コラム:G7で日本だけデフレ再燃懸念、緊急事態宣言の延長とワクチン遅延
田巻一彦
[東京 7日 ロイター] - 5月31日まで延長される東京都などへの緊急事態宣言は、個人消費を下押する可能性が高い。そこで問題になるのが低い物価上昇率への悪影響だ。主要7カ国(G7)で唯一前年比マイナスの消費者物価指数(除く生鮮、コアCPI)は、さらに下落する恐れがある。G7で最も低い新型コロナウイルスのワクチン接種率もこの流れに拍車をかけ、デフレ再燃のリスクさえ浮上しかねない。
<緊急事態宣言延長の波紋>
経済への影響を懸念する政府は、緊急事態宣言の延長と対象地域の拡大に伴い、百貨店などへの休業要請は営業時間の短縮要請に変更する。大型イベントでの無観客要請は、最大5000人もしくは定員の半分をめどにした限定収容に切り替える。
それでも、対面型サービスを中心にした個人消費への影響は避けられない。幸い米国や中国向けの輸出が好調なため、製造業は一部でフル操業になっているほか、海運なども荷動きが活発化し、大幅な増益基調になっている企業が増えている。マクロ的に見ても、輸出型の製造業がけん引する形で内需の落ち込みをカバーし、4─6月期の国内総生産(GDP)は、マイナス成長と予想される1─3月期から小幅のプラスないし横ばいと予想しているエコノミストが多い。
<コアCPIマイナスの日本>
だが、問題は弱い内需に影響されてCPIの前年比が、マイナスに転落しているという事実だ。これは他の米欧諸国と比較するとわかりやすい。
米国では、米連邦準備理事会(FRB)が金融政策運営で重視している個人消費支出価格(PCE)のコアベース(除く食品、エネルギー)が、3月に前年比プラス1.8%と前月の同1.4%から大きく伸びた。
ドイツの4月CPIは同2.1%、英国の3月CPIも同0.7%と前月から伸び率が加速した。いずれも新型コロナの感染拡大に歯止めがかかり、落ち込んでいた個人消費が回復し始め、価格を押し上げる方向に作用し始めた点が共通している。
ところが、日本は3月のコアCPIが同マイナス0.1%。先行指標となる4月東京都区部のCPIは、携帯料金値下げという特殊要因が0.44%ポイントのマイナス効果となり、同マイナス0.2%だ。
仮に携帯値下げがなかったとしても、米欧との比較でCPI上昇率が低いのは歴然としている。それはなぜか──。
グローバルな景気回復の流れを受けて、国際商品価格は足元で上昇を続け、日本国内でも4月から油や砂糖、小麦を使った食料品の値上げが報じられた。4月の東京都区部のデータを見ると、油脂・調味料は前年比プラス0.6%となっている。しかし、全体への寄与度はわずか0.01%に過ぎず、物価を押し上げる力になっていない。
これは、消費者サイドの購買力に弱さがあり、価格を上げると売れなくなるという傾向が鮮明で、多くの商品で企業が値上げに踏み切れないからではないか。
加えて個人への直接給付に力点を置いた米国とは異なり、日本では10万円の特別定額給付金を除けば、企業を経由した財政支援が多く、コロナ禍における所得格差の拡大も相まって、全体としての個人消費のパワーが回復できていない現状があると指摘したい。
<遅れるワクチン接種、サービス消費に打撃>
米欧諸国では着実に進展しているワクチン接種が日本では遅延しているのも、サービス消費の回復を著しく阻害する要因となっている。5月7日現在のG7の接種状況(Our World in Data)は、人口100人当たり換算で英国が75.46回、米国が74.62回、ドイツが38.91回、カナダが38.60回、イタリアが36.61回、フランスが35.14回。これに対して日本は3.03回と遅れが特に目立つ。
菅義偉首相は9月までに全国民分のワクチンを確保できると明言しているが、果たして接種が加速するのか、医療関係者の中でも疑問視する声が少なくない。ワクチン接種の遅れは、対面型サービスの回復に大きな打撃となり、旅行や宿泊、外食などの業績回復で、欧米に大きく水を空けられることになる。
サービス消費の低迷は、この分野の価格下落を招くだけでなく、そこで働く人たちの雇用・所得環境を圧迫し、消費全体の活況を妨げる大きな要因になる。
ここに携帯料金の値下げ効果が加わるため、今年前半だけでなく後半にかけても物価には押し下げ圧力がかかりやすくなるだろう。
日銀の黒田東彦総裁が何度も指摘しているように、日本のインフレ期待は現状の物価が停滞したり、下がり出したりするとその影響を受けやすい特質を持っている。物価がジリジリとマイナス幅を大きくするような展開になれば、インフレ期待も下がり出してデフレ懸念が再燃しかねなくなる──というのが、最悪シナリオだろう。
<財政で消費のてこ入れすべき>
「元の木阿弥」にならないようにするには、まず、財政によるサポートが欠かせない。なぜなら、今年の春闘を見ても賃上げ率は1.83%(連合調べ)と18年、19年の2.07%、20年の1.90%から緩やかな「右肩下がり」になっているからだ。
足元の輸出企業の「フル操業」に近い好況でも、賃上げ率が全体として上向かないなら、政府がサポートして弱々しい個人の購買力を支えるしか、物価の低落を止めることはできないだろう。
もし、5月31日になってもコロナ感染者の減少がままならず、6月以降も緊急事態宣言を継続するような事態に直面した場合、政府は追加の経済対策策定に直面することになると予想する。
その時は、これまで消極的だった個人への直接的な支援を対策の柱に据え、所得税の課税最低限を下回る人たちを対象にした大規模な直接給付と、期間を限定した消費税率の引き下げなどの大胆な消費喚起策を検討してほしい。
手をこまねいていると、G7の中で日本だけがデフレに陥るという「危機」に直面しかねない。
●背景となるニュース
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