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北海道・宗谷岬で年越しバイクツーリングを楽しむ、ある旅馬鹿の記

北海道・宗谷岬で年越しバイクツーリングを楽しむ、ある旅馬鹿の記

真冬の北海道をバイクで旅する!?どこを?どうやって?そもそも、バイクで走れるの?例年、北海道で年越しツーリングを実施している神田英俊さんが、いかにしてバイクで北の大地を走るかを綴ってくれました。決して気軽にできる旅ではなく、おすすめもできませんが、冒険にも等しいツーリングの裏側をお楽しみあれ。

陽光の中、清々しい空気を切って駆け抜けるツーリング。これぞバイクの醍醐味という印象も持たれる方は多いでしょう。そのとおり。春から秋、素敵な陽気の日に高原あたりをバイクで走れば、気分爽快。最高の気分を味わえるひとときです。しかし、これが寒風吹き荒ぶ冬季の場合、バイクツーリングとはさながら荒行となります。

冬にバイクなんて乗るもんじゃない。そう分かっていても、乗ってしまう人たちがいるのです。それも、全てが凍てつく冬の北海道、最北端の宗谷岬にてキャンプで年越しを迎える、という狂ったプランで。一般的な感覚ならば「まさか?そんなアホな」と思われるでしょう。しかし、-20℃を下回る凍てつく大地でも、一定の条件を満たせばバイクで走行する事が可能なんです。あくまで“一定の条件を満たせば”です。私は、ここ10年以上、毎年冬の北海道ツーリングを実行しており、バイクでの凍結路面を走った距離は、おそらく3万kmを超えているかと思います。本稿では私のこれまでの経験に基づく、北海道年越しバイクツーリングのための必要装備や準備事項などをお伝えしていきたいと思います。

絶対に絶対に、あらかじめ知っておいてほしいこと。冬季北海道ツーリングは気軽にお勧めできる旅ではありません

本論に進む前に、まずお伝えしなければならないことがあります。それは、本稿は決して冬季北海道のバイクツーリングをお勧めするものではない、ということです。その理由の詳細は後述しますが、リスクが極端に高く、断じて“一般的”なツーリングではないからです。また、特殊な走行環境ゆえ、自他におよぶ事故の危険も含んでいます。それらの危険を回避するために、ライダーには高いレベルの技量(バイク操縦技術のみではありません)が要求されるのです。この旅でのミスは、誇張ではなく自他の命に関わります。本稿の内容に関しては、これまでの経験から得られた実践的なものだと自負を持っておりますが、自然環境はもちろん一定ではなく、私の知見はあらゆる環境条件に対応できるものではありません。基本的には、「冬季北海道ツーリングには、こんな装備や技術や準備が必要なんだ」と、読み物として楽しんでいただきたいと思います。このことを、どうかお忘れなく。

-20℃の世界を駆け抜ける。ルート設定とバイクの寒冷地化改装、そして耐寒装備とは

私が他者にお勧めもできないツーリングに出かけるのはなぜか。それは、冬の北海道でしか見られない景色があるからです。たとえば、標高1139m、北海道で最も高い国道峠でもある定番ツーリングスポットの三国峠が秋ならば……

原生林の大紅葉を存分に楽しめます。こちらも、もちろん最高の景色ですがこれが冬となると……

まるで粉糖をまぶしたように白く染まった木々と東大雪連峰の大展望が広がります。眼下にはこれまた白く輝く松見大橋が一筋。冬の装いをまとった北海道のこうした表情が見たいからこそ、装備と準備を念入りに整え、バイクにまたがるのです。以降は、私が北海道ツーリングのためにどのような準備をしているかを、お伝えしたいと思います。

冬季北海道走行プラン&ペースの設定

さぁ、いざライダー憧れの北海道へ……といっても多くの方は、本州よりフェリーで上陸します。夏季ならば自走する方も多いですが、季節は冬。とくに日本海側は天候により大雪の場合もあります。凍てつく北海道の大地に備え、体力と精神力を温存するには、フェリーを上手に活用するべきでしょう。まずは手っ取り早く、私のルート設定の一例をご覧ください。


