PFU「HHKB Studio」、44,000円(税込/2024年8月21日時点の公式サイト価格)
パソコンやスマートフォン、タブレットと接続して使う外付けキーボードにはさまざまな種類がある。価格.comの「キーボード」カテゴリにおいても、ケーブルの有無や使われているキースイッチの種類、テンキーの有無や、鮮やかに光るLEDが組み込まれたゲーミングタイプなど選り取り見取りだ。その中に”高級キーボード”と呼ばれるモデルがある。
単価は3万〜4万円台。安価なキーボードが1,000円を切ることを考えれば、なぜそこまで高価なモデルがあるのかと疑問に思うかもしれない。
しかし、これらの高級キーボードには、大枚をはたいても購入したくなる大きなメリットがある。この高級キーボードカテゴリにおいて代表格と言える存在である「HHKBシリーズ」の最新モデルPFU「HHKB Studio」を試用し、どのような魅力があるのかを探っていこう。
HHKB(Happy Hacking Keyboard)の歴史は1990年代にはじまった。
「アメリカ西部のカウボーイたちは、馬が死ぬと馬はそこに残していくが、どんなに砂漠を歩こうとも、鞍は自分で担いで往く。馬は消耗品であり、鞍は自分の体になじんだインターフェイスだからだ。いまやパソコンは消耗品であり、キーボードは大切な、生涯使えるインターフェイスであることを忘れてはいけない」(和田英一氏・談。HHKB公式サイトhttps://happyhackingkb.com/jp/より)
当時、さまざまな規格の並立によってパソコンが変わるたびにキーボードのキー配列が変わってしまい、プロのユーザーにとって使いにくさを感じてしまう状況だった。そこで東大名誉教授の和田英一氏が自身にとって理想のキー配列となる「Alephキーボード」を発案。1995年にPFUの技術者と出会い、1996年冬にファーストモデルである「KB01」が生まれた。
「KB01」は研究者やプログラマーなどのユーザーに向けたキーボードだったが、手や指を動かす範囲が狭く効率よく文章を入力できることから、日常的にパソコンを使うユーザーからも注目されていく。そして2003年には打鍵感にもこだわり、キースイッチを"静電容量無接点方式"とした「HHKB Professional」がリリースされた。
日々使うものなのだから、高価であっても身体への負担が少ないものを。ビジネスマンが座り心地のよい高級なビジネスチェアを求めるのと同じように、「HHKB Professional」を手に取る人が増えていき、打鍵感にすぐれた高級キーボードというカテゴリが生まれたのだ。
2023年10月に発売された「HHKB Studio」は、Happy Hacking Keyboard KB01の英語配列または、HHKB Professional JPの日本語配列を引き継ぎつつ、All-in-Oneというコンセプトの基でポインティングスティック、3つのマウスキー、そしてカスタマイズが可能なジェスチャーパッドを搭載した最新モデルだ。
トラックポイントや3つのマウスキーなどの機構が増えているが、歴代HHKBとほぼそっくりな外装となっている
文字入力のプロフェッショナル向けという立ち位置の外付けキーボードだった従来のHHKBシリーズに対し、「HHKB Studio」は映像作家やYouTuber、カメラマン、デザイナーといったクリエイター層に向けて開発された。マウス操作をするときもキーボードから手を離さなくて済むようにポインティングデバイスを内蔵した。
独特の打鍵感を支えていた"静電容量無接点方式"を廃止し、"メカニカルスイッチ"としたのも「HHKB Studio」の大きな特徴だ。
筆者は自宅で"静電容量無接点方式"の「HHKB Professional HYBRID Type-S」や東プレの「REALFORCE」、さらにゲーム用としてダイヤテック「FILCO Majestouch メカニカルキーボード」を使用しており、また外出先では主にMacBook Airの内蔵キーボード&タッチパッドを使ってきた。
その経験を踏まえ、「HHKB Studio」をテストした。
キーボードのほぼ中央部、G・H・Bキーにかぶさるようにして装備されているのが「HHKB Studio」のポインティングスティックだ。ThinkPadのトラックポイントと位置は同じ。ストロークの差があるために操作感はやや異なるが、人さし指をポイントの上に置き、軽く傾けるだけでマウスポインタをコントロールできる。
キーボード下部のベゼル部にある3つのボタンはマウスキー。基本動作は、Windowsノートパソコンの3連マウスキーと同じだ。
ノートPCのThinkPadシリーズを使ってきたユーザーにはおなじみのポインティングスティックが備わる
「HHKB Studio」が採用したメカニカルキースイッチには、「Kailh」製のオリジナルカスタム静音スイッチが採用されている。メカニカルキースイッチのデファクトスタンダードと言える「CHERRY MX」軸で表すなら、打鍵感がリニアな赤軸に近いものとなる。ちなみに文字キーだけではなく、マウスキーの部分にも同じパーツが使われている。この静音スイッチはユーザーの好みに合わせて交換が可能だ。
各キートップを外すと、メカニカルキースイッチが見えてくる
パネル面を指でスライドすることで操作できるジェスチャーパッドが、本体側面の4箇所か所に備わっている。これは一種のファンクションキー。で、左右または上下に指を動かすことで、設定したショートカットキーなどが有効になる。
前側面左右に2機のジェスチャーパッドが備わる
右側面、左側面にも同様にジェスチャーパッドが備わっている
