人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、稚野鳥子先生!
55歳のベテラン少女漫画家・御堂アンを主人公に、マンガの製作現場や漫画家の恋愛事情を描く『月の指先の間』。
今回は、『このマンガがすごい!2017』オンナ編第13位にランクインした本作の著者であり、『クローバー』『東京アリス』などでも知られる稚野鳥子先生にインタビュー!
今回のインタビューでは、5月12日に発売された最新第3巻に描かれている主人公・アン先生の恋のゆくえ、そして、めったにきけない稚野鳥子先生の恋愛事情(!?)についてもおうかがいしちゃいました!
もうひとつの稚野鳥子先生の「漫画家人生30年の稚野先生がいま語る、少女マンガ界の光と闇とは……!?」も要チェック!
体験から生まれた超名言「コマさえ割ってあれば漫画や!」
——本作はアン先生の恋愛と、漫画家の内情話の2本柱となっています。キャリアの長いベテランでも日々苦しみ、戦っているという姿勢に勇気づけられるシーンが多々あります。
稚野 親が、私はアシスタントさんに指示してるときすごくイキイキしてるっていうんですよ。自分ではわからないんですけど、傍目にそういうふうに見えているとは意外でした。バトルじゃないけれど、そういう気持ちでマンガに向かっているのかな。
——「手を動かせばネーム描ける」「コマさえ割ってあれば漫画や!」といったセリフは、数々の難局をくぐり抜けてきた作家ならではの名言です。
稚野 悩んでる時間もないわけですよ。きょうネームができないと間に合わない。だから、とにかく集中して紙に向かってコマを割る。たぶんできるだろうと念じるしかない。……で、なんでネームができるのかって、自分でもいまだにわからないんですよ(笑)。
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悩める漫画家さんにとってまさに魔法の言葉! 1漫画家につき1匹ジョルジョがいてほしいものだ。
——シナリオなどは用意しない?
稚野 なんにもないです。編集さんと打ち合わせして、流れがぼんやりあるくらいで何を描くかあまり決まってない。でも、流れをただ描いてくだけのマンガが一番つまらないので、何か違うものが出てくるのを信じて手を動かす。
私のマンガでは特に、登場人物同士の会話のライブ感みたいなものが大事なんですよね。なくてもストーリー上は困らないような会話なんですけど、これっていうものが出てきたときはわかります。
——アン先生がたったひとりでネームに向かうときのキリッとした顔からは、真剣勝負の緊迫感が伝わってきます。
稚野 集中さえすればできるんですが。家とか仕事場だとそれがなかなかできないから、そのために外に行ってやるんです。
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アン先生を通して、稚野鳥子先生のネームのつくり方をかいま見れるのも本作の魅力のひとつ。
——ジョルジョみたいな存在が稚野先生の心のなかにいたりするんですか?
稚野 いないです。ジョルジョはかわいいから出してみたんですよ。ああいう存在がいたらいいなぁと思ってつくってみました。
商売としての漫画家を描いてみたい
——少女漫画家仲間で語りあうシーンで、アン先生がメディア化作品がないのを気にしているのにはハッとしました。そういう視点もあるんですね。
稚野 私の場合、『クローバー』は映画化されてはいますが……とにかくまわりがすごい漫画家さんばかりなので。冒頭の授賞式でのアン先生のスピーチは、海野つなみ先生が『逃げるは恥だが役に立つ』で第39回講談社漫画賞(少女部門)を受賞された時の私のスピーチそのままです。ご本人に許可を得て使わせて頂きました。
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まさかこのアン先生の名スピーチが、稚野先生の実体験だったとは! 今後もこうした実在のエピソードが含まれることに期待したい。
——ええ、そうだったんですか!
稚野 2年前ですか。実際はもっと長かったのをだいぶ削ったんですよ。その前の年、私が候補になったんですけど票が割れちゃってとれなくて。私過去に3回くらい候補になっているんですが、ノミネートされて落ちるとすごくいやな気持ちになるんですよ。こんな思いをするなら、初めから候補にならないほうがいいと思っちゃうくらいに。それをつなみ先生に話したら、つなみ先生も『回転銀河』で候補になってダメだったとき同じような気持ちになったと……。
——これはノミネートされた人にしかわからない気持ちですね。
稚野 賞にかぎらず、日々これだけ身を削って描いているんだから、何か目標というか、目指すところがないと長い間続けていくのは難しいと思うんです。
——まったくです!
稚野 私はフリーの経験があったので、最初から原稿料の交渉をしていたんです。でも、マンガ畑でしか生きてこなかった人たちがあまりにお金に対していわれるがままなのにけっこう驚いて。でも、(原稿料は)交渉しないと上がらないですから。
——まあ若いうちにデビューすると、それには気づけないですよね。
稚野 「これ以上はもう上がらない」といわれると「そうなのか」と思ってしまうみたい。そういうことじゃないと思うんですけどね。「原稿料が高くなったら使いにくくなるよ」といわれることもあるらしく……アン先生はそれで怒ってるわけですが(笑)。
将来をその人が保証してくれるわけでもないのに、「使えなくなるよ、って何それ!?」と。私たちは自分自身が商品なので、自分で商品価値を下げちゃったらダメなんです。この作品では、商売としての漫画家を描きたい気持ちもあります。
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漫画家以外の活動もされていた稚野先生だからこそ描けるシーン。これを読んで、原稿料の交渉をした漫画家さんもいるやも!?
——漫画家以外の人にも共通して響くところがありますね。
稚野 漫画家の道を選んだ当初は収入が減るとわかっていたので「なんで漫画家なんかになるんだ?」って言われましたね。ただ、イラストレーターって、好きなものが描けるわけじゃない。いわれたものを描かなきゃいけないし、よほど有名にならなきゃ作品集が出るわけでもない。才能の切り売りなんですよ。
一方マンガ家は100%ではありませんが、コミックスが出る。自分が仕事してきたものが残るのはありがたいと思っています。漫画家になるにはなんのコネもいらないんですよね。投稿して入選すればマンガ界に入れる。これはすごく公平だなと思っています。
——それにしても『月と指先の間』は、とても素敵なタイトルですね。夜型のアン先生の頭の上にはいつも月があって……月と指先(ペン先)との間の空間でマンガが生まれるという意味からつけられたそうですが。
稚野 『東京アリス』の最終回からまったく休みなしで新連載を始めたので、タイトルはあまり考える時間がなく……。
——夜な夜なの追い詰められた作業がこんなにロマンティックな言葉になるなんて、感動してしまいます。
稚野 いつも不思議なんですよ。私、ネームをシャーペンで描くんですけど、それまでどこにもないものがシャーペンの鉛の粉になって出てくるわけですよ。それが絵になって、ひとつの作品になるっていうのが不思議だなと。
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30年もの長い間、紙とペンに向かい合ってきた漫画家さんたちには、きっとその裏にたくさんの苦悩や喜び、ドラマがあるのだろう。
編集さんとの恋愛、もしかして稚野先生も……!?
——稚野先生は長年少女マンガを描き続けていますが、恋する女性を描く上で意識していることはありますか?
稚野 一番はヒロインが読者に好かれるタイプでないと、ということです。だれとだれがくっつくかを延々と描いてるわけなので、その過程に興味を持ってもらえるようなキャラクターでないと……どうでもいいじゃないですか。現実でも、大好きな親友の恋だったら「うまくいくといいな」と思って応援するのと同じで。
——読者が興味をもってその恋愛を見守っていくのが重要というわけですね。
稚野 『月と指先の間』の場合はちょっと変則かもしれませんね。アン先生が男性キャラクター的な立ち位置にあるので、黒月編集長を応援する人もいるかのかな? 「どうなるんだろう、この2人」とハラハラしながら応援したくなるキャラクターをつくるように心がけています。
——アン先生には長く不倫関係にある川藤局長という、他人の夫ではあるけど魅力的な恋人もいます。黒月編集長とは、アン先生の知らないところで火花を散らしてたりするわけですが……この2人にモデルは?
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アン先生に恋慕の情を抱く黒月編集長と、家庭を持ちながらも長年アン先生と関係を持つ川藤局長。アン先生をめぐる三角関係がどうなっていくのかも、第3巻以降の大きな見どころだ。
稚野 よくそれいわれるんですけど(笑)。川藤局長みたいなタイプはいるかな? 黒月編集長にモデルはいないです。あんな素敵な編集長はいません! ただ彼みたいに笑わない編集さんはいましたね。あと、いっしょにご飯を食べないって人も。
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せっかくのアン先生との食事の機会も、「笑わない」「食べない」で台なしにしてしまう黒月編集長。しかし、これには理由があるはず……?
——でも、実際に少女漫画家さんと編集さんが結婚するパターンってけっこう多いんじゃないですか?
稚野 それも描きたいんですけどね。たとえばフィギュアスケートの選手とか、カップルでペアを組むほうがいいって言いますよね。練習でうまくいかないことがあっても、カップルだと夜に修復できる。それって漫画家と編集にも置き換えられるんじゃないかなと。特に少女漫画家って恋愛を描いているわけですから、編集さんと恋愛についてずっと語りあってるわけですよ。そしたらお互いの恋愛観がわかるじゃないですか。ここで価値観があえばうまくいくに決まってる。あとは、どうやって仕事の垣根を跳び越えるかだけですよね。
稚野 最新の第3巻は、黒月編集長ってどんな人なのか、よりわかってもらえる内容になっています。また、川藤さんとつきあうことになった過去のいきさつとか。
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第3巻では、黒月編集長のアン先生への想いがあふれだす! 思わず応援したくなる乙女っぷりに注目!
稚野 アン先生と川藤さんの場合は20年ものつきあいだから、その間に何度か離れている時間があったとしても、すでに若干家族に近い存在になっているから別れるのがすごく難しいんですね。そこに黒月編集長が現れた時、若い人は「黒月編集長は独身だしそっちがいいじゃない」と思うかもしれないけど、 そう簡単なことじゃないんですよ。50代のアン先生にとっては新しい関係を築くというのがかなりしんどいはず。うまくいくかもわからないし。局長とはこれ以上進展はしないけど、今までと同じようにやっていける安心感はあるわけです。川藤さんの奥さんはたぶん2人の関係に気がついてて、容認されてるようなものだと思うんですよ。
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同世代の人間だからこそわかりあえるものがある。不倫とわかっていても、アン先生にとって、川藤さんは切りがたい存在なのである。
稚野 アン先生が川藤さんを切って黒月編集長に行けるかというと、そこまで彼を好きかどうかわからないし、川藤さんのように頼れる人がいなくなってしまうのが怖い。そこが20代、30代の恋愛観との違いかな。アン先生が安心して身をまかせられるくらいに黒月編集長が行動してくれたらいいんですけどね。
——大人の恋愛観、人生観をたっぷりと感じられる解説をありがとうございます。では、最後に読者へのメッセージをお願いします。
稚野 もっと斬新に少女マンガ界の内部に斬りこんでいく内容を描いていきたいと思ってますので、どうぞ期待していてください!
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『月と指先の間』第3巻絶賛発売中!
取材・構成:粟生こずえ
稚野鳥子先生の『月と指先の間』も紹介している
『このマンガがすごい!2017』は絶賛発売中!
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