焦点:メキシコ版シリコンバレー誕生か、トランプ氏の「壁」逆手に
Salvador Rodriguez and Julia Love
[サンフランシスコ/メキシコ市 17日 ロイター] - メキシコは、トランプ政権が掲げる強硬な反移民政策を逆手に取り、アマゾンやフェイスブックをはじめとする米国のテクノロジー企業の呼び込みに成功している。
今年に入り、オンライン小売り大手アマゾン・ドット・コムは、首都メキシコ市に技術開発部門のオフィスを新設。インターネット交流サイト(SNS)大手フェイスブックも、同地域での技術人材開発のため、現地グループと提携を結んだ。
米ソフトウエア大手オラクルは、太平洋沿岸のメキシコ中部ハリスコ州でオフィスを拡大する計画で、大量の雇用が創出されるとみられている。現地当局が明らかにした。
ハリスコ州の州都グアダラハラでは、年末までに10社が拠点を構える見込みで、さらに60社が進行中だと、新興企業の誘致を支援する団体は語る。多くの新興企業に人気のある、シェアオフィスを手掛ける米ウイワークは、昨年9月にメキシコ市に進出して以降、5カ所にオフィスを開設し、すでに6000人が働いているとしている。
移民の米国流入を削減しようとするトランプ大統領の試みを受けて、中国やカナダといった国々は、従来であれば米国に向かっていたであろう技術者や新興企業の獲得に力を入れ始めている。
トランプ氏の反移民政策には、多くの米テクノロジー企業が外国からの専門性の高い外国人労働者を引き寄せるために頼りにしてきた一時就労ビザ「H─1B」の発給抑制も含まれている。
メキシコには急がなければならない理由がほかにもある。
メキシコ出身の移民60万人以上が現在、幼少時に親と不法入国した若者の在留を認める米移民救済制度「DACA」の庇護を受けているからだ。
9月にトランプ政権がDACA撤廃を発表したことで、「ドリーマー」と呼ばれるこうした移民たちは今後、米国外に仕事を求めざるを得なくなる可能性がある。
「十分に準備をしてきた人たちには、良いソフトランディングになるかもしれない。アメリカンドリームをメキシコで取り戻すチャンスとなる」。サンフランシスコのテクノロジー企業ワイズラインのビスマルク・レペ最高経営責任者(CEO)はそう語る。メキシコ市とグアダラハラにある同社オフィスには社員260人が働いている。
ワイズラインは、強制送還に直面する可能性があるドリーマーたちに、米国に戻るのに必要なビザを取得するまでの1年間、メキシコで働ける仕事に応募するよう勧誘している。
確かに、メキシコのテクノロジー産業にとって、果たしてその利点が十分に大きく、長続きするかどうかはまだ分からない。米議会でDACAを継続させる法案が通る可能性もあるため、ドリーマーたちの運命はいまだ定まっていない。
メキシコの政府統計では今のところ、外国人労働者に認められる一時的な在留カードの発行増加は見られず、これまで米国のH─1Bビザ取得を目指していた人たちが、メキシコにまだ目を向けていないことが示されている。
<口説き文句>
とはいえ、メキシコのテクノロジー業界における雇用は近年、健全なペースで増加しており、持続的成長の兆しが至るところで見られる。
ビジネス向けSNSの米リンクトインがまとめたデータによると、メキシコの3大都市圏であるメキシコ市、グアダラハラ、モンテレイにおけるソフトウエア業界の雇用は今年、それぞれ8.8%、7%、10%拡大。前年の増加率である6.8%、4.6%、6.8%をすでに超えているという。
「技術分野の強い基盤と機会があるなら、ある時点でその市場に参入し現地にオフィスを構える方が理にかなっている」と、アマゾンでソフト開発のシニアマネジャーを務めるスティーブ・マクファーソン氏は言う。同社はメキシコでの技術チームの規模を明らかにしていないが、積極的に雇用していると同氏は述べた。
