歴 164 河瀬秀治 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー
関連項目
編集先代 (武蔵国・下総国の一部の 幕府領・旗本領) |
行政区の変遷 1869年 - 1871年 |
次代 東京府(武蔵国) 印旛県(下総国) |