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新エングラー体系(しんエングラーたいけい、英語modified Engler system 又は updated Engler system)は、アドルフ・エングラーが提唱したエングラー体系をもとに、1953年及び1964年ハンス・メルヒオール (Hans Melchior) らが提唱した植物分類体系である[1]

概要

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アドルフ・エングラーアウグスト・アイヒラー1883年に発表した『薬用植物学講義提要』(植物・医薬学のための植物学概説)"Syllabus der Vorlesungen über specielle und medicinisch-pharmaceutische Botanik" を引き継ぐ形で、1892年に『植物分科提要』"Syllabus der Pflanzenfamilien" (en) を発表した[1][2][3]。これは、1936年までに、アドルフ・エングラーと、彼の後継者であるルートヴィヒ・ディールスが第11版まで改訂した[1][4]。これが「エングラー体系」や「エングラーの体系」と呼ばれているものである[1]

エングラー体系のもととなった、アイヒラーが提唱した分類体系では、『進化は単純なものから複雑なものへと進む』という当時の進化論の考えをもとに、下記の要素が盛り込まれている[2][3][4]。この隠花植物にはシダ植物蘚苔類藻類及び菌類が含まれている[3]

エングラーは、アイヒラーの体系に下記の考えを加えた[1][4]

この考えにより、単子葉類はアダン目沼生目から細子目へ、双子葉類は輪生目コショウ目からキキョウ目へ、という配列となった[1]

これは、『植物分科提要』"Syllabus der Pflanzenfamilien"やカール・プラントル (Karl Prantl) との共著『自然植物分科』"Die Naturlichen Pflanzenfamilien" (1887〜1915) などでまとめられている[1][4]。日本では、本田正次向阪道治による『大綱日本植物分類学』(1930年)やその改訂版[3]伊藤洋による『高等植物分類表』(1952年、北隆館)などにより紹介された[5]

『植物分科提要』"Syllabus der Pflanzenfamilien" (1892〜1936) をもとに、ハンス・メルヒオールらが、1953年隠花植物裸子植物の、1964年被子植物の新しい分類体系である "Syllabus der Pflanzenfamilien" ed. 12 vol. 1, 2. を発表した[1][3]。これが、いわゆる「新エングラー体系」と呼ばれているものである。また、このうち、1964年に公表された被子植物の分類体系は「Melchior system(メルヒオールの体系)」とも呼ばれる[6][7]

メルヒオールの改良点は、以下のとおりであるが、これらの一部(3点目)は『進化は単純なものから複雑なものへと進む』というアイヒラーから続く考えに反し、ストロビロイド説を取り入れたものとなっている[1]

  1. 裸子植物及び被子植物を亜門からに変更
  2. 単子葉類双子葉類より後に配列
  3. コショウ目ウマノスズクサ目モクレン目キンポウゲ目より進化している集団とみなす。
  4. ウリ科古生花被亜綱に移設
  5. 後生花被亜綱合弁花亜綱に変更(アイヒラーの説を採用)

その具体的な内容については、#分類を参照。

この新エングラー体系は、伊藤洋による『新高等植物分類表』(1968年、北隆館[8]により日本に紹介された[5][注 1]。この分類は直感的に分かりやすく、森田は、実用性と全ての植物を網羅した体系であることを指摘し、『この分類が広く用いられているのは、(中略)他に匹敵するものがないことによると思われる』[4]と述べている。このエングラーらの体系は、イギリスやその植民地などを除く世界各地で受け入れられ[3]、特に日本においては、例えば、(朝日新聞社 編『週刊朝日百科. 世界の植物』朝日新聞社、1975年。 NCID AN10382137 [2]佐竹義輔ら編『日本の野生植物』(平凡社、1981〜1989年)、環境省『植物目録1987(昭和63年)』、岩槻邦男ら編『Flora of Japan』(講談社、1993年〜)などの種子植物に関する植物誌植物目録図鑑、さらにはタイプ標本を保存しているハーバリウム(植物標本館、植物標本室)などで採用されてきた[3][5]。一方で、日本国外では、同時期にエングラーらの体系が必ずしも採用されているわけではなく、例えばアメリカ中国ではクロンキスト体系が採用されている[5]。なお、シダ植物の分類については、日本では、エングラーらの体系ではなく、エドウィン・ビンガム・コープランドの体系(Copeland, Edwin Bingham (1947) "Genera Filicum, the genera of ferns.")が採用されてきた[5][8]