WindowsまたはMac OS用に提供されている「HHKB Studioキーマップ変更ツール」を使うことで、「HHKB Studio」を細部までカスタマイズ可能だ。プロファイルは4つまでだが、ファンクションキーを用いることで1つのプロファイルにつき4つのキーマップを登録可能。つまり16パターンものキーマップを駆使できる。アプリごとにカスタマイズしていくと、超小型キーボードとは思えないほど多くのショートカットを組み込める。
専用アプリの「HHKB Studioキーマップ変更ツール」で各キー/ジェスチャーパッドをカスタマイズできる
これだけ多くのキーマップが使えるなら、動画編集アプリなどのクリエイティブツールだけではなく、ライブ配信アプリでも生配信中にフルコントロールできる。仮に机の上が狭くても多機能性を活かせる。
「HHKB Studio」は有線接続のほか、無線接続も可能だが、再充電可能なバッテリーは内蔵していない。ワイヤレス環境で使う際は単3乾電池4本が必須だ。
バッテリーは非内蔵。単3電池4本またはUSB給電で駆動する
有線接続時に使うUSB Type-Cポートは、キー配列変更時にも使う。個人的には単3乾電池4本を入れて持ち運ぶよりも、スマートフォンなどの充電用に持ち歩くことが多いUSB Type-Cケーブルでつないだほうがよいと感じた。
接続用のポートはUSB Type-C1口のみ
キーボードの奥側の高さを変えられるキックスタンドも備わる。高くするとキーが指を迎えてくれるかのような感覚になるが、手首の返しがキツいと感じるならば、平置きで使うといい。
キックスタンドの高さは2段階+平置きで3段階の高さが選べる
実際にタイプしてみよう。押下圧は45gでキーストロークは3.6mm。キーボードとしてはスタンダードなものだ。しかし、普及価格帯のキーボードとは押したときの感触が段違い。最初は抵抗を感じるが、入力したい文字のキーを意識すると力を込めたつもりはないのにスッと指が下がり、タイプできる。やわらかくも底突きがしにくいのも特徴だ。タイプ音はメカニカルキーボードと言われないと気づかないくらい静か。感覚的に疲れにくい、とても良質なキーボードだ。
むだのないキー配列。各キーに指が届きやすい
メカニカルキースイッチは独自開発品で、やわらかく打鍵できるあたりは従来の製品と似ている。しかし、キーの押し返しに空気のような弾力性のある質量が感じられない。擬音で表すなら、従来のHHKBは「ふにっ」とした打鍵感だが、「HHKB Studio」は「ふかっ」としている。従来のHHKBのタイプ感とは本質のところで差があるように感じられる。
ポインティングスティックの操作感は歴代「ThinkPad」に近しいもので良好だ。ただし軸が長いためだろうか、力のかけ方でマウスポインタの動き方が変わってくる。この違和感を改善するには、OS側の設定で、「ポインターの精度を高める」(Windows)、「ポインタを加速」(Mac OS)の機能を無効にしておくとよい。
ポインティングスティックの操作感は軽く良好
「ThinkPad」のマウスキーは浅く、硬質なクリック感があったが、「HHKB Studio」はほかのキーと同様にキーストロークに深みがあり、やわらかい。これは好みが分かれるところ。個人的には硬く、薄いスイッチであってほしかったと感じる。
前面にあるジェスチャーパッドは親指が置きやすいポジションのため使いやすい。左右へのスライドもしやすいので、多用するショートカットを登録しておくと、今までのようにShift+Alt+◯キーのような操作をしなくて済むので快適だ。
多用するショートカットを登録しておきたいジェスチャーパッド
ただし、側面のジェスチャーパッドは少々厄介だ。両手の小指をホームポジションの位置から意識して動かす必要があり、かなりの慣れが必要。とはいえ、これは時間が解決してくれるだろう。
MacBook Air 13の上に置いて使うこともできる。ただしキックスタンドは立てずに平置きにすること
プログラマーや記者に人気だった、文字列入力特化デバイスのHHKB。この立ち位置から逸脱し、大きく進化してさまざまなクリエイターの生産力を高めるキーボードにもなった「HHKB Studio」。歴史の長いHHKBシリーズの製品だが、筆者のように従来製品を長く使った人間が今までのHHKBシリーズの印象だけで選ぶと不満を感じやすいかもしれない。
打鍵感の違いが気になる人にはどうしてもなじめないところがあるだろう。ただその点は、キースイッチ交換可能な構造のため、自分好みのメカニカルキースイッチを知っているなら自分仕様にカスタマイズできる。あらかじめ東京・名古屋・大阪にあるSUPER CLASSIC店舗やレンタルサービスなどで、触れたときの感覚を確かめておくといいだろう。
また、手をホームポジションから離さずに操作できるポインティングスティックだが、マウスキーを押しながら操作がしにくいのだ。また繊細なマウスポインタの操作には向かない。マウスにはマウスの、トラックパッドにはトラックパッドのメリットがあり、「HHKB Studio」のポインティングスティックはそれを超えるものではない。
しかし、ショートカットキーが多く設定されているアプリであれば、ポインティングスティックの操作を大幅に減らせる。そうすれば「HHKB Studio」のメリットが勝ってくる。つまり、ベストなキーボードとなり得る。決して軽くはない(英語配列で840g、日本語配列で830g)が、移動先でもキーボードをフル活用するなら持っていきたくなる魅力もある。
そういった点を理解できる人であれば、44,000円(税込)という「HHKB Studio」の価格は決して高いものではない。1年間毎日使うものとしたら、1日あたり120円と少し。それだけでこの快適な入力デバイスが使えるのだから。