ご覧のとおり、私を含めライダーの多くは小樽、または苫小牧の両港を北海道ツーリングの出発点にします。詳細な走行ルートはもちろん人によりさまざまです。大事なのは天候に応じて柔軟にルートを変更すること。この時期は猛吹雪に見舞われることも多く、天気を読みつつ極力リスクの低いルートを選ぶことが大事です。比較的温暖ながら強風吹き荒ぶ沿岸部か、極低温ではあるが風の弱い内陸部か……状況に応じてルートを選びます。

ところで、このMAPを見て何か気が付きませんか?そう、この走行プランだと総走行距離は約1000km強、約5泊程度の日程です。つまり、凍りついた北海道でも夏や秋の観光シーズン時とさほど変わらないペースで走行しているのです。もちろん路面はガチガチのアイスバーン。普通の装備では即転倒必至です。では、そのハイペースを実現可能な秘密とは何なのでしょう?

極寒冷地の様子とそれに備えた車両カスタムとは?

凍結路面で十分な走行ペースを維持する秘密はタイヤにあります。もちろん、ただのタイヤではなく、超硬のタングステンチップを装着した“スパイクタイヤ”を準備し、凍結路面に挑みます。その驚異のグリップ力は、バイク用スタッドレスタイヤなどとは比較になりません。熟練の技術者によって施工された高性能なスパイクタイヤ、そして優れた操縦技術があれば、凍結路をバンク(車体の傾斜)させて走行することも可能。フロントブレーキを存分に使用した強いブレーキング時も安定感は抜群です。もちろん場合によっては滑りますが、車体コントロールがしやすいので、スライドしてしまってもリカバリー可能です。

これがスパイクタイヤ。市販品ではなく、完全自作のフルカスタムです。突き出し量は約3mm。チップピンを全てのブロックに挿入したフルピン仕様。このレベルでやっと普通の走行が可能となります(ただし、技量による)。ちなみに総ピン数は250本前後。市販品だと同サイズで70本程度しか装着されておらず、安全性を考えるなら、車両・技量に合わせて製作されたタイヤを履きたい。

凍結した大地ではこのスパイクタイヤ一択です。もちろん、チェーンやスタッドレスタイヤでも走行は可能です。しかし、路面全てが冠雪しているわけではなく、チェーンの場合、路面舗装との摩擦によって、数十kmで破断してしまうリスクがあります。また、スタッドレスタイヤの場合、アイスバーン路面でグリップ力を期待できません。これらのタイヤでは“移動”は可能ですが、安定して走行ペースを維持することはかなり困難です。もしも移動ができなくなってしまうと、遭難になってしまいますし、後続車の障害になってしまい、非常に危険です。スパイクタイヤ以外での雪上走行は厳禁と考えておきたいところです。

このスパイクタイヤ。カブ系や一部原付用としては、完成された市販品もありますが、あまりハードユースには適しておらず、ツーリング用として本格的に使用するためには、用途と技量に合わせて製作する必要があります。熟練ライダーのなかには自作する方もいますが、経験とノウハウ&特殊機材が必要なため、初心者にとって自作は大変高いハードルとなります。専門のショップに製作してもらうべきでしょう。また、金額も比較的高額となります。しかし、スパイクタイヤにかける費用は安全への保険のようなもの。代替品は存在せず、もし「この費用をケチりたい」と考えてしまうようならば、絶対に冬季の北海道をバイクで走行してはいけません。

さて、これだけ特殊なタイヤが必要な北海道の凍結路とは、一体どんな状態なんでしょう?まず“凍結路”といっても、さまざまな状態があります。代表的な状態をいくつか挙げてみましょう。

積雪路
アスファルト路面に新雪が積もった状態です。水分含有量によって重い・軽いといったさまざまな状態がありますが、積雪が深い場合はスパイクピンは硬い路面まで届きません。この路面はベースタイヤのパターンが重要。ブロックタイヤやスノータイヤが有効です。

圧雪路
積雪路が車両によって踏み固められ、半分氷となった路面です。しかし圧雪状態のため、比較的柔らかくタイヤパターンが若干食い込む事もあり、スパイクが遺憾なく本領を発揮します。郊外の幹線道路ではこのパターンが比較的多いかもしれません。

アイスバーン
圧雪路が完全に凍結し、スケートリンクのように平滑な氷状路面です。低温下の山間部では、ほぼこの状態。都市部でスタッドレスタイヤに磨かれた状態だと“ミラーバーン”と呼ばれることもあります。アイスバーンでは、スタッドレスタイヤはほぼ無力になってしまいます。スパイクピンの力に頼るしかありません。

