王牙

 それは圧倒的存在感。現れただけで回りが圧倒され、思わず平伏しちゃうほどの威光!

 黒く逆立った髪。赤銅色の肉体は、筋肉が盛り上がって脇すら閉じられず。

 その赤い瞳は灼熱地獄を連想させる。

「「「「ははっ!」」」

 全員が平伏した。

――よく来たな人間……俺が地獄の王、王牙……!

 静かに発した言葉なのに、獄長達の震えが尋常じゃなくなった。

 まあいいや、このジジィたちの事なんか知ったこっちゃない。俺はこいつに頼みがあって来たんだし。

「おう、俺は北嶋、北嶋 勇。見ての通りたかが人間だ。よろしくな」

 フレンドリーに挨拶してやった。胸なんか張っちゃったりもして。

――き、貴様!王牙様に……

――黙れ。俺が許す。貴様が口を開くな

 超おっかない目を獄長に向けた。俺に苦言を呈そうとしたジジィが真っ青になって俯くほどの怒気。

「そんなに怒んなくてもいいだろうが」

――怒った訳ではないが、そうなるのだ

 あの怒気ってスタンダードなの?いつも怒っているような気配は通常って事?

 つっても、ジジィ共にマジ切れしようが、すこぶるどうでもいい。俺はこいつに用事があるだけで、ジジィ共を庇うためにわざわざ地獄くんだりまで来た訳じゃない。

 俺が来なけりゃ平和だったって突っ込みも必要無いからな言っておくけど。

「あのさ、ちょっと頼みがあるんだが」

――言わなくてもいい。既に承知だ

 そりゃそうだな。ここまで色んな奴に言ってきたんだし、こいつにも話は行っているだろう。つか、行っているからこそ、ジジィ共が喧嘩吹っ掛けて来た訳だし。

「じゃあ話が早いな。受刑者への面会、許可してくれるんだろ?」

――貴様の希望は聞いた。叶えるかどうかは貴様次第

 なんか禍々しい息を吐いて笑った。またなんかやらされんのかよ?

「あのな、言いたくねーが、こっちが無理言っているのが承知だから今まで付き合っているだけで、本心としては面倒くせーから何もしたくないんだ。このジジィ達のお試しに付き合っただけで、もう腹いっぱいなんだよ」

――面倒な事をわざわざ行いに地獄まで来た男が言う台詞ではないな

 やっぱ禍々しい息を吐きながら笑われた。豪快に。

 やりたくねーけど、やるしかないんだったらやるだろ。特に神崎にやれと言われたら、ごねてごねてごね捲って、その結果ぶん殴られてやる事になるんだよ。

「大体、お前暑苦しい葛西との対話もまともに応じないだろ。快く応じるキャラじゃねーんだよな?」

 だから力付くって手もあるんだぞと言う前に。

――そんな事はない。俺に対話を申し込んでくる奴が居らんから、寧ろ応じているのだが、如何せんあの男の霊力が低いのでな。地獄の最果てにまで届かん事の方が多いのだ。結果対話ができなかったと言う事だ

 そうなの!?あいつそんなに霊力低かったのか!?

 驚く俺に、虎がシャツをちょいちょい引っ張って向かせる。

――言っておくが、貴様の知り合いで地獄の最果てまで対話が出来そうな人間は神崎と魔女リリス、そしてカインくらいだぞ

「そうなの!?んじゃ逆に葛西って結構ある方なんじゃねーの!?」

――まあ、持っている方ではある。人間にしてはな。逆に言えば、あ奴等の方がおかしいと言う事だな

 そうなのか……銀髪は兎も角、ツルッパゲも相当な奴だったんだな…俺には劣り捲っているが、それはしょうがない事だしな……

――なので、仕方が無いので、入り口付近まで移動して対話してやる事もたまにたまにある

「お前実はいい奴だろ」

 実力が全くない、暑苦しい葛西の為にわざわざ地獄の最果てから入口まで移動してくれるんだ。いい奴じゃ無かったらなんだって言うんだ。

――この地獄の王、王牙をいい奴とはな。やはり面白い人間だ、貴様は!!がはははははははははははは!!!!!

 抱腹絶倒だった。実際腹抱えて爆笑しているし。何がそんなにツボだったんだ?

