淡く切ない初恋の記憶。
それは時間とともに美化されて、美談になって、どんなに心の中で脚色されても、結局は過去のことであり、徐々に忘れて行くものです。
主人公は年上の男性に憧れるも、次第に記憶が薄れ、大人になった頃にはおぼろげな思い出として、形骸化してしまう…。
この恋は墓まで持って行く、なんていう誓いも、そのときの感情論でしかなく、大人になって振り返ると、何とも滑稽に写ってしまう。
花火はどこへ消えるのか。
思い出は、記憶は、あのとき感じた真剣な気持ちは、どこへ霧散してしまったのか。
恋愛なんて所詮そんなもんさ、とシニカルに笑うのは簡単ですが、心の在り処について考えさせられる、素敵な掌編だと思います。
これはひと夏の思い出と、初恋の物語。姉の恋人であり、いずれ自分の兄になる人の恋をした切ない思い出の物語。
恋してはいけない人に恋をしてしまった妹の一人称で綴られる物語なのだが、けっして禁断の恋に発展したり、姉といがみ合ってドロドロとしてしまうような昼ドラ的な展開にはならないので、安心して読み進めてほしい。
むしろ、物語はものすごく穏やかに進み、そして穏やかに終わっていく。まるで夏の終わりの線香花火のように、すがすがしく切ない物語なのだ。
文章は淡泊でありながら情緒的で、細部にまでわたって抑制が効いている。そして巧みな比喩表現と、思わず胸を突く文章に、僕たち読者が過去に経験した初恋の思い出が、ふわりと喚起することは間違いないだろう。
そして読み終わった後で、あれほど思い悩んでいた、激しく燃え上がっていた、切なさに苦しんだ僕たちの初恋が、夏の花火のように消えてしまっていることに気が付くだろう。
この短くも愛おしい物語と共に記憶の川べりに立ち、あの日の花火を探してみませんか?