第2話「よっちゃん、お使いを完遂する」

 二人は新幹線に搭乗すると、駅弁を満喫しながら東京駅を目指す。そこでエバタさんは確認する。


「そうそう、何でよっちゃんが今回、お使いに選ばれたの?」

「今年は能登が大変やろ?妖怪の皆も手が放せんくて、東京の長に助けてもらうんやて。で、それをお願いしに行くんやけど…」


 エバタさんの素朴な疑問。


「えー?電話は通じるでしょ?こんなめんどい方法とらなくてもいいんじゃないの?」

「都の長は何か知らんけど、連絡方法が無いんやて」

「ふーん…?そんなもんなの?」


 腑に落ちないエバタさん。そうしてるちに東京駅は目前だ。世の中便利になったなぁ。と、つくづく思うキャリアウーマン。


 今年の日本は暑かった。この時は予想だにしていなかった。…よっちゃんにとって、忘れられない夏になろうとは。


   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇   


「あー…金が欲しい…」


 男はとことん自堕落だった。金食い虫を絵にかいた男。彼こそが関東妖怪協同組合組合長「地龍」である。力はある。…確かにあるのだが、現代社会ではその力を使うことはまずない。


「働きたくねー…麦茶…?あ~、水道止められてんだっけ…」


 ここは家賃3万2000円の格安アパート。関東妖怪協同組合は能登と比べて、別の意味で危機を迎えていた。


「…あ~…働きたくねー…もはや動きたくねー…」


 そうして、ニートよろしくの都の妖の長が住むアパートに二人は辿り着いた。この酷暑の中では、もはや拷問だ。


「…ここね。東京駅から徒歩16分のシャモニ荘。…本当に組合長がいるのー?ガセネタじゃない?」

「地図ではここになってるんよ。間違いないわいな」


 その住所のアパートは全面、トタン板。その板も錆が目立ち、その内、冗談抜きで倒壊するやもしれない。本当に関東妖怪協同組合の長がいるのか?エバタさんはドッキリを警戒する。


「…確かに電話はなさそうねぇ…ギャップ。ギャップがエグい」


 今は真夏。気温は35度。とにかく早くどこかで涼みたい。早くアイスコーヒーをちうっとしたい。よっちゃんとエバタさんは、さっさとお使いを済ませることにした。


 サビて抜け落ちそうな階段を上り、203号室の戸の前。ここで間違いない。本当にここに関東最強の妖怪がいるのか?二人は不安になりながらもドアをノックする。


 …しかし、返事が無い。この暑さで息絶えてるんじゃなかろうか。その時、きいぃと軋む音を立てながら扉が開いた。


 シャツにトランクス。ボサボサの髪に、無精髭のおじさん。ダメ男の典型の姿がそこにあった。くあ~っとあくびをし、腹を掻きながらこちらを覗き込む。その男は羞恥心の欠片も無い。


「あ~?何だ、あんたら?新聞なら取らねえぞ?MHKなら電気を止められてから3年は見てねえからな」

「いや、勧誘でも集金でも無くてですね」

「ん?じゃあ…」


 こういう受け答えはお手の物。エバタさんが営業スマイルで、


「申し遅れました私共、北陸妖怪協同組合員のエバタとライモンと申します。この度、地龍様に聞いて欲しい案件がございまして…お急ぎでなければ、お話を聞いていただけますでしょうか?」


 スラスラ出て来るエバタの営業口調。しかし、地龍が驚いたのは、意外な点だった。


「ライモン!?あの雷親父、まだ生きてたのか!?どっち?どっちがライモンだ?」

「あ、僕がライモンです」


 その子の名に驚嘆する地龍。何やら思うところがあるようだ。


「そうか…あの親父さんの子か…そういやどことなく、目つきが似てるや。おう、とにかく上がって、くつろいでくれ。すまねえが何のもてなしも出来ねえ」

「…でしょうねぇ…」


 中は蒸し暑く、畳はふやけていて、家具は一切ない。本当にこの人が関東の妖怪の長なのか?疑いの念だけがつのっていく。とりあえずエバタさんは現在の能登の状況を簡潔に伝えた。


「ほう…俺が社会から身を引いてる間に、大変なことが正月早々…いいぜ、協力してやる!!関東大震災の時は陰ながら助けてもらったからな。大船に乗ったつもりでいな!!」


 …その船はボロボロで沈みやしないか?だが、目つきが変わった地龍。旧来の恩人の危機に手を貸さないとは、江戸妖怪の名折れだとかなんとか。だがこれは能登復興には心強い援軍だ。


「烏天狗!!聞いてたな?書類と太鼓判持って来い!!」

「はっ」


 物陰からぬっと姿を現した、烏天狗。地龍は書類に判を押した。大きさはともかくシャチハタだったのが妙に不安を煽る。


「これで、関東妖怪は遠征できるようになった。お疲れ様」

「え…も、もう終わりですか?」


 呆気にとられる二人を見て、かんらかんらと笑う地龍。


「おう、遠路はるばるご苦労だったな。後は東京見物でもしてってくれや。石川からなら片道、半日はかかる。いい機会だろ?」

「いえ…今のご時世、新幹線があるんで、すぐ帰れますよ?」


 よほど予想していなかったのか、しばらく固まった地龍。


「…え?…ええっ!?マジで!?そんなもんできたの!?…すげえ。泊りがけの予定で来たと思った」


 この人、いつの時代で時計が止まってるんだろう。何はともあれ、こうしてよっちゃんのおつかいはあっけなく終了した。


「いやーでも、あの二人の子か…感慨深いなぁ」

「…あの…エバタさん、こちらへ」

「?」


 地龍は軽々とよっちゃんを持ち上げ、高い高いをする。しかし、その様子を見ていたエバタさんを捕まえて、烏天狗のイワシミズさんがこっそり耳打ちをする。


「地龍…サガミハラ様は、今の妖怪の制度を全く理解していません。今から区役所までおいでください。書いてほしい書類が山ほどありますので、本当に申し訳ないのですが…」


 エバタさんは眉をひそめる。引きつらせていると言った方が適切か。子供に頼む案件にしてはおかしいと思っていた。大方、よっちゃんを使わせたのは、社会見学させたい親心か…。


「…じゃあ…さっきの太鼓判は?」

「…お遊びでございます」


 イワシミズさんに連れられ、エバタさんが区役所に向かう。


「よっちゃん、悪いけど用事が入ったわ。それまで東京見物してて。あなたなら大丈夫でしょ?」

「ああ、じゃあ俺が東京案内してやるよ。よろしくな、よっちゃん。まずは都会の定番を味わうと良い」


 きょとんとするよっちゃん。部下に全ての雑務を任せるダメ上司。彼のできそうな仕事は、確かにツアーガイドくらいか。


 地龍は半年ぶりに無精髭を剃り、髪を整え、身なりを正した。こうしてみれば、なかなかに良い男なのだが…至極残念だ。


 こうしてよっちゃんは、地龍に連れられ渋谷へと向かう。よっちゃんはスクランブル交差点で…絶句した。


 おわかりだろうか…?こうして第1話の冒頭の流れに戻った。

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