第23軍 (日本軍)
第23軍(だいにじゅうさんぐん)は、1941年(昭和16年)6月28日大陸命第503号により南支那方面軍を改編して編成された大日本帝国陸軍の軍。
第23軍 | |
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創設 | 1941年(昭和16年)6月28日 |
廃止 | 1945年(昭和20年) |
所属政体 | 大日本帝国 |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
部隊編制単位 | 軍 |
所在地 | 広東省 |
愛称 | 波 |
最終上級単位 | 支那派遣軍 |
最終位置 | 広東 |
戦歴 | 日中戦争-第二次世界大戦 |
沿革
編集当初大本営直轄部隊だったが、1941年(昭和16年)8月12日から支那派遣軍隷下となった。大戦末期には連合国軍の上陸に備え陣地構築などを行うが、連合国軍は広東方面には上陸せず終戦を迎えた。
歴代司令官
編集歴代参謀長
編集- 加藤鑰平 少将:1941年(昭和16年)6月28日 -
- 栗林忠道 少将:1941年(昭和16年)9月19日 -
- 安達与助 少将:1943年(昭和18年)6月10日 -
- 鵜沢尚信 少将:1944年(昭和19年)12月16日 -
- 富田直亮 少将:1945年(昭和20年)4月15日 -
最終司令部構成
編集所属部隊
編集昭和16年末
編集最終所属部隊
編集- 第104師団:末藤知文中将[2]
- 第129師団:鵜沢尚信中将[2]
- 第130師団:近藤新八中将[2]
- 独立混成第23旅団:下河辺憲二少将[2]
- 独立歩兵第8旅団:松井真二少将[2]
- 独立歩兵第13旅団:川上護大佐[2]
- 香港占領地総督部:田中久一中将
- 香港防衛隊:岡田梅吉少将
- 独立歩兵第67大隊:広田義孝少佐
- 独立歩兵第68大隊:中川金光大尉
- 独立歩兵第69大隊:山下一男中佐
- 香港防衛隊砲兵隊:川口久勝大佐
- 第11野戦輸送司令部:小松鹿之助大佐
- 自動車第30連隊:大井直一少佐
- 自動車第35連隊:藤崎誠大佐
- 自動車第36連隊:伊藤亀義大佐
- 独立自動車第31大隊:山下浩之大尉
- 独立自動車第32大隊:河村清作少佐
- 独立自動車第33大隊 佐藤幸一大尉
- 戦車第3連隊:田幡武大佐
- 独立山砲兵第51大隊:矢吹忠一少佐
- 電信第13連隊:斎藤勇大佐
- 香港憲兵隊:金沢朝雄中佐
- 香港俘虜収容所
- 香港防衛隊:岡田梅吉少将
- 野戦部隊
- 独立混成第31連隊:徳本光信大佐(置終位置:金門島)
- 野戦高射砲第55大隊:飯野美男少佐
- 野戦高射砲第59大隊:仲田志郎大尉
- 独立工兵第59大隊:迎常操大尉
- 船舶関連部隊
- 第2船舶輸送司令部南支支部:白木久雄大佐
- 第12船舶団司令部:此木友之大佐
- 船舶工兵第34連隊:長尾曻大佐(最終位置:汕頭)
- 第64碇泊場司令部:海上貞少佐
- 第1野戦船舶廠:白木久雄大佐
- 輸送部隊
- 第13野戦輸送司令部:角和善助少将
- 自動車第39連隊:北原利則中佐
- 独立自動車第85大隊:池永嘉衛少佐
- 独立輜重兵第55大隊:浅利政基少佐
- 兵站部隊
- 南支那派遣憲兵隊:重藤憲文少将
- 電信第14連隊:都築末吉中佐
- 鉄道第15連隊第1大隊:古川保範大尉
- 第66兵站地区隊:福田伊五郎大佐
- 第2水路輸送隊:増山藤平中佐
- 第56野戦道路隊:大坪忠國中佐
- 兵站病院
- 第136兵站病院:田中厳軍医中佐
- 第160兵站病院:北村義雄軍医大佐
- 第180兵站病院:山本修軍医中佐
- 第200兵站病院:矢野義徳軍医少将
- 医療関連部隊
- 第7患者輸送隊:佐東清軍医少佐
- 南支那防疫給水部:亀沢鹿郎軍医大佐
- 南支那軍馬防疫廠:斎藤寿獣医少佐
- 第23軍病馬廠:佐々木國男獣医少佐
- 第23軍補給廠
- 第23軍野戦兵器廠:桜井幸衡中佐
- 第23軍野戦自動車:廠安田孝信少佐
- 第23軍野戦貨物廠:宮林彦次主計大佐
脚注
編集参考文献
編集- 藤井非三四 著『知られざる兵団 帝国陸軍独立混成旅団史』国書刊行会、2020年。ISBN 4336065977。
関連項目
編集外部リンク
編集- 第23軍(波) アジ歴グロッサリー - アジア歴史資料センター