第39話
扉が開き、その奥に広がる光景が私の目に飛び込んでくる。
するとそこは、およそ集中治療室という単語から連想される通りの部屋であった。
部屋の中央には治療用と思われる大きなベッドがあり、その周りには心電図や人工呼吸器等の機械類がごちゃごちゃと設置されている。
そしてベッドの上には、頭に包帯を巻かれ、機械類から伸びる管やコードに繋がれた少女が横たわっており、ベッド脇に置かれたパイプ椅子にもまた、少女が一人本を読みながら座っていた。
私はその光景に息を呑み、その場から動く事ができなかった。
なぜなら、ベッドに横たわる少女と椅子に座る少女は、私と同じ顔をしていたからだ。
いや、顔だけではなく、体格も私とまるっきり同じであり、まるで私自身がそこにいるかのようであった。
鈴木君を見ると、彼はただ唖然として二人の私を見ている。
鈴木君が私の手を握る力が、ほんの少し強くなったような気がした。
すると、パイプ椅子に腰掛けて本を読んでいた私がこちらを見て、本を閉じた。彼女は本をベッドの端に置き、椅子から立ち上がる。
「やっぱり、あなたも来てたんだ」
彼女の声は、外見と同じく私によく似ていた。
そして彼女の視線は私ではなく鈴木君に向けられていた。
鈴木君はハッとして、彼女に言葉を返す。
「誰だお前……」
そして私と、私と同じ姿をしている彼女の顔を見比べた。
「なんで雨宮が二人……三人いるんだよ!?」
鈴木君はひどく狼狽しているが、無理もない。
私だってこの状況に混乱している。
「そっか、あなた達は何もわからないのか。でも、ここに来たって事は、元の世界に帰りたいと思っているって事でいいのかな?」
私は小さく頷き、鈴木君もそれに続く。
すると彼女は眉を顰める。
「でもいいのかなぁ……。一応忠告しておくけど、元の世界に戻ってもろくな事にならないかもしれないよ。ろくな事にならないっていうか、ろくでもないっていうか……」
彼女が何を言いたいのかは、イマイチ要領を得ない。
でも、なんとなく状況を推測する事はできた。
「ねぇ、もしかしてだけど……。そのベッドに寝ている私が、元の世界にいる私の今の姿なの?」
私がそう言うと、彼女は少し驚いた表情を浮かべ、私を見た。
「おー、正解!」
彼女の言葉を信用できるかどうかはともかく、多分私の予想は当たっているのだろう。
私は更に予想を口にする。
「私は元の世界で事故か何かに遭って、生死の境を彷徨っている。それで、今ここにいる私は魂のようなもので、ここは天国とか三途の川とか、そういう場所なんじゃない?」
この半年、私はただ闇雲に脱出方法を探すだけではなく、この世界がどのようなものであるか、様々な可能性を考えた。
ここがVRゲームの世界だとか、異世界だとか、未来の地球であるとか。
そしてその可能性の中の一つとして、ここが天国のような場所ではないかという考えもあったのだ。しかも多くの予想の中でかなり有力な方に。
多分、私と同年代の人がこの世界に来れば、ほとんどの人がこの可能性を一度は考えるだろう。
伊達にフィクションに囲まれて生活している世代ではないのだ。
「うーん……。五割くらい正解かな」
どうやら私の予想は当たらずとも遠からずなようだ。
すると、鈴木君が不満そうに言った。
「じゃあ、俺はなんでここにいるんだよ。んで、あいつも誰なんだよ?」
「えっと……。だから、鈴木君も私と一緒に事故に巻き込まれて、多分別の病院にいるんだよ。あのもう一人の私は、天国への案内人とか、死神とか、そういうのだと……思う」
そちらの予想は正直自信が無かった。
特に後者の方は。
ただ、何にせよ彼女は『元の世界に戻っても』と口にした。
つまりは元の世界に帰る事は可能であるという事だ。
『ろくな事にならない』という言葉の真意は不明だが……。
すると、彼女は私達にこんな質問を投げかけてきた。
「ねぇ、人は死んだらどうなると思う?」
えらく大雑把な質問だ。
この問いに対する答えは人それぞれだろう。
天国や地獄に行くという人もいれば、新しい命に生まれ変わるという人もいるだろうし、またある人は『無』になるというだろう。
ただ、この質問に対する正解を知っている人も、その正しさを証明できる人も存在しない。
死んだらその答えを現世の人に伝える事はできないのだから。
でも、今の私なら多分正解と思われる答えを彼女に伝える事ができる。
「この世界に送られる?」
「半分正解」
また当たらずとも遠からずらしい。
確かにここが死後の世界だというだけでは、説明できない事があまりにも多過ぎる。
「正解はね、『新しいステージ』に送られるんだよ」
なんだかよく分からないワードが飛び出してきた。
すると、鈴木君が言った。
「ステージっていうと……ゲームでいう二面に進む的な事か?」
「あー……うん。そんな感じかなぁ」
つまりこの世界が私達にとっての『二面』だという事だろうか。
やはりイマイチピンとこない。
「なんか混乱させちゃってゴメンね。私もこっちの世界に来てから知った事だし、元々何かを人に説明するのとか苦手なんだ」
「あ、ううん。私もそういうの苦手だから……」
自分のそっくりさんと会話をしていると、なんだかむず痒いというか、奇妙な気分になる。
しかし、『私もこっちの世界に来てから』という事は、彼女は元々私達と同じ世界にいたという事だろうか。それならばなぜ私と同じ姿をしているのだろう。
「簡単に説明するとね、元の世界で生き物が死ぬか、なんらかの理由で肉体から魂が抜けると、魂は次元や空間を越えてこちらの世界に送られるの。そういうルールというか、決まり事なんだ。眠くなったらあくびが出るくらい当たり前の事なの」
私と鈴木君はうんうんと頷く。
つまり私達は今、魂だけの状態という事だ。
「それでね、こっちの世界に送られてきた魂は全部溶け合って、一つの新しい生命体になるんだ。それが、魂としての新しいステージ」
またとんでもない話になってきた。
何がどういう理屈でそうなるのだろうか。
とりあえず、『溶け合う』という言葉から私が連想したのは、この世界に存在する海だった。
「じゃあ、もしかしてこの世界の下に広がっている海は、魂を溶かすための炉で、今私達がいるこの世界そのものが、あなたの言う『新しい生命体』なの?」
「海の事も知ってるんだ。そうそう、そういう事。あの海に溶けると、私達は新しい生命体の一部になるってわけ」
なるほど合点。
やはり私達はまだ完全に死んだわけではないという事だ。
「じゃあ、私達の記憶が消えているのはどうして? なんで空飛ぶ島の上にいるの?」
この際だから聞ける事は全部聞いておこう。
ずっとモヤモヤしながらこの世界で暮らしてきたのだから、それくらいは許されるはずだ。
「ちょっとちょっと! 一気に聞かないでよ……」
彼女はそう言って、ベッド脇の床に置かれていたペットボトルのジュースを飲んだ。
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