[1/3] 10月17日、メキシコは、トランプ政権が掲げる強硬な反移民政策を逆手に取り、アマゾンやフェイスブックをはじめとする米国のテクノロジー企業の呼び込みに成功している。写真は、グアダラハラに進出した米企業ワイズラインで働くエンジニアのエジプト人女性。5日撮影(2017年 ロイター/Daniel Becerril)
フェイスブックも今年、メキシコ市で、地元のプログラミング専門学校「Dev.F」との提携を含む3つの計画を立ち上げた。世界最大のSNSを提供するフェイスブックにとって、メキシコでの事業拡大の地ならしだと、同学校の共同創設者マヌエル・モラト氏は話す。フェイスブックは現在、メキシコに100人近い従業員を抱えている。
グアダラハラでは、地元の非営利団体「スタートアップGDL」が、高成長が見込まれる新興テクノロジー企業の誘致計画を今年開始した。
口説き文句は簡単だ。
ハリスコ州にある大学は毎年7000─8000人に上る技術系卒業生を輩出している。生活費と賃金は米シリコンバレーと比べて安く、グアダラハラはサンフランシスコのベイエリアへの直行便を提供し、カリフォルニア州へわずか2時間で往来できる。さらには、技術系労働者のメキシコ移住は容易だ。
今年はこれまで外国企業5社がグアダラハラでオフィスを新設。年内にさらに3─5社が開設する見込みだと、スタートアップGDLは語る。
オラクルなどが拠点とするハリスコ州サポパン市のパブロ・レムス市長は、来年にかけて40─50社の新興企業がオフィスを開くと推測する。
<ドリーマーにチャンス>
一部の企業は、ドリーマーの採用に特化している。
「彼らは非常に能力が高く、ほとんどがバイリンガルで、非常に優れた経験の持ち主だ」と、ハリスコ州に大規模な拠点を置く電子機器製造受託サービス(EMS)企業、サンミナのルイス・アギーレ氏は言う。「われわれは素晴らしい人材プールを得ることになる」
サポパン市はドリーマーを呼び込むキャンペーンを開始し、米国のメキシコ領事館にパンフレットを置いている、とレムス市長は語った。
ハリスコ州におけるテクノロジー業界の雇用は近年、堅調に拡大しており、2015年の10万5000人から、今年は11万5000人に達する見通しだと、同州の担当者は明らかにした。
トランプ政権の移民取り締まりが実行に移されれば、ハリスコ州はさらにその恩恵を受けることになると、同州のアリストテレス・サンドバル知事はロイターに語った。一方、デリケートな米政治状況のなか、一部のテク企業は自社計画について沈黙を守っている。
米国外の企業は、トランプ政権によるH─1Bビザの方針変更に乗じようとしている。同ビザ取得は、従来より時間がかかるようになり、手続きが煩雑になった。同ビザの申請数も今年、過去5年で初めて減少している。
メキシコで中規模のITアウトソーシング企業「ダクシャ・コンサルティング」を営むインド人のサテュエン・ティンバディアCEOは、H─1Bビザの新たな制限が、グアダラハラで予定していた技術・デザイン拠点の拡大を決断させたと話す。同拠点では、従業員250─300人が働くことになるという。
「トランプ氏が唯一行ったこと、それは、われわれの人生を楽にしたことだ」と、同CEOは語った。
前出の米企業ワイズラインでは、メキシコ進出で得た主な利点の1つは、外国人の働き手を勧誘し、移動させる能力を得たことだという。2014年に同国でオフィスを構えてから、フランス、インド、中国といった国々から社員を迎えた。
ワイズラインは8月、エジプト人のソフトウエア開発者カリーム・サラさん(22)を採用した。サラさんは首都カイロにある大学を卒業し、同社から内定を得て1カ月もたたないうちに、エジプトからメキシコにやって来た。
「とても簡単だった」と、サラさんは語った。
(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)
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