ブラックアイスバーン
路面凹凸の間に入り込んだ水分が凍結した状態です。一見、ただの濡れた路面に見えますが、黒い部分は完全な氷で、激しく滑ります。氷層が薄いためスパイクピンが十分突き刺さらない場合も多く、スパイクタイヤでも貧弱な施工のモデルは簡単に滑る非常に危険な路面です。

シャーベット路面
凍結した水分が溶け、大量の水と氷が混ざったグシャグシャの路面。個体と液体が混在する非常に不安定な路面で、速度によっては簡単にハイドロプレーニング現象(タイヤと路面の間に水の膜ができ、コントロールできなくなる現象)が発生します。車体コントロールを一気に失いやすく、転倒リスクが非常に高いので細心の注意が必要です。主に日中に発生します。

これでも凍結路の全てではありません。しかもこれは郊外の幹線道路での話。都市部の交通量の多い路線ではさらに恐ろしいトラップもあります。それはマンホール。排熱によって直上の氷が溶け5cm程度の段差、いわゆる“穴”が以下の写真のように路面に出現することがあるのです。

これに気付かずハイスピードで突っ込むと、前転・パンク・リム変形と3連コンボの大ダメージ必至。強靭なスパイクを装着していても、全く安心はできません。

このように、さまざまな状態が発生する凍結路ですが、どれをとっても油断できません。それぞれの状態において対処法は異なります。たった数百mの間に、全ての状態が混在していることも珍しくありません。凸凹のアイスバーンの上にうっすらと新雪。一見フラットで走りやすそうでも、その区間ではハンドルが左右に踊ります。こんな道が、旅の全行程で続くのです。つまり、常に変化する路面への対処を続けながらのライディングとなるわけです。

こうした走行環境ゆえ、スパイクタイヤを使用するのですが、それでも全ての障害を無効化する“魔法のタイヤ”ではないこと決して忘れてはいけません。その特性はピンの突き出し量や施工密度・ベースタイヤの基本性能などによって大きく変わります。そして、極めて独特な操縦特性であり、練習走行や根本的な技量も必須です。また道交法上、軽二輪以上は無冠雪路面での使用が厳しく制限されております。125㏄以下、原付クラスへの制限はないですが、地域によっては条例により使用を制限されている場合もあり、該当地域のスパイクタイヤに関する条例を必ず確認しておかねばなりません。

氷上を走るためには、どんな操縦技術が必要?

バイクは2輪でバランスを取りながら走る乗り物です。当然、滑ると転倒します。その滑りを極力抑える(滑らないワケではない)のがスパイクタイヤ。では、スパイクタイヤを装着すれば、だれでも凍結路を走行する事は容易なのでしょうか?

否。正直、ダート走行に慣れた熟練者でないと本格的な公道走行は厳しいでしょう。アスファルト上では竹馬に乗ったかのような不安定さがありますし、荒れた氷結路ではハンドルはガタガタと不規則な動きをします。ゆっくり走ればいいのでは、と思うかもしれませんが、公道でヨタヨタと左端を走るバイクは、迷惑であり非常に危険な存在です。高速道路を“徐行”する危険さを想像してみてください。事故を防ぐためにも、交通の流れのなかをスムーズに走る操縦技術が必須なのです。

とくに必要とされるのは、滑った車体を立て直すスライドコントロール技術。滑った(滑らせた)車体のスライド量を加減しながら進行方向を意のままに操る走行術です。最低でもこの技術は習得しておかねばなりません。これを身につけるには練習あるのみで、普段からオフロードサーキットで練習しておきたいところです。練習しても慣れない、怖いと感じるなら、フェリー乗り場にバイクを停めて電車やレンタカーの旅に切り替えてください。北海道は逃げません。みっちり練習し、バイク操縦技術に自信がついたら、挑戦してみてください。

車体のカスタム、そして荷物積載の工夫

さて、ここまではタイヤに関してのお話。もちろん備えるべきはタイヤのみではありません。ここからは車体の寒冷地化改装についてお話しましょう。

風防やハンドルカバー・レッグシールドといった装備を装着した寒冷地仕様のホンダ CT125。軽量コンパクトな車体のため、機動力も抜群。クルマと同程度の速度を出せるので、冬旅にマッチしたバイクです。

