第5話 贅沢な時間
俺がひとしきりボアーズを洗い終えると、シオンがやってくる。
「さて、テントも出来ましたので食事にしますか」
「うん、タイミングも良いしね。それに、急いで出てきたからお腹空いたし」
「保存食しか食べてませんから仕方ないかと。とりあえず、完全に暗くなる前に木や枯葉を集めましょう
そして二人で枯葉や木々を集めて、そこに魔石を使って火をつける。
魔石には魔法を込めることができ、人々はそれを使って生活を便利にしてきた。
ただし、使うには魔力が必要で獣人達には使えない。
なので獣人達は過酷な生活を送っているとか。
「すみません、主君にやらせるなんて」
「いやいや、出来る人がやれば良いよ」
「私に魔力があれば……」
シオンがしょんぼりしているのは訳がある。
人族にしか見えないシオンだが、実は半分獣人の血を引いているとか。
獣人と人族は確率は低いが子を成すことができるが、獣人からは嫌われるし人族からも忌避されるらしい。
シオンはそれもあって奴隷になっていたとか。
「気にしない気にしない。そうだ、料理も作ってあげるよ」
「そ、そこまでしてもらうわけには……!」
「だって、シオン……料理苦手でしょ?」
「うっ……はぃ」
「その代わり、解体作業は任せるから」
「お任せください」
出来る女性風のシオンだが、実は料理だけは苦手だったり。
何故わかるかというと……うん、犠牲者だったので。
その後、シオンが解体した骨つき肉を鍋に入れて焼いていく。
「両面が焼けたら水を入れて、道中で拾った山菜や野菜を入れてと」
「随分と手際が良いですね?」
「ま、まあね、料理人の見様見真似だけど」
「確かに、良く厨房でつまみ食いしてましたね」
ふぅ、どうにかごまかせた。
前世の俺は独身貧乏暮らしだったので、料理は得意だったりする。
記憶を取り戻したし、色々な料理を作ってみたいな。
「さて、後は待つだけかな」
「火を見てると、なんだか落ち着きますね」
「うんうん、なんでかわからないけど」
そして気まずくない沈黙が続き、ただ二人で火を眺める。
俺はどうやって領地を救うかを考えてようとして、結局行ってからじゃないとわからないと思った。
そのまま時間が経つと、シオンが俺をじっと見つめてくる。
「主君よ、そろそろお聞かせください。何故、そうまでして辺境に行くのですか?」
「ん? どういうこと?」
「いえ、国王陛下はああ言っていましたがゴネれば断ることも出来たのではないかと」
「……その考えはなかったや」
そうか、その手もあったのか。
そしたら、破滅することもなく王都にいられたのか。
でも、その場合……辺境で反乱が起きちゃう。
「なるほど、それほどに辺境を救いたかったと」
「そ、そうそう!」
どちらにしろ反乱が起きたら、俺もタダじゃ済まない。
何より俺の大事な人達も危険な目に……というか、反乱が成功したら殺される。
うん、そんなことをさせるわけにはいかない。
「では、私も頑張らないとですね」
「うん、頼りにしてるから……おっ、良い感じ」
「良い香りです」
「それじゃ、食べようか」
仕上げに醤油を全体にかけたら器によそい、湯気が出てる牡丹鍋を食べる。
すると、肉がホロホロと口の中で溶けていく。
その熱さには、俺は思わず感動してしまう。
「ハフハフ……美味いよぉ」
「あっ……そうでしたね。主君は出来立てを食べる機会など滅多にない生活でしたか」
「そりゃね、腐っても第二王子ですから。というか、こういう食事も初めて」
「そうですね、普段はお城の料理ですから」
たまに城下町に出てはいたけど、何かを食べることだけはしなかった。
第二王子だから毒味役は必要だったので、基本的には城で食べていたからだ。
俺の立場的には、兄上に何かあった時の代用品だ。
別にそれを悲観したこともないし、むしろ楽な立場でラッキーとか思ってたっけ。
不満があるとするならば……出来立て熱々の食事ができなかったこと!
「というわけで、結構楽しみだったんだ」
「これからは、こういう機会も増えますよ。これで、エルク様も自由に食べられますね」
「まあね。ひとまず、第二王子の役目は終わったかなって思う」
というより、その役があったから今まで怠惰なのが許されてきたのだろう。
それが終わったから、当然こうなるってわけだ。
でもそれも記憶を取り戻したから思うことで、あのままのエルクなら変わらずに怠惰な生活を送っていたに違いない。
「というより、それを待っていた? だから、このタイミングで力を解放したり」
「シオン? 何をぶつぶつ言ってるの?」
「いえ……大丈夫です、私だけはわかっていますから。いや、きっとステラ様も気づいているかと」
「……なんの話? 俺がダメダメってこと?」
「ふふ、そういうスタンスを取り続けるのですね。では、私もそのようにいたします」
……なんだ? 何かよくわからないけど、シオンが嬉しそうだからいっか。
俺についてきたのに、つまらなかったら可哀想だし。
「そういえばさ、余った肉はどうしよう?」
「そうですね……持っていくのも、この量だと苦労します。食べる分だけを取って、あとは森にでも投げますか?」
「勿体ない気がするけど……そうか! そうすれば良い!」
「何かいい案が?」
「これをさ、道中の村々に配ろう!」
そうすれば好感度アップ間違いなし!
例え辺境外であろうと、評判が上がることに越したことはない。
「それは良い考えですが、あまり日持ちしないかと」
「あっ、そっか」
この世界には、アイテムボックスや空間魔法とかはない。
そしてこの大陸は冬が短く全体的に暑い日が続くので、食材は日持ちしにくい。
「待って……俺の氷魔法を使えばいいんじゃないかな?」
「確かに凍らせれば保存は効きます。しかし、このサイズを凍らすとなると魔力量が心配かと。魔力枯渇は命にも関わりますから」
「多分、全然余裕だと思う」
魔法とは発動する時のイメージが大切だ。
それがあれはあるだけ、消費量は少なく済む。
今の俺なら氷を作ることは簡単だ。
「では、それを信用するとしましょう」
「じゃあ、ささっとやっちゃいますか——フリーズ」
食材を囲むイメージで魔法を放つと、一瞬でボアーズの全身が凍りつく。
「はっ? ……い、一瞬で? この大きさの魔獣を……魔力は!?」
「うーん、全然減ってる感じはしないかな」
「……いえ、もう良いでしょう」
「そうそう、気にしない気にしない。ほら、シオンも食べよ」
「もぐもぐ……確かに美味しいですね。肉の旨味がスープにまで染み込んでますし」
「それによって野菜も美味しくなってるし……ズズー……アァ」
身体が芯から温まる感じがする。
そのまま、星空の下で鍋を堪能する。
それはなんだか、とても贅沢な気がした。
「ところで主君、口元がべちゃべちゃですよ?」
「言っておくけど、そういうシオンだってついてるからね?」
「はっ……私としたことが」
そうして、俺とシオンは顔を見合わせて笑う。
自堕落生活もいいけど、こういう時間も悪くないよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます