嘘つきがいっぱい

 声が終わると同時に体がなにかに押された。まばゆい光に包まれて目を開けていられなくなる。その後、すぐに猛烈な浮遊感に襲われた……と思ったのに、次の瞬間には二本の足でしっかり立っていると自覚した。


「……んん」


 目を開けると、真っ赤な光に視界が霞んだ。それにもすぐに慣れ、周囲の様子がはっきりとしてくる。


「ここ! あの神社じゃない?」


 りんの声が境内に響き渡る。彼女の言った通り、今、奏平たちが立っている場所は、紅葉高等学校の裏山にある、古ぼけた小さな神社だった。真っ赤でぼろぼろの鳥居がすごく不気味で、普段は誰も近づかない。


 高校二年の一学期の中間テスト終了後。


 テスト期間中の緊張感から解放されてテンションの上がった奏平たちは、神凌町に古くから伝わる噂話を検証することにした。


 午後四時四十四分に五人でこの鳥居をくぐり、境内に向かって十三歩進む。それから髪の毛を一本抜いて自分の影の中に置き、目を閉じて、心の中で自分が叶えたいことを唱える。すると、次に目を開けた時にはその願いが叶っている、というものだ。織田信長や坂本龍馬、芥川龍之介もこの神社で願ったおかげで、あれだけ有名になれたと言われている。


 まあ、この話は地方に伝わる眉唾物の噂話の一つでしかない。実際に、何人もの人がその方法を使って願いを叶えようとしたのだが、叶えることはできなかった。


 奏平たちだって、その後ファミレスで駄弁るためのネタくらいにしか思っていなかったが、異空間に飛ばされて女神様と会い、


「もし五人ともが異世界を救えなかった場合、異世界の記憶は、現世に戻った瞬間に綺麗さっぱりなくなります。時間も進んでいないのでご安心ください」


 と説明を受けたため、大体の事情を察することになった。


 叶えられなかった人は、異世界を救えなかったから覚えていないだけなのだ、と。


「俺たち、ついに帰ってきたのか」


 寛治の力ない声が空中を漂ったあと、静かに夕闇に溶けていく。長く伸びた鳥居の影がやけに不気味だ。奏平は寛治の言葉に続こうと思っていたのだが、非現実の連続で頭がパンクして、なにも言葉が浮かんでこなかった。


「なぁ? みんな」


 利光が嫌な沈黙を打ち破る。


「俺さ、金持ちになりたいって願ったから【強奪ごうだつ】って能力もらったんだけど、これじゃあお金は奪えても、ただの泥棒だよな。ははは」

「俺は【導師どうし】って能力だった」


 今度は寛治が自分の得た能力名を明かした。


「達成したい目標を願えば、それを叶えるための道筋を教えてくれるって能力」

「私はね【移動いどう】だった」


 奈々も続く。


「好きなところに一瞬で行けちゃう能力」

「いいなそれ! じゃあ宇宙とかにも一瞬で行けちゃうってこと?」


 テンションマックスになった利光の頭を、りんが思い切りはたく。


「バカなの? 宇宙服もなしにそんなとこ行ったらただ死ぬだけでしょ?」

「じゃあ買えばよくね?」

「だからほんとにバカなの? 宇宙服っていくらするか知ってる?」

「……十万くらい?」

「億越えよ、億越え」


 平然とりんが告げると、利光は目をこれでもかってほど見開いた。


「ひえー。マジで?」

「マジマジ」

「あんなクソださな服。俺だったら無料でもらっても絶対着ないね」

「そもそもあんたが宇宙服を着る権利を持つ日なんて絶対こないから!」

「なんで?」

「バカだからよ」


 りんがまた利光の頭をバシッとはたく。その軽快な音が重苦しかった空気を一気に弛緩させた。利光とりんのいつものやりとりが、元の世界に戻ってきたんだという安堵感につながったのだ。


 しかし、奏平は気づいている。


 利光も、寛治も、奈々もこれまでの会話の中で〝嘘をついている〟と。


 実は、奏平は女神様と会話に違和感を覚えたときから、家にいるときのように集中していた。


 家庭環境上、奏平は他人の感情や行動の機微に敏感にならなければいけなかったので、こうして集中すれば、他人の嘘なんか声色や表情の変化で簡単に見抜くことができる。自分ではなく他人に全ての意識を向けるからかなり疲れるが。みんなといるときにこのモードに入るのは気が進まなかったが、誰かが嘘をついていると分かったので、どうしてだろうという疑問が勝ったのだ。


 でも、その結果みんなが嘘をついていると知ることになるとは。


「そういえば、りんがもらった能力はなんだったんだ?」


 笑い終わった寛治がそう質問すると、


「え? 私? ……えっとね、【氷結ひょうけつ】かな」


 りんが視線を斜め上に向けながらそう答える。


 まじかよ。りんまで嘘をついた。


「【氷結】ってなんだよそれ。アル中になれるって能力?」


 利光がからかうようなトーンで聞くと、りんはぎろりと利光を睨んだ。


「その名のとおりよ。氷を発生させるの」

「それで叶えたい願いっていったいなんだよ?」

「うっさいわね。なんでもいいでしょ?」

「いや、だって気になるじゃん」

「乙女の秘密をいちいち探らない」


 利光の追及をかわしたりんが、奏平の方を向く。


「……それで、奏平は?」

「え、俺?」


 いきなり話を振られた奏平は、しかし慌てることなく用意していた回答を淡々と披露する。


「俺は【受信じゅしん】かな。一回だけ、誰かが本当に思っていることが分かるっていう、そういう能力」


 嘘だ。


 でもそうするしかない。


 自分に【憑依】なんて無責任な能力が与えられたことが許せなかったし、みんなにばれたくもなかったから。そもそも、なんであの時、別人になりたい、なんて願ってしまったのか。


 その後、異世界のことも願いのことも五人だけの秘密にしようと約束し合って、奏平たちは帰宅した。


 家に帰りつくと、奏平は上がり框に膝から崩れ落ちる。


 疲れが一気に押し寄せてきたのだ。


「帰って、きてしまったのか」


 それから二週間が経ち、五人がいつもの日常に慣れ始めた後。



 ――寛治が、奏平の父さんを殺した。

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