まずエンジンにガソリンを送り込む燃料噴射装置について。ここは、バイクの燃料噴射装置が機械式のキャブレターか電子式のインジェクションかによってカスタム方針が大きく変わります。インジェクション車の場合は大きなカスタムは必要ない場合が多いですが、キャブレター車の場合はアイシング対策が必須となります。アイシングとは低温環境と湿度の影響でキャブレターの中に霜が積もったり、可動部品が固着してしまったりする現象です。その対策としてキャブヒーターの強化が必須となります。また、キャブレター、インジェクションいずれの場合も、ブリーザーホース(燃料の燃え残りを排出する経路)の凍結・閉塞によりエンジン内の圧力が異常に高まり、パッキンやガスケット類が破損しブローしてしまう可能性があります。ですから、配管の取り回しにも要注意です。

そして、寒風を防御する外装も重要。必須装備の一つがハンドルカバー。

寒冷地仕様のハンドルカバー

どんなゴツいグローブでも、極地に近い低気温下での高速走行には耐えられません。手を温め、きちんとバイクが操作できるように、また、凍傷の危険を回避するための策がこの装備なのです。これがあれば、エクストリームな低気温でも意外と快適。なお、カバーの隙間をテープ類で目止めしておくことを忘れてはなりません。冬の北海道では寒すぎてテープの粘着力が極端に低下してしまうので、目止め作業は北海道上陸までに完了させておく事が必須です。さらに、ハンドルカバーに加え、グリップヒーター等を併用すれば、両手はさながらコタツに入った状態。

その他、首都圏における冬の生活からは考えられないような事態も頻発するので、細部にまで気を配ったメンテナンスも重要です。例えば、ワイヤー類のグリスアップや末端部へのグリス封入。濡れた路面からの飛沫がワイヤー類の内部に侵入し、そのまま凍結すると全てが固まります。これがブレーキワイヤーならばブレーキ操作不能な状態に。こういった事態を防ぐためにも、ワイヤー類のチェックも大変重要なポイントとなるのです。

また、積載方法の工夫も重要。厳寒期のツーリングであれば、当然荷物も増えます。ただでさえ安定感の低い氷上走行を少しでも安定化させる為には、荷物の軽量化と同時に低重心化を考慮した積載を行う必要があります。

上の2枚の写真がフル積載状態のCT125です。ご覧のとおり、リヤだけでなく、フロントにも荷物を載せます。CT125の場合、車体右側面にマフラーが通っており、残念ながらこちら側にはサイドバッグは装着できません。

シートバッグのみに頼らず、サドルバッグやフロントキャリアを駆使し、重量の分散化と低重心化に努めねばなりません。同じ荷物重量でも、重心位置が低くなるだけでライディングは随分楽になるのです。これは、冬季に限らず林道ツーリングなどでも応用可能なテクといえるでしょう。

ジャケット等、耐寒装備の準備

さて、寒風をダイレクトに受ける身体の耐寒装備についてです。冬季の北海道は、当然厳しい寒さ。その中をクルマと同速度で疾走するのですから、体感温度は凄まじい低さです。地域や時間帯・天候によって気温は大きく変化しますが、基本的には想定される最も低い気温に備えます。つまり、極地装備とほぼ変わらない性能を要求されるのです。では気になるその気温とは?

年末年始の北海道は外気温-10℃となることも珍しくなく、早朝や寒波到来時には外気温-20℃を下回る場合もあります。外気を身体で受け止めつつ走るバイクの場合、その体感温度の低さたるや……。本物の極地、たとえば-80℃を下回ることもある南極と比較すれば、多少暖かい(?)環境ですが、徹底した防寒装備が必要なのは言うまでもありません。ここに手抜かりがあれば、非常に大きなリスクとなってしまいます。

しかし、ただたくさん着ればいい、というわけではありません。発汗・保温・防風を効率的に行いつつ、ライディングを妨げない服装が要求されます。そのコツは発汗を促進させるインナー層、保温を効率的に行うミドル層、強風と保温層の対流を防ぐアウターの3つに分けた重ね着、いわゆる“レイヤリング術”にあります。

【レイヤー1】インナー
ここは吸湿せず水分発散に優れたポリエステル素材を選択することが重要です。発熱インナーも効果的です。しかし、綿素材は肌触りは良いですが、水分を吸収し、汗をかくと一気に身体を冷やしてしまうため、絶対に避けねばなりません。

