焦点:コロナ禍の米国でホームレス急増、「破滅的危機」懸念も
[フェニックス(米アリゾナ州) 23日 ロイター] - 米アリゾナ州マリコパ郡の州都フェニックスに住むナディーン・ベンダーさん(43)は、小さなぼろぼろの2人用テントで暮らしている。その周りには使い古されたアマゾンの段ボール箱がいくつもある。夜が明けると、それらの箱を1つ1つ念入りに調べ、自分の生活用品が何も盗まれていないか確認する。それが彼女の日課だ。
やせ細った姿のベンダーさんは、クリスマスの予定を聞かれると、マスクを着けたまま「その話題を見聞きしないようにすること」と語り、泣き出した。
フェニックス中心部に7カ月前に設置された路上生活者(ホームレス)用のテント村が彼女の生活拠点だ。道路1本を隔てた向こう側には、高層マンションや高級レストランが立ち並ぶ。もともとは駐車場だったが、新型コロナウイルスの感染大流行中にホームレスが急増したため、彼らや彼女らの安全な距離を確保する必要から、郡当局が居住拠点を設けた。
フェンスと有刺鉄線に囲まれた敷地のアスファルト面には、1世帯ごとに12フィート四方の空間がペンキで表示され、相互の距離をできるだけ取るよう求められている。
<コロナでホームレス急増>
同郡の路上では今、7500人以上のホームレスが暮らす。一方で同郡のコロナの死者も5000人に達している。
ホームレスは近年、増加が続いていたが、人数はコロナで一気に膨れ上がった。その悲惨さはフェニックスだけでなく、米国内の多くの都市でも目に見えて広がっている。
新型コロナの脅威は最も弱い人たちを感染させ重症化させていくことだけではない。何百人もの雇用を失わせ、失業者が家の強制立ち退きに直面する事態になっている。専門家によると、このままでは破滅的な住宅難民問題が起こり、今以上にさらにホームレスが生まれかねない。
感染対策のロックダウン(都市封鎖)の影響で各自治体は税収の基盤がひどく損なわれているため、ホームレス支援団体は、連邦政府が手を差し伸べるべきだと主張する。すぐに必要な資金だけでも115億ドル(に上る見込みという。
米議会は21日に9000億ドル(約93兆2200億円)規模の追加経済対策を可決したが、新たなホームレス支援予算は盛り込まれていない。一方で、3月に成立したコロナウイルス支援・救済・経済安全保障(CARES)法などを通じた住宅支援の40億ドルは底を突こうとしている。
全米低所得者向け住宅連合(NLIHC)事務局長でバイデン次期大統領の政権移行チームに助言したダイアン・イェンテル氏は「単なるパンデミック(感染の世界的な大流行)の話ではない。問題はパンデミックがもたらす金銭的な影響に加えて、連邦政府による包括的対応が全く欠如していることだ」と訴える。
バイデン氏のチームはコメント要請に応じていない。ただ陣営は公約の一つに、手ごろな価格で買える住宅の危機的な不足の解消を挙げていた。そうした住宅建設とホームレス問題解消のため10年間で6400億ドルを投じるとしている。
ハーバード大学T・H・チャン公衆衛生大学院の教授で、医療と住宅難に取り組む新プロジェクトの座長を務めるハワード・K・コー博士は「現代において、住宅難は健康面の公平性にかかわる最も切迫した課題なのに、事態は悪化しようとしている」と警告した。
<強まる立ち退き圧力>
米国でコロナの拡大が始まった春、連邦、州、下部の各自治体は経済的保護と、ホームレスが地域の感染を拡大させる懸念から、多くの住宅立ち退き案件について一時的な執行停止措置を取った。9月になると、疾病対策センター(CDC)が感染対策上の権限に基づいて、全米一律に執行を禁じた。これは今回の議会の対策が実施されれば来年1月末まで継続することになる。
