焦点:ウクライナ侵攻で逆風一転、欧州最大級ガス田が増産機運

[オーフェルスヒルト(オランダ) 15日 ロイター] - ウクライナ各地の病院や集合住宅が爆撃で破壊されている写真を目にして、ジャニー・シュラージさん、バート・シュラージさん夫妻は、第2次世界大戦中の自国の光景を思い出した。オランダ北部で現役引退後の生活を送る夫妻は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領による軍事作戦を足止めするのに効果的な手段を自分たちが手にしていることに気づいた。そう、天然ガスだ。
シュラージ家は、欧州最大規模のガス田、フローニンゲン・ガス田の上に建っている。10年前、相次ぐ地震により家を離れることを余儀なくされて以来、2人はガス生産に反対してきた。だが、州内での世論調査で多数を占めた意見と同様、2人は今や、ウクライナ支援につながるならばガス増産を認めてもいいと言う。
以前はフローニンゲン大学で助手を務めていたバート・シュラージさんは、窓辺に飾られたウクライナ国旗のそばに立ち、「こんな言葉が自分の口から出るようになるとは思ってもみなかった」と語る。
シュラージ夫妻の家は1997年にプレハブ工法で建築されたが、昨年、解体・再建せざるをえなくなった。ガス採掘に誘発された地震により、安全ではないと判断されたためである。2人が暮らす人口500人の村オーフェルスヒルトでは、ほとんどすべての家が全面的な改修または建て替えが必要になっている、と夫妻は言う。地元住民は何年にもわたって、ガス田閉鎖を求める運動を続けてきた。
「プーチンは、私の考えを変えることには成功した」とバートさんは言う。
こうした反応は、2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻を引き金とする欧州全体でのエネルギー政策の急変を物語っている。ウクライナのボロディミール・ゼレンスキー大統領は今回の侵攻を、欧州大陸を横切るように落ちてきた新たな「鉄のカーテン」と表現する。これによって、欧州のロシア産エネルギーへの依存が浮き彫りとなり、ロシア以外の数少ないエネルギー供給源を慌てて確保しようとする動きを招いた。非ロシア系の供給源としては米国やカタール、さらには液化天然ガス(LNG)の自国輸入分の一部を欧州向けに融通する予定の日本まで含まれる。
ロシアは民間人への攻撃を否定し、ウクライナの非軍事化に向けて「特別軍事作戦」を展開していると主張している。衝突が激化する一方で、欧州で供給の40%を占めるロシア産天然ガスは、依然として欧州に流入している。だがロシア外務省当局者は12日、欧州連合(EU)は、ロシア政府に対する制裁の結果として、石油・ガス・電力のコストが少なくとも3倍に上昇することになるだろうと述べた。
ドイツから英国に至るまで、気候変動を抑えるために脱炭素化を推進してきた政策担当者らは、その野心的計画の規模縮小を迫られている。ドイツは石炭火力発電、さらには原子力発電の運用期限を延長する可能性がある。英国の国会議員は、環境負荷が高いとされる資源採取法であるフラッキング(水圧破砕法)の一時停止措置を解除するよう政府に要求した。
フローニンゲンガス田の可採埋蔵量は約4500億立方メートル。オランダ応用科学研究機構(オランダ語の略称ではTNO)の天然ガス専門家ルネ・ペーテルス氏によれば、ロシアから欧州が輸入している量の約3年分に相当するという。
フローニンゲン産の天然ガスは、半世紀にわたり、国内での住宅用暖房や発電に用いられ、国内外の産業に電力を供給してきた。オランダ統計局によれば、オランダからドイツ、ベルギー、フランスに向けて輸出された天然ガスは、2000─2018年の期間で2020億ユーロ(約26兆5800億円)に相当する。
だが、ガスの採掘によってガス鉱床の上部の土地の安定性を損なうことは科学的に立証されている。前週、ガス生産を監視するオランダの国内団体は、生産量が低水準だとしても、ガスの採掘は安全性に欠ける住宅で暮らす人々にとって地震によるリスクを増大させていると警告した。
「大地震による家屋倒壊、あるいはストレスと不安により、フローニンゲン住民の死亡リスクが高まっている以上、安全のために、ガス生産からの段階的撤退と耐震補強の早急な実現が必要とされる状況は続く」と語るのは、オランダ鉱業監督庁で統括監察官を務めるテオドール・コッケルコレン氏。
オランダ政府は14日に発表した声明の中で、可能な限り早期、すなわち2023年か2024年にガス田を恒久的に閉鎖する目標に変わりはないと表明。ただし政府は、「ロシアによるウクライナ侵攻を一因とする」新たな不確実性のため、フローニンゲン産の天然ガスが最後の手段として必要とされる可能性があるとしている。