【レイヤー2】ミッドウェア
ここがメインの保温層であり、耐寒限界の値を決める重要ポイントなので予算を惜しんではいけません。ダウンや先端素材を駆使した強力な保温層を構築する必要があります。また、服内部の蒸気を効率的に透過させる透湿性能も重要です。そして、あらゆる温度帯で快適に過ごす為には、複数のミッドウェアを重ね、気温に応じて着脱できる仕様にしておくことも大事ですよ。

【レイヤー3】アウター
ここで求められるのは保温性ではなく、防水性、防風性です。しかし、走行風でバタつくような柔らかい素材は絶対に避けねばなりません。バタついてしまうと内部のデッドエア(動かない空気)が対流してしまい、せっかく暖まった空気が逃げてしまうからです。登山用よりバイク専用の厚手生地を使用したジャケットがお勧めです。また、透湿性に優れたモデルを使用する事も忘れてはいけません。

オーバーパンツ
下半身もレイヤリングの構築方法はジャケットと同様ですが、大きく異なるポイントは路面からの飛沫をダイレクトに受ける部位だということ。アウターの上に透湿防水性のカッパを余分に着用すれば、汚損や凍結にも強くなります。

そして、難関はシューズです。路面飛沫と寒気の防御は当然ですが、蒸れも考慮しなければいけません。シューズ内部が蒸れると凍結につながってしまい、凍傷を誘発します。そのため、発汗と保温を高次元で満たした製品を選択することが重要。シューズに関しては冬季登山用のモデルを改造したカスタム仕様のライダーも珍しくないのです。ホームセンターの耐寒長靴も一見良いですが、蒸れの調整には細心の注意が必要ですよ。

キャンプギアの準備

装備説明の最後はキャンプギアです。宗谷岬へ集うライダーの多くはキャンプで年越しを過ごします。また、宗谷岬以外でも道内に点在するキャンプフィールドで雪中キャンプを行うことも珍しくありません。キャンプギアは宿泊に欠かせない道具であると同時に、ブリザード吹き荒ぶ白銀の大地で自走不可能な状態になった際のシェルターとしての意味合いもあり、重要な道具なのです。必須のギアになるのはテント・シュラフ・マットで、一般的なキャンプ同様です。しかし、外気温はときに-20℃以下。耐寒・防風性能に優れたアイテムを揃えなければなりません。

まずテント。注意ポイントは耐風能力です。冬の嵐は半端ではありあません。風速30m近い台風並みの低気圧が直撃することもあるので、ここは本格的な山岳用テント一択。中でも耐風性に優れたモデルを選択します。実際、暴風で倒壊したテントをいくつも見ており、中にはペグごと飛ばされたテントも。エベレスト登山に耐えうるクラスのモデルでも大袈裟ではありません。そして、雪上に固定できるスノーペグも忘れずに。一般的なペグでは雪上に固定できず全く役に立ちません。

次にシュラフ。テント内での快適性はシュラフの性能に依存します。ここは特に投資を怠れないところで、最低でも-20℃で快適に就寝可能なモデルを選んでいます。これに加えて、耐寒レベルを増強する為に補助シュラフも持参しておくべきでしょう。この装備が貧弱だと、本当に本当にリスクが高まります。ここへかける予算は命の保険となるのです。

そして、マット。実はここも重要なポイントです。いくら性能の良いシュラフでも地面が凍っていると保温性は大きく低下します。レジャー用ではなく、本格的な登山用マットを使用し、地面の冷気を可能なかぎり遠ざけます。また、梱包用のプチプチを補助のグランドシートとして使用すれば、マットの断熱性能をさらに生かせます。

こちらの画像ではマットを敷いていませんが、こんな感じでプチプチシートを敷くと効果的。

これらは冬季北海道での活動を継続するための3種の神器と呼ぶべき装備。雪中キャンプを行うならば、海の幸を諦めてでもこの装備にだけは予算をかけておくべきです。でないと、本当に命に関わりますから。

