第27話


 イナリ達は朝を待ち、近くにある平原で連携を確認していくことにした。


 新たに使えるようになった各魔剣のアクティブスキルと雷の魔剣を使う練習をある程度したら、そのまますぐに実戦だ。


「ほならさっそく戦いに行こか」


「ちょっ、ちょっと待ってください!」


 街へ戻ろうとするイナリを押しとどめるローズ。

 イナリの力に終始驚きっぱなしだったローズは、おずおずと尋ねてきた。


「どうしてこんなに急ぐんです? もっとゆっくりとレベルを上げてからでも……」


「いや、それだと間に合わんのや。僕らはもう戦いはじめてしもた。ここから先はとにかく時間との勝負や。つまりは、疾風迅雷やね」


 今のイナリ達は協力をすれば眷属を倒せる程度のレベルしかない。

 部下である眷属の話を聞いて下級魔族が出張って来る前に終わらせるためには、眷属からの報告が行われるよりも早くカタをつける必要がある。


「まあ基本的に魔族は自分の眷属のことを消費可能な駒程度にしか見とらん。だからあと何日かはいけると思うんやけど……忠義に篤い中位魔族のターキーあたりに嗅ぎつけてこられても面倒やしな」


「中位魔族の名を……知っているのですか? 教会の上層部ですら、知っている人間はほとんどいないのに……」


「あー……まあね。とりあえず一通りは頭に入れとるから、基本的には僕の指示に従ってくれると助かるわ」


 イナリはこのタイミングに限っては、己の前世知識を披露することを止めることにしていた。


 イナリは聖教にとっての怨敵であり、血眼になって狩っている魔族の知識を持っている。

 それを理解したローズは色々と聞きたそうにしていたが、その視線には努めて知らんぷりをする。


「さて、そんなら早速行こか」


「……後で、もっと色々と教えてくださいね」


「キルケランの街を解放してからでええなら、構へんよ」


 その言葉に、ローズはひとまず納得の頷きを返してくれた。

 ここから先はレベリングの時間だ。

 一手間違えれば死にかねないスリリングなレベル上げ。

 徐々にだが、イナリの胸中は不安よりも興奮が勝り始めていた。


 今の自分とローズが組めば、眷属は問題なく倒すことができる。

 どの段階で下位魔族に遭遇するかで難易度は一気に変わるだろうが……とにかく雑魚からで良いので、着実に一体ずつ消していくのがベストだろう。






 基本的に街中の探索は、イナリが先行して行う。

 彼の闇の魔剣の補正があれば、眷属相手であればバレることなく後をつけることができる。

 彼は他の眷属達と行動を共にしていないはぐれの個体を探し当ててから、情報をローズと共有。

 人気のいない場所へ向かうタイミングを見計らい、強襲をかけることにした。


「ダークネスフォグ」


「――なっ、なんだっ!?」


 突如として発生した黒い霧の中に、眷属の男は取り込まれていく。

 ダークネスフォグの優秀な点は、この霧がある程度の遮音性を持っていることだ。

 奇襲するのに、これほど素晴らしい能力はない。


「光、あれ」


 続いて行うのは、既に霧の中に身を隠していたローズによる光魔法である。

 彼女は光あれという聖句をあらゆる魔法の発動キーにすることができる詠唱省略(祈祷)というスキルを持っている。

 故に本来であれば発動までに時間がかかる簡易の神殿を作り上げる魔法ホワイトシュラインを、一瞬のうちに発動させることが可能であった。


「ぐわっ!?」


 光には闇を祓う力があるため、魔法を発動すると同時、イナリが展開させていたダークネスフォグが一気に弾け飛ぶ。

 暗所から突如として光をぶつけられたことで、眷属の男が目を大きく閉じた。


「アクセル」


 光に目がくらむ眷属へ目掛け、イナリは駆ける。

 その手には、新たに手に入れた魔剣が握られていた。


 紫色の柄を持つ、片刃の剣だ。

 バチバチと紫電を発しているそれは、細身の片刃の剣――イナリが知っている刀の形状によく似ていた。


 スキルを発動させると同時、イナリの全身が魔剣と同質の紫電に包まれる。

 アクティブスキル、アクセル。

 己の移動速度を上げると同時攻撃に対しスタン性能を付与する補助技の一つである。


「ちいっ、なぜ力がっ!?」


 高速で迫るイナリを前に、眷属の男はいらだたしげに腰の剣に触れる。

 簡易の神殿の中に閉じ込められた時点で、眷属はその力を大きく制限されている。

 光魔法は人間に対しバフを、魔物に対しデバフをかける。

 ことレベル差のある戦闘において、この補助の違いはあまりにも大きい。


「ライトニングソード」


 スキルの発動と同時、イナリが握る魔剣が纏う紫電の動きが変わってゆく。

 無作為にまき散らされていた雷は指向性を持ち始め、彼の持つ魔剣の刀身を伸ばすような形で整形されていった。


 ライトニングソード。

 魔剣の放つ雷を物理攻撃を伴う斬撃へ変換するこのスキルは、レベルが上がり膂力の向上したイナリの最も威力の高い近接物理技だ。


「これで……終わりやっ!」


 本来であればまだイナリの方がレベルが低いはずだが、バフとデバフが乗った状態ではイナリの動きの方が早い。


 彼が放った横薙ぎの一振りは剣を振って迎撃に移ろうとする眷属の胴を、真っ二つに断ち切ってみせた。

 腰に提げた鞘に納刀すると、チャキリと金属が音を鳴らす。

 先日魔族を相手に苦戦していたのが嘘かと思うほどにあっけない幕切れであった。


「うーん、眷属相手なら大分余裕持ってやれそやなぁ……この調子でどんどん行くで」


 光と闇の魔剣に素材を吸収させれば、その場に戦いがあった痕跡すらほとんど残らない。

 イナリは再びダークネスフォグを発動させ、その場から己の気配を消して動き出す。 


 ローズはイナリを見失い、事前に言われていた集合場所へ急いで向かい始める。

 二人が行う戦闘は、もはや戦いではなく狩りであった。


 なるべく気取られず、しかし数をこなすことができるイナリ達は眷属を倒してゆく。

 その先に続く、魔族との戦いに備えるため――。

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