しかしプリンストン大学の調査では、パンデミック発生以降、27の都市で計16万2000件強の住宅退去処分が申請されている。連邦議会は現段階ではCDCによる執行禁止措置の期限切れ問題にどう対応するか方針を示していない。
アスペン研究所は、期限切れに伴い、新たに最大4000万人が立ち退きを迫られる恐れがあると試算する。ムーディーズ・アナリティクスのチーフエコノミスト、マーク・ザンディ氏は、期限が切れたとたん、問題になる家賃や公共料金の未払いは総額700億ドルを上回るとの見方を示した。
全米で活動するホームレス支援団体の見積もりでは、昨年段階で国内のホームレスは60万人近くだった。専門家や学者によると、これが失業と住宅立ち退きによって急増すると、公衆衛生には甚大な影響が及び、パンデミックの被害はさらに格段に深刻になる。
21日に公表されたニューヨーク市会計監査官の報告書では、乳児を抱えたホームレスの家族がかびや、ネズミやゴキブリだらけの収容施設での生活を強いられていると指摘。市内を走る地下鉄がコロナ対策で午前1時から5時まで消毒のため閉鎖されるようになったため、それまで駅で暖を取っていたホームレスの多くが、地下鉄のトンネルのさらに奥に潜り込むか、防水シートや食料品店のショッピングカートで歩道に作った「小屋」に入り、凍えているしかないという。
支援団体によると、ニューヨーク市内のホームレスのコロナ死亡率は、そうでない人に比べ78%も高い。
カリフォルニア州ロサンゼルス市では、一部の市議会議員が大人数の収容が可能な大規模展示会・会議用施設をホームレスの避難場所として活用する計画を進めようとしている。しかし既に実行した同州サンディエゴ市では、そうした大規模施設でコロナ感染が拡大し、陽性者が利用者と職員で計190人出た。
ジョンズ・ホプキンス大学など5大学の11月30日の報告によると、CDCが9月に立ち退き執行を禁止する前、夏場にかけて執行猶予期限を迎えた27州では、新型コロナ死亡率が5.4倍に跳ね上がった。
<人呼んで「トランプ村」>
フェニックス中心部のホームレス収容拠点で暮らす人々は、その場所を「ゾーン」と名付けた。大恐慌時代の貧民地区が、当時のフーバー大統領の無策ぶりへのあてこすりで「フーバー村」と称されたのにならう動きもある。そういう人は「トランプ村」と呼ぶ。もちろんトランプ大統領によるコロナ対策への不満がうっ積しているからだ。
ゾーンに住む何百人もの人は、距離を保てと言われても密集状態になるのを避けられず、マスクを着用していない人も頻繁に目につく。多くは寝袋や防水シートの上で生活し、水道設備がないので、手洗いなど基本的な感染防止策は困難。敷地のへりに簡易トイレと洗濯場所を設置したが、排泄物やごみがあちこちに散乱、悪臭に覆われている場所もある。
ウイルス検査を受けられて陽性反応が出た人は、慈善団体が提供する宿泊施設に入ることもできる。これも空きがあればの話だ。
以前は子どもの養育の仕事をしていたベンダーさんは、パンデミック以降、ホームレスが多様化したと話す。医師だった人、法律事務所の職員だった人に出会ったこともあり、極めつけは元オペラ歌手もいたと話す。
「私たちの多くは働いて、路上生活から抜け出したいと思っている。でもパンデミックのせいで、さらに不可能になったようだ」と嘆くベンダーさん。求人に応募しようとインターネットに接続したくても、図書館がコロナ対策で閉鎖されているため、それもできない。国民への現金給付が連邦議会の対策に盛り込まれても、コンピューターも住所もない自分たちは、どうやって申請し受け取るのかと途方に暮れている。
「私は以前、人生がこれ以上に悪くなることがあるとは思わなかった。でも実際にそうなってしまった」とベンダーさんは悲痛な面持ちでつぶやいた。
(Michelle Conlin記者)
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