その他、極寒キャンプでの注意点は多くありますが、ストーブに関して最後に触れておきましょう。ストーブはさまざまなメーカーから発売されており、ガスや液体燃料など、燃料もさまざま。基本的には自分の使い方にあったものを選べばOKですが、各モデルの特性をよく理解しておくことが重要です。ガス燃料はプロパン燃料ならば厳寒な環境でも問題ありません。しかし、ブタン燃料(卓上コンロにも使用されるコンビニや100円ショップで入手可能な一般的な燃料。CB缶とも呼ばれます。)は低温環境では、燃焼自体が困難となります。必ず寒冷地モデルのガス缶を用意せねばなりません。また、ガスモデルは全体的に風に弱い傾向があるので、強風下では液体燃料モデルの方が圧倒的に使いやすいです。ガソリン燃料を使用できるモデルなら、最悪バイクから燃料を調達できるので、汎用性も高いでしょう。

使用しているストーブ

このように、特性を良く理解した上でモデル選定を行う事が重要です。また、当然ながらテント内での火力暖房は酸欠につながるので絶対に避けねばなりません。寒ければ高性能なシュラフにくるまり、さっさと寝る。これに限ります。

冬の北海道、真の怖さは凍結ではなく、天候!安全のために知っておいて欲しいこと

前述のように、冬の北海道の道は夏や秋とは全く様相が変わります。夏のツーリングで快走していた絶景ロードも、冬は全く様変わりし、バイクの走行を阻みます

冬の北海道で備えるべきリスクは、凍結道路だけではありません。天候もまた、絶対に見落としてはならないリスクなのです。冬の北海道では、沿岸部はときに台風並みの暴風が、内陸部も激しいブリザードが発生します。この風速は尋常ではありません。“強風”どころではなく、もはや台風のような、バイクごと飛ばされるほどの凄まじい風です。意図せず対向車線へ飛ばされたなら、それはいうまでもなく大惨事。また大雪と重なれば、そこは猛吹雪が支配する世界となってしまいます。雪は真横から吹き付け、目に見える速さで積雪してゆくのです。積雪量が20cmを超えると、バイクでの走行はかなり困難となり、もはや遭難状態と言っても過言ではありません。そして極めつけはホワイトアウト。日中の吹雪時に高確率で発生する現象で、日光の乱反射で視界を奪われた状態となります。

上の写真はまだ見通しのきく方。本格的なホワイトアウト状態は、まるで牛乳の中に落ちたかのように、全く前は見えません。視界は約5m程度。ヘッドライトを点灯した対向車ですら、視認できるのは自身の10m程度にまで迫ってから。道路の幅や中央線など全く視認不可能なのです。

そんな状態でも往来にはトラックなど多くの車両が行き交います。そんな中でバイクが停まっていたら……。視界がない中トラックに跳ね飛ばされるかもしれない、というリスクがあるのです。悪天候は極低温や路面凍結よりも恐ろしいリスクなのです。ですから、吹雪の中をバイクで走ることは絶対に絶対に避けなければなりません。また、後続車に乗る方と自身を守るためにも、バイク後部に大型で目立つ赤色灯の装着は必須!“安全”という言葉の中には、自身のみならず、事故を誘発させないという意味も含まれていることを、忘れてはなりません。

こういった過酷な天候に巻き込まれないためにも、こまめな天気予報のチェックや退避場所の想定といった情報収集が大事になってきます。ただ天気予報を見るだけでなく、天気図を見て風速や荒れ模様をある程度予想できるように、気象に関する知識を身に着けておかねばなりません。

大事なのは、複数のソースから情報収集を行うことです。全ての疑問点は複数のソースを確認し、より精度を高めることが大事なのです。冒頭で述べた“ライテクのみではない高いレベルの技量”とはこういった意味も含まれているのです。

圧巻の雪景色!冬の北海道を行く

さまざまな困難が待ち受ける冬の北海道ですが、その景色はもはや感動的!周囲全てが絶景。繰り返しますが、私が冬の北海道を巡るのはこの景色に出会いたいからこそ。もちろん、年越し宗谷岬で多くの同志達と出会うのも大きな魅力ですが、ぜひ、みなさんにも北の大地が魅せる大絶景を楽しんでいただくべく、写真を交えて現地の様子を少しご紹介いたしましょう。

まずは、猿払村道浜猿払エサヌカ線。通称“エサヌカ線”と呼ばれる北海道屈指の絶景ロードです。約8.3kmもの直線道路が海岸に沿って伸びる、ライダー憧れのルートです。ここは夏に行くと……