オランダ政府、そして国際石油メジャーのシェル、エクソンモービル両社による合弁企業であり、フローニンゲンガス田での生産を管理するオランダ石油会社(NAM)を相手に何年にもわたって展開された補償をめぐる紛争を経て、フローニンゲン住民の多くは増産に反対している。NAMはこの記事に向けたコメントを控えた。
シュラージ夫妻は、家屋の再建を完了するために退職金の貯蓄から2万5千ユーロを取り崩さなければならなかったと話す。夫妻は、将来的に生じうる損害のコストを補償するよう政府が約束することを求めているが、状況が改善するならば、家が倒壊してもそれだけの意味はあるかもしれない、と言葉を添える。
「この街はガス田のおかげで振り回されてきた」とバートさん。「だが、それを何か前向きな方向に活かし、ウクライナでの戦争を終わらせることに貢献できるならば、そうする必要がある」
<繁栄と痛み>
もしそうなれば、フローニンゲンの住民にとっては劇的な変化だろう。ロシアによるウクライナ侵攻のわずか数週間前には、住宅改修の工事現場や廃屋が点在する通りで暮らすシュラージ夫妻は、ガス採掘の停止を求め、燃えるたいまつを持って行進する数千人のデモ隊に加わっていた。
1959年に発見されたフローニンゲン・ガス田は、世界でも最大規模に数えられる。このガス田は多くの点で、戦後オランダの、そして欧州大陸全体の繁栄を象徴していた。
生産量がピークとなった1982年、フローニンゲンはオランダの年間政府予算の5分の1近くを賄っていた。ガスによる収益は大規模なインフラ整備プロジェクトの財源となった。何百万もの家計と企業が全国規模のパイプライン網に接続し、天然ガスは電力を生み出し、産業の成長を加速させた。
市民団体の集合体であるフローニンガー・ガスベラードのリーダーとして、地域住民のガス生産に関する懸念の解消を求めてロビー活動を行ったヤン・ウィグボルドゥス氏によれば、フローニンゲン自体がガス生産から受けた恩恵はわずかだったという。
組織的な反対運動が始まったのは2009年だが、住民が家屋補修に対する補償を勝ち取るには長年にわたる運動が必要だった。2015年になってようやく、当局は地震が安全上のリスクであることを認めた。
NAMは以前からずっと地震とガス生産の関連性を否定してきた。2018年、NAMはオランダ政府と補償金の負担について合意し、費用の大部分を支払ってきた。だが同社は先月、現在続いている損害賠償金の支払いに関する調停を申し立てた。
大地震が起きれば、多くの住民が暮らす家が倒壊する可能性がある。フローニンゲン担当政府調整官が作成した報告によれば、1月末の時点で、政府の指示による調査で補強の必要性が確認された2万7千以上の世帯のうち、安全が宣言されたのは14%にとどまっており、計画は数年遅れているという。
1990年代以降、20万件を超える損害報告が提出されている、とウィグボルドゥス氏は言う。
だが、ウクライナ侵攻により、フローニンゲン住民の懸念を巡って新たな状況が生まれた。
シュラージ夫妻は、ウクライナでの戦闘は、第2次世界大戦時のナチスによるオランダ占領の記憶に重なると語った。当時、フローニンゲン州の男性は塹壕掘りに駆り出され、洪水を起こすために防波堤が破壊された。これは連合軍部隊の前進を遅らせるための試みの一環だったが、効果は上がらなかった。
オランダ国内のメディアが最近実施した世論調査によれば、ロシア産天然ガス輸入の削減という結果につながるならば、天然ガス採掘を漸減してゼロにする政策を政府が放棄しても世論の支持を期待できることが示唆された。
ダグブラッド・ファン・ノールデン紙が行った世論調査では、フローニンゲン州内の回答者3000人のうち過半数となる61%が、オランダが消費するガスの最大20%を供給するロシア政府への依存を抑えられるならば、地元ガス田における増産を支持すると回答した。
2月末、オランダ公共テレビの時事番組「エーンファンダーグ」のために行われた全国規模の世論調査では、2万1000人を超える回答者のうち63%が、ロシアが欧州向け輸出を停止するならば、フローニンゲンガス田での採掘再開を支持すると答えた。
「ここでは、安全性に問題のある家屋が倒壊するかもしれない」とウィグボルドゥス氏は語った。「だがウクライナでは、今まさに血が流されているのだ」
(Anthony Deutsch記者、翻訳:エァクレーレン)

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