第三話 渡辺風花はフラペチーノが飲みたい ⑤

「あれ? センパイはアイスコーヒーなんですか?」



 テーブルの上には、トールサイズのブロッサムホワイトフラペチーノとアイスコーヒーのカップが二つ並んでいる。



「まあ俺は部長なのと、あとプラカップじゃなくグラスに入った飲み物も欲しかったんだ」

「はあ」



 いまいち要領を得ない様子の泉美に、行人は自分のスマホを取り出し言った。



「まず、SNS写真は『5W1H』のどれを重要視するかで撮り方が変わるんだ」

「それって英語のあれですか?」

「そう。いつ、どこで、誰が、何を、何故、どのように。この六要素にどれだけ被写体パワーを配分するかで出来栄えが変わるイメージ。まあ究極これは写真全般に言えるんだけどね」

「何ですか被写体パワーって」

「先輩の受け売りなんだけどね。例えばさ、このどこの店で買っても同じようなアイスコーヒーと、新作フラペチーノ。それぞれ一つずつ、他のものができるだけ画面に入らないようにSNSに投稿するために好きな構図で撮ってみてもらえる?」

「あー……はい。ええと」



 眉根を寄せながらも、泉美はとりあえず素直にスマホのカメラを起動し、それぞれのカップを写真に撮る。



「撮れた? そしたらそれをSNSに投稿すると考えたとき、どっちがいいねを稼げそう?」

「それは新作フラペチーノじゃないんですか? アイスコーヒーはテーブルが茶色だから画面全体茶色になって全然映えてないというか、コメントつけようがないというか」

「だね。その通りだと思う。同じ構図で撮るとき、どの被写体がより印象深いかって感覚を、うちの部では被写体パワーって呼んでるんだ」



 行人は自分でもそれぞれのカップを写真に撮ると、画面を泉美に向ける。



「これは本当に『何を』に特化した状態の写真。本当に『被写体としてこれを撮りました』ってだけの写真。まぁこれでも例えば『ムンバで新作フラペチーノ飲みました』って言えばどこで、と誰が、が補完されるけど、写真単体で見ると『何を』に特化してる。じゃあ今度は、新作の方を手に持って自分の顔も映るように自撮りしてもらえる?」

「自撮りですか、インカメでいいんですか?」



 ややもったりとした動きで、泉美は自撮りしてみる。



「……見ないでもらえます?」

「いや、大事なことだから」

「……やりにくいんですけど」



 言いながら仕方ないといった感じで、泉美は新作フラペチーノが入るように自撮りをする。



「見せてもらえる? へえ、良く撮れてるね」

「どうも。それでこれがどうしたんです?」

「この写真。さっきの5W1Hのうち、何が重要されていると思う?」

「……あ。あー。そういうこと」



 泉美は問いの意味を察して、小さく頷いた。



「この写真投稿するときは『新作飲んだー』的なこと書きますけど、実質これの被写体は『ムンバで新作飲んでる自分』ですね」

「そう。この写真の被写体パワーが最もあるのは『誰か』。次に『どこで』であって、本文に書かれる『何を』じゃない。この写真は別にアイスコーヒーでも成り立つんだ。何故なら主体が自撮りしてる本人だからね」

「でもそれって何も教わらなくても誰でも自然にやってることですよね。あんま写真部っぽくなくありません? もうちょっと写真部ならでは、みたいのないんですか? ていうかそろそろ喉乾いてきたんで、飲んでいいですか」

「まあまあ。ここからが写真部的なことだから。じゃあさ、飲む前にもう一回だけ新作とアイスコーヒーを単体で撮ってみて。できればさっきと同じ構図で」

「ええ? 何ですかそれ。撮ったら飲んでいいですか?」



 いよいよ不満げな様子になった泉美はそれでも素直に写真を撮ってから、



「いいです?」

「どうぞ」

「じゃ、いただきます」



 迷いなく新作フラペチーノを手に取り大きく一口飲んだ。

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