 まあいいや、いい奴だったら快く応じてくれるだろ。

「んじゃ、面会」 

――無償はいかんな。そうだろう?心霊探偵事務所所長?

 ニヤリと笑い、そう言った。

「なかなか手厳しいな……」

――貴様の評判は勿論俺にも届いているからな

 俺と同じようにしょうって事だろ?確かに、タダは有り得ん。無償でなんかやってやるのは家族、友達くらいで充分だ。

 そうは言っても、町内の奉仕活動は無償だが。好感度ゲットの為に、結構タダ働きしているけど。

 心霊系の仕事は金取るけどな。

 まあいいや、対価を支払ったら面会の許可をくれるって事だろ?

「んじゃ、お前は何が望みだ?言っとくが、出来ない事は出来ないぞ。例えば死ね、とか、魂を寄越せ、とか。金もあんま持ってないから、五百億払えってのも不可能だからな」

――俺は鬼神の王、地獄の支配者であって、悪魔の類ではないのだが。それに、金を貰っても使い道がない

 そりゃそうだ。この顔でどうもそっち系を連想してしまうが、ことわり側なんだよな。

 つっても悪魔も理側の方ではあるが。「あいつ等はそう言うもん」と考えた方がしっくりくるしな。

 金だって地獄にコンビニでもあれば必要だろうが、それも無いし。

「うん?だが、三途の川の渡し船って金取るんじゃなかったか?」

――運賃か?それは冥界側に聞け。管轄外だ

 三途の川は冥界側なのか。良いこと聞いたとおかしな感心をする。

「ま、まあまあ、じゃあお前の要望は何だ?」

 訊ねたらじろりと獄長達を睨んだ。獄長達、ビビって後退りをした。

――こいつ等の前では言えぬ。なので別室に招待しよう

 なんか言い難い事でも頼むのか?まあいいけど……

「じゃあ案内」

――ちょっと待て。王牙よ、貴様の事は信用しているが、この馬鹿者は一応俺の主でもある。連れて行くと言うのならば俺も同行させてもらうが?

 いちいち心配症だなこいつは。俺がどうこうされる訳ねーだろ。

――貴様のその自信満々な顔はどうでもいいが、俺にも立場があり、それを全うせねばならん責任がある

 お前の立場と責任か。確かにお前にここまで連れて来て貰ったしな。

「て、事になったが、それでいいか?」

――あまり立ち入らせたく無いが、まぁ……仕方がない。いいだろう。たが、他言無用で口出し厳禁だぞ地の王よ

――口出し厳禁?そこは約束しかねる。貴様がこの頭の足りぬ馬鹿に不利益な約束事を示すかも知れぬのでな

「誰が頭の足りぬ馬鹿だ!!」

――貴様の事だ愚か者が

 酷く冷めた目で言い切られた。俺はそんな風に思われていたのか!?

――四つん這いで項垂れている暇があるのか貴様

「お前の暴言で果てしなく傷付いたんだ」

 鼻で笑われた。ふん、と。

――貴様がそんな繊細な訳が無いだろう。王牙と早く約束を取り付けろ。他言無用は構わんが、不利益となりえるのならば口出しはさせる、と

 全く、家長をなんだと思ってやがるんだこの虎は。この俺が不利益を被らされると思ってんのか。万が一、億が一、兆が一嵌められたら、そいつの命だけじゃない、そいつの一番大事な物、場所全部ぶち壊して報復するだけだってーのに。

 俺はすこぶる申し訳無さそうに頭を振って王牙に言った。

「そう言う訳らしいから、もし万が一、億が一嵌められた場合、お前の命どころか地獄まるごとぶっ壊す」

――じゃないだろ!不利益に成り得ると判断した場合のな口出しはさせるだろ!

 何故か虎が慌てて訂正する。似たようなもんだろうに、言い直す必要があるのか?

――まるで地獄に喧嘩を売りに来たようだな

「違う。お願いに来たんだってば、間違うなよ。ああ、もう面倒くせーから、いいだろ虎を連れて行っても?」

 こんなところでグダグダしている場合んじゃねーんだよ。早く現世に帰りたいんだ。地獄はやっぱどこか辛気くせーし。

――それは了承した筈。口出しも、まあ……認めてやっても良い

 あまり渋らずに応じてくれたな?有難いから何も言わんけど。

「んじゃ早いとこ別室とやらに案内頼むぜ」

――ふむ…では参ろうか!

