催奇性
催奇性(さいきせい、英: Teratogenesis)とは、妊娠中(妊婦)や妊娠直前の女性、又は直近に妊娠させる予定がある男性の体内に入ると、胎児に奇形を起こす作用[1][2][3]。催奇性が強いモノでは、投与を辞めた後でも女性最低2年間、男性も半年間は避妊が必要な医薬品もある[3][4][5][6]。催奇形性とも言われる[2]。
概要
[編集]アルコール、タバコなどの化学物質のほか、フェニトイン、トリメタジン、ワルファリン、ブスルファン、アミノプテリン、サリドマイドなど妊娠に無関係な人には適切量処方で有益な薬剤の中には、胎児の器官形成期に母体が摂取すると胎児に奇形等の悪影響を及ぼすことが確認されている[1]。催奇性物質が人体に取り込まれた場合、胎児に奇形を生じる危険があるため、特に妊娠予定直前の男女や妊婦への処方については、医師や薬剤師への相談が重要である[2][4]。
医薬品
[編集]サリドマイド
[編集]1957年に発売された睡眠薬サリドマイドの催奇性は数千人とも言われる奇形児を産み出すこととなった。当時一般に用いられていた実験動物のマウスやラットでは催奇性が見られず、ウサギを用いた試験で初めて危険性が明らかになった。以降から妊婦や妊娠前には厳禁となったが、催眠作用と免疫系の増強・調節作用や腫瘍細胞の自滅誘導作用・増殖抑制作用など持ち、抗多発性骨髄腫薬、ハンセン病の2型らい反応治療薬として活用されている[7]。特に、予後不良となっている多発性骨髄腫の重要な治療薬へ位置づけられており、患者からも希望されている[8]。
エトレチナート
[編集]エトレチナートは、乾癬や毛孔性苔癬(毛孔性角化症)など角化症の治療薬となる。しかし、催奇形性の強い薬であり[4]、投与中止後も女性は最低2年間は避妊する必要がある。男性も投与中だけでなく、投与中止後最低6ヶ月は避妊する必要がある[3][4][5][6]。「チガソン」「エトレチナートカプセル」の名で販売されている[4][9]。
イソトレチノイン
[編集]世界的には痤瘡(にきび)の治療で使用されるイソトレチノインが重大な催奇性を有すると考えられている。日本では、その副作用を懸念し、未承認医薬品となっているものの、座瘡の治療は催奇性のあるテトラサイクリン系が推奨されている。(ただし、妊婦や授乳中の母親、8歳未満の小児への投与は可能な限り避けられるべきとされている[10])
その他
[編集]- トレチノイン(商品名ベサノイド:内用薬)-多量摂取時には、催奇形性の可能性が報告されている。 妊娠中、授乳中、妊娠予定の女性へは処方されない[11]。
- レチノイド(内服薬)-服用前後に妊娠予定の女性は避妊を行うことが必要である[12]。
- ファビピラビル(アビガン)-新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症向け薬。妊娠予定時にも避けるように注意されている[13]。
- ミコフェノール酸モフェチル-商品名セルセプト[14]。
化学物質
[編集]- ソラニン-ナス科に含まれる毒素
- ジメチルアセトアミド-工業に必要な化学物質
- シクロヘキシミド-真核生物細胞におけるタンパク質合成の阻害目的で、生化学研究分野で用いられている。
- シヘキサチン(プリクトラン)-かつて世界的に殺虫剤利用されていた。
ダイオキシン
[編集]ベトナム戦争で米軍の使用した枯葉剤はベトナムの散布地域住民および退役軍人とその子供に健康被害をもたらしたといわれている。このときの催奇性の原因として、枯葉剤に含まれていたダイオキシンとの関連が示唆されている。
ダイオキシンの曝露事例のうちセベソ事故では、女児の出生率増加、家畜の大量死、癌発生率の増加、奇形出産率の増加などが報告された[15][16][17]。セベソでは事故翌年4月から6月の妊婦の流産率は34%となった[18]。
脚注
[編集]- ^ a b “催奇性”. HelC(ヘルシー). 2022年12月23日閲覧。
- ^ a b c “催奇形性”. 時事メディカル. 時事通信社. 2023年2月26日閲覧。
- ^ a b c https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/article/568b860917afc97900e591ea.htmlエトレチナート製剤の解説
- ^ a b c d e 角化症治療剤チガソン® 適正使用のお願い ― 催奇形性
- ^ a b 服用される患者さんへ太陽ファルマ株式会社
- ^ a b “中外 角化症治療薬チガソンによる催奇形性で注意呼びかけ 服用後の先天異常児出産で”. ミクスOnline. 2023年2月26日閲覧。
- ^ 村崎充邦、日本睡眠学会編集「睡眠学の歴史と現況」 『睡眠学』朝倉書店、2009年2月、649-651頁。ISBN 978-4254300901。
- ^ 多発性骨髄腫に対する サリドマイドの適正使用ガイドライン - 厚生労働省
- ^ “チガソンの催奇形性で注意喚起、重症例のみで使用を PMDA”. MEDIFAX web(メディファクス ウェブ). 2023年2月26日閲覧。
- ^ ミノマイシンカプセル50mg/ミノマイシンカプセル100mg 2016年11月改訂(第18版)
- ^ “トレチノイン”. 下馬皮膚科クリニック. 2023年2月26日閲覧。
- ^ https://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/article/556e7e5c83815011bdcf82e6.html
- ^ “新型コロナへのアビガン投与、妊娠可能性ある女性では着床不全リスク考慮し避妊期間を延伸―厚労省”. GemMed (2020年8月19日). 2023年2月26日閲覧。
- ^ https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/di/trend/201608/547797.html
- ^ 横浜市衛生研究所 ダイオキシンについて .
- ^ 食品安全に関するリスクプロファイルシート .農林水産省
- ^ Bruna De Marchi ,Jerome R.Ravetz, "Risk management and governance : a post-normal science approach", Futures, vol.31, (1999), pp.743-757.)
- ^ イタリア・セベソの化学工場での爆発 . 畑村創造工学研究所