地平線一望!草原の中に伸びる道路の先は空につながり、北海道を全身で感じられる感動の道。冬季は通行止めですが、浅雪の場合は入口まで行けることもあり……

このように、夏と全く異なる表情を見せてくれます。まるで空と地上が一体化したような風景が楽しめます。

続いては、映画のロケ地としても有名な観光地、音更町の十勝牧場。一直線に伸びる白樺並木はなんと全長1.3km。夏は美しい白樺の幹が風景に大変映える場所ですが冬に訪れると……

白と青のコントラストが大変見事!ダート区間ですが、積雪すると舗装路と違いはわかりません。

そして、くだんの宗谷岬年越しキャンプの様子を。当地は近年異例の盛り上がりを見せており、2019年はバイクだけで100台を超える人数が宗谷岬に集まりました。常連の世代交代も起こっており、若いライダーが増えている事も特徴的でした。

一面に広がるテント群。これぞ通称“年越し変態村”で、ライダーたちのランドマークのひとつ。大晦日のみ見られる、もはや風物詩と化した光景です。海岸目前のため、暴風が吹くことが多く、非常に厳しい環境でのキャンプですので、やはり万全の装備で臨まなければなりません。

こちらは風車が立ち並ぶダイナミックな光景が魅力のオトンルイ風力発電所。オロロンラインを象徴する風景ですが、冬季は雪と風が吹き荒れる高難度の一本道に変貌します。道内屈指の強風ルートなので、荒天時は極めてリスクの高い道であることを強調しておきます。


路面積雪の極めて少ない十勝方面も、未舗装の林道には十分な積雪が。木漏れ陽の射す木々のトンネルは、厳しい寒気を若干和らげる暖かな雰囲気。何気ない光景ながら、冬旅ならではの情景です。

ライダー達はなぜ冬の北海道へ向かうのか?

ここまでお伝えしたとおり、冬季北海道ツーリングは過酷です。しかし不思議なことに、毎年大勢のライダーが冬の北海道を旅しているのもまた事実。宗谷岬の年越しに100台を超えるバイクが集まった年もあったのです。なぜ、ライダーは荒行のような旅に挑むのでしょう?

もちろん、旅の動機は人それぞれ。ここで結論を出せるお話ではありません。しかし「私の場合」と限定して述べるならば、それは“冒険”への憧れが、背中を押しているのかもしれません。リスクの高いバイクでの凍結した大地の旅は冒険要素満載です。幼少期にアニメや映画で見た冒険活劇の世界へ本当に行ける旅。それが冬の北海道バイクツーリングなのかもしれません。

宗谷岬で新年を迎えた後、夜が明けるとライダーたちはそれぞれの目的地へ向かい散って行きます。宗谷岬は旅の通過点に過ぎず、ライダー達の旅はまだまだ続きます。自宅まで安全に帰る。これこそが旅の終点なのです。

テクノロジーの発達によって、豊富な情報にアクセスできるようになりました。自宅でバーチャル旅行すら楽しめる時代です。しかし、どんなにテクノロジーが進化してもリアルな“冒険感”だけは体感できないでしょう。冒険を体感したい。この一念で私や多くのライダーが冬の北海道を訪れているように思います。

最後に、冒頭でお伝えしたとおり、本稿は冬季北海道ツーリングをお勧めするものではありません。が、もしもこれに挑む、という方がいらっしゃいましたら、くれぐれも周到に準備を行い、必要とされる技術を磨くことを忘れないでいただきたいと思います。もしも現地に到着し、少しでも「自分には無理だ」とお感じになるようであれば、どうか勇気をもって撤退の判断をしてください。

冒険は無事に帰ってこそ冒険です。不測の事態に陥っても、ゲームのようにリセットはできません。冬の北海道ツーリングは“失敗して覚える”というアプローチではなく、準備に準備を重ね挑まねばなりません。また、自身が事故を起こすとご家族や地元の方に多大な迷惑がかかります。近年、旅人が増えた事によるマナーの悪化も、深刻な問題となってきつつあります。これは冬の北海道ツーリングにかぎった話ではありませんが、自身は非日常を冒険中のつもりでも、周囲の方たちは現実世界を生きています。「冒険に憧れる少年」のままではなく、どうか大人として冒険を楽しんでください。

Twitter:@mototouring

編集:はてな編集部

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