第17話 クリストファーの初仕事

 「見違えたな、王都で会った時は薄気味悪い笑い方をする奴だと思っていたんだが、良い顔をするようになったじゃないか」

 領主邸に晩餐をとセダム王子を招いて特産品のワインを片手にセダム王子がクリスに話す。

 「薄気味悪いって……そんな風に見ていたのかい?」

 「ああ、全く笑ってねえ目をしてる癖に顔だけは笑顔なんだ、薄気味悪いとしか思わなかったからな」

 確かに学園時代、遠目に見ていたクリスは常に一歩引いたところから見ているような噛み合わせの悪い笑顔をしていた。

 「義兄さんは学園時代、ずっと胡散臭い笑みでしたもんね」

 「胡散臭い……」

 サミエルの追い討ちにクリスは目線だけ私へと助けを求めるけれど、私も正直なところ正体のない、掴みどころのない人だと思っていたから助けれそうにない。

 「私ってそういう印象だったのか」

 目に見えて項垂れるクリスをカラカラとセダム王子が笑い飛ばす。

 「大半の人間は貴殿の王子然とした表層しか気付いてなかったろうさ」

 「気付かなかったよ」

 「気付いた連中はあの頃の貴殿と距離を取っていただろうからな、俺もだが」

 それは今は違う、新しく距離を縮めたいと聞こえた。

 セダム王子の言葉の意味するところを敏感に感じ取ったクリスがヨロヨロと顔をあげる。

 「それより、昼の話をもう少し詳しく聞かせてくれ」

 「僕も聞きたかったんですよ」

 セダム王子がクリスに任せたユーフォリビアの特産品に関する服案の話を促すとサミエルもそれに興味を示した。

 「クリス、ゆっくり話すなら場所を変えましょう」

 「そうだね、レスター悪いけどサロンに酒の用意を頼めるかな、ああ氷とグラスも頼む」

 「承知いたしました」

 クリスが自分付きの侍従であるレスターに指示を出してゆっくり立ち上がる、セバスがセダム王子の椅子を引いてサロンへと案内をする後ろに私たちが続く。

 横に並んだクリスをチラッと見ればクリスは含みのある笑みを見せた。

 「加工肉、だけじゃないんだよねユーフォリビアの特産品って、多分賑わうよ」

 珍しく自信がありそうなクリスに頷いて返せば嬉しそうな笑みを浮かべた。


 事の発端は結婚式の後、サミエルとフィンの会話からだった。

 まだ閑散とした農耕地だった頃には余裕がなく領を起こしての催事がなく、年の初めに教会へ行くことぐらいが精々だったこのカルバーノ領も、交易が波に乗り始めてかなり余裕が生まれた。

 だからこそ領民からじわりと意図せず上がってきていた要望に領をあげての定期的な催事というものがあった。

 収穫祭や感謝祭、そんな他領では当たり前の贅沢をやっと領民が考えれるようになれたということも嬉しく、どうにかならないかと思案していた。

 収穫祭に因むなら秋なのだろうが、魔獣討伐など秋には祭りに人を割ける余裕がない、春は農耕地や酪農地が繁忙期となる。

 そんな時に催事や祭事をするわけにはいかない。

 そこでカルバーノ領にある唯一の教会に相談をすると司祭さまから夏の終わりに感謝祭はどうかと提案された。

 確かに収穫時期を迎える農耕地や魔獣討伐が本格化する前のこの時期は一番余裕がある。

 そうなると、何をするかが問題になる。

 あわよくば観光の目玉に出来ればとも考えていた。

 どうやらクリスはこの感謝祭に合わせてユーフォリビアの特産品を出したいようだ。


 ひと通りクリスの話を聞いてサミエルがメモを取る。

 「警備体制と料理人の手配もしたいですね」

 「そうだね、出す品目はセダム王子とも相談になるが、調理に関してはユーフォリビアの料理人の手も借りたいと思うのだが、それにユーフォリビアの酒は王都の一部貴族に人気が高い」

 ニヤリと口角を上げたクリスにサミエルが頷く。

 「火酒ですね、ラスクート王国では酒といえばワインが主流ですが辛口の火酒は紳士連の間で嗜みになっているとか、一般に出回らないのはユーフォリビアとの交易が今まで限定されていたからとも」

 流石に流行りには詳しいサミエルがクリスに同意をする。

 「それに冬の長いユーフォリビアには優れた刺繍や木工細工などもある」

 「年代性別問わず、という所ね」

 クリスの話を聞きながら私も頷く。

 「セダム王子、如何でしょう」

 「なかなか面白そうじゃないか、貴殿からこんな俗物的な案が出されるとは思わなかったが悪くない」

 「私の以前のイメージってどう見えていたんでしょうか」

 セダム王子のあまりの言いようにクリスが眉尻を下げると、その場に暖かい笑いが広がった。


 夜更けまで和気藹々と過ごして寝室に引き上げる。

 珍しく寝室にまで書類を持って入ったクリスに私はベッドに腰掛けて聞いてみた。

 「無理はしていない?」

 「全然、むしろすごく楽しいよ」

 書類を纏めてテーブルに置くとクリスが隣に座った。

 肩に回した手で洗い立ての赤い私の髪に触れている。

 「これが成功出来たら、やっと私もカルバーノ領の一員になれる気がしてるんだ」

 「そんなっ、今だって充分……」

 続く言葉をクリスが人差し指を私の唇に当てて留める。

 「私の気持ちの問題なんだよ、君たちが私を受け入れてくれているのは私にもわかっているんだ」

 もしやまだ王都に未練があるのかもしれないと一瞬過った私の不安を敏感に汲み取ったクリスがくすりと笑う。

 「王都には何の気持ちもないよ、セダム王子が言っていた通り、私はここに来て漸く自分の人生を歩いていると思えるようになったんだ」

 柔らかい笑みは中央の貴族たちのような裏表のないもので私は知らずホッと息を吐いた。

 「感謝祭はこの先も毎年続いていくはずだ、その一番最初を手掛ける名誉が、これから歴史を刻む一歩に私が含まれることこそ、私がカルバーノの一員になれたと実感出来ることなんだ」

 そうまで言われればもう何も言えることはない。

 私はクリスを見上げて微笑んだ。

 「わかりました、何かあればすぐに相談してくださいね」

 「勿論!頼りにしている」

 屈託のない新緑の瞳がキラキラと煌めいて見えた。

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