 王牙の目が光った。それは眩しくて一瞬目を瞑るほどだった。

 そして再び目を開けると――

「……ここはどこだ?」

 さっきと似たような風景だが、確実に違う。なんと言うか、地獄の中心の渦巻きのような…

――その表現は正しい。恐らくここは地獄の最深部。誰も立ち入りできぬ、地獄の王、王牙の城!

 虎が若干緊張して述べる。なんでそんなに緊張してんだ?

――その通り。ようこそ我が城へ!ここが最深部、地獄の全ての力の中心!地獄の王、王牙の牙城!!!

 その王牙がいつの間にか玉座に座って偉そうにふんぞり返っていた。

「そうか。んじゃ早速要望とやらを聞こうか」

――貴様はなんでそんなに軽いんだ!?地獄の最深部には誰も来ないし、来れぬ!王牙も言った通り、地獄の力の中心点だ!禍がこれまでとは比じゃない事くらい、貴様にも解るだろうが!!

「知らね」

 本気で解らんので知らんと言ったら、虎がかくんと項垂れた。

――き、貴様はそう言う奴だったな……今更だったか……

「そうだ、今更だ。場所がどうのじゃねーんだよ。俺の頼みを聞いて貰う為に、要望を聞く為に呼ばれただけの部屋だ」

 あの雑魚どもの前じゃ何だからって事で、この部屋に通されたに過ぎない。俺は頼みを聞いてくれるんだったら構わんのだし。

――まあそうだな。では早速……

「あ、その前に、ちょっと質問いいか?」

――む?いいだろう、言ってみろ

 なんか偉そうにふんぞり返られた。ムカついたが、まあいいだろ。

「ここは地獄の最深部。お前以外には誰もいない。そうだよな?」

――そうだ

「じゃあ飯とか風呂とか、一人で支度してんのか?それだったら別の意味で尊敬するけど」

――貴様は何を言ってんだ!?

 虎が目を剥いて突っ込むも、気になったんだからしょうがない。

――……貴様は己の柱に加護を貰っているよな?代わりに供物をやっていると聞いたが

「供物は俺んところに来たからには、面倒見なきゃならんって理由だけでやってんだが……加護はこいつ等の善意だから、対価とはまた違うな」

――供物の用意は殆ど神崎が行っているだろうが

 まあそうだけど。そこ言われると何も言えんから言うな。

――ま、まあ、それは置いといて、では、その前までは地の王、お前だったらどうしていた?

――どうにも。食事は摂る必要はないし、俺は俺の宝を守っていたのみ

――そう言う事だ。俺も食事を摂る必要は無いし、身体も汚れんので風呂に入る必要もない

 そうなのか。んじゃただ偉そうにぽつんと一人でふんぞり返ているだけか。それはそれで暇だろうな。

 暑苦しい葛西にも力を貸そうって気にはなるか。暇潰しにはなるだろうし。

「まあ解かった。んじゃ要望とやら、言え」

 ここで王牙がにやりと笑う。禍々しい息もさっきよりより激しくなった。

――何、簡単な事だ。俺と力比べをして貰うだけだ。仕合じゃない、試合だ。無論、お前が負けても頼みは聞いてやるからその辺の心配もいらぬ

 なんだ?そんな簡単な事でいいのか?

――成程、他言無用とはそう言う事か……ならば俺には何も言う事は無い

 虎が一気に脱力した。全く警戒しなくなったと言う事だが。

――物分かりがいいな地の王よ。己の主が負ける様を他言無用と位置付けた事がそんなに安心したのか?

――逆だ。安心しろ。俺は絶対に誰にも言わぬ。北嶋、貴様もだ。良いな?

「神崎にもか?」

――そうだ

「まあいいけど…それでいいよ俺は」

――貴様はやはり軽く返すな…だが、そこがまたいい!!!

 王牙が玉座から立ち上がった。すこぶるやる気で。闘志を滾らせて。

 暇で暇でしょうがなかったんだろう。まあ、暇つぶしに付き合う事は吝かじゃない。







 

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