このエングラーらの体系に対して、チャールズ・エドウイン・ベッシー (Charles Edwin Bessey) やアーサー・クロンキストらは、エングラーらが進化的あると考えたモクレン類は原始的なものである(ストロビロイド説)とし、クロンキストはモクレン類を出発点とした被子植物の分類体系であるクロンキスト体系1988年に発表した。新エングラー体系と比較して、クロンキスト体系では双子葉類離弁花類合弁花類に分けていない等の大きな違いがあるものの、両者とも双子葉類ではキク科が、単子葉類ではラン科が最も進化した群であると判断していることが共通している[1][3][5]

日本において広く普及した新エングラー体系ではあるが、クロンキスト体系や1998年に発表された分子系統解析に基づくAPG体系(最新は2009年APG III)により、学問的には古典的なものとなっている。具体的な動きとして、日本では、『週刊朝日百科 世界の植物』の後継となる『週刊朝日百科 植物の世界』(朝日新聞社、1994〜1997年)ではクロンキスト体系が採用された。また、2012年国立科学博物館が労力を要するハーバリウムの標本整理に伴い、新エングラー体系からAPG体系への変更が行われ[5][9]、さらには、同年にAPG IIIに基づいた植物目録[10]が刊行されている。

原著

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  • Melchior, H. & E. Werdermann (1954) A. Engler's Syllabus der Pflanzenfamilien, 12th edition, vol 1, Allgemeiner Teil. Bakterien bis Gymnospermen..
  • Melchior, H. & E. Werdermann (1964) A. Engler's Syllabus der Pflanzenfamilien, 12th edition, vol 2, Angiospermen.

分類

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新エングラー体系による種子植物までの分類を以下に示す。和名は、伊藤(1968)[8][注 2]、清水監修(1994、4-6頁)[11]及び大場(2009、313頁)に基づく。

裸子植物門

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ソテツ綱

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マツ綱

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イチイ綱

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グネツム綱

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被子植物門

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双子葉植物綱

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古生花被植物亜綱
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合弁花植物亜綱
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単子葉植物綱

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脚注

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注釈

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  1. ^ 伊藤自身も、おそらく新エングラー体系を日本に紹介する最初のものであろうと記している。
  2. ^ 伊藤(1968)は裸子植物と被子植物を亜門とし、イチイ類をマツ目に含めるなど一部変更し、日本に産する又は有用な植物のみを掲載している。

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j 清水建美「科の並べ方」『週刊朝日百科 植物の世界 創刊号別冊付録 植物用語集+植物分類表』朝日新聞社編、1994年4月17日、3頁。
  2. ^ a b c 清水建美「植物分類とその歩み」『週刊朝日百科 植物の世界 創刊号別冊付録 植物用語集+植物分類表』岩槻邦男ら監修、朝日新聞社編、1994年4月17日、1頁。
  3. ^ a b c d e f g h 大場(2009、289-292頁)
  4. ^ a b c d e 森田龍義「エングラー」『日本大百科全書(ニッポニカ)』コトバンク(2015年5月14日閲覧)
  5. ^ a b c d e f g 邑田監・米倉著(2013、15-22頁)
  6. ^ Swift, Lloyd H. (1974). Botanical Classifications. Hamden, Connecticut, USA: Archon Books 
  7. ^ Homepage of Bihrmann『Engler & Prantl system』(2015年5月28日閲覧)
  8. ^ a b c 伊藤(1968)
  9. ^ 海老原淳, 田中法生, 濱崎恭美「国立科学博物館維管束植物標本室へのAPGIII分類体系導入(記事)」『分類』第13巻第1号、日本植物分類学会、2013年、39-43頁、doi:10.18942/bunrui.kj00008580349ISSN 13466852CRID 1390001205192589696 
  10. ^ 邑田仁監修・米倉浩司著『日本維管束植物目録』北隆館、2012年4月1日、379頁、ISBN 978-4-8326-0970-9
  11. ^ 清水建美監修「植物分類表」『週刊朝日百科 植物の世界 創刊号別冊付録 植物用語集+植物分類表』、朝日新聞社編、1994年4月17日、4-6頁。

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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