私が中学生だった頃の話だ。
そのころ実家で暮らしていた私は、兄弟と部屋を分けており、自分の部屋を自由に使うことができた。部屋を広く使いたくて隅に布団を敷き、枕元には初めて自分で買ったステレオを置いていた。毎日のように布団に寝転びながら、耳元のスピーカーから流れる音楽を楽しんでいたものだ。
当時、携帯電話はまだ普及しておらず、実家では流行りのコードレスフォンが導入されていた。私はそれを夜になると自分の部屋に持ち込み、まるで自分専用の電話のようにして友達と一日中話し込んでいた。
そんなある日、部活の都合で家族の外出に同行できず、家でひとり過ごすことになった。いつものように布団に横になりながら友達と電話をしていたが、疲れがたまっていたのか、話しているうちに眠気に襲われた。電話を切り、部屋の電気を消してそのまま眠りについた。
夜中、ふと目を覚ました。季節がいつだったかは覚えていない。ただ、目が覚めた瞬間、体が動かなくなっていること、そして頭が割れるように痛いことだけははっきりと覚えている。真っ暗な部屋の中で、すぐに「金縛りだ」と直感的に理解した。それまでは特に怖いとは思わなかった。
だが、目の前に置かれていたコードレス電話の緑色の通話ランプがふっと光るのを見たとき、状況が一変した。「電話を切り忘れたのか?」と一瞬思ったが、明らかにその場でランプが点灯する瞬間を目撃していた。誰からの電話でもなく、鳴っているわけでもない。それなのに、間もなく電話から発信音が鳴り始めた。
「プー…」という発信音の中に、低い声で何かを話しているような「ボソ…ボソ…」という音が混ざっているのが聞こえた。耳元から少し離れているせいか、はっきりとは聞き取れない。ただ、聞き取れたのは断片的な言葉だった。
「グズッ、グズッ…」「…してやれ。」
その声が男のものだと気づいた瞬間、全身に悪寒が走った。すると突然、枕元に置いていたステレオの大きなスピーカーから「ザザザザザザ」という耳をつんざくようなノイズが爆音で流れ出した。金縛りのせいで体は微動だにせず、汗が噴き出し、頭の中で「嫌だ!嫌だ!」と叫んでもその音から逃れることはできなかった。
やがてそのノイズの中に、多くの人が囁いているような声が混じって聞こえてくる。「ころして」「くらい」「きたよ」「でたい」「つめたい」など、不気味な単語が浮かび上がる。その声の合間には、どこか抑揚のある読経のような音も聞こえてきた。
必死に耐えていると、突然その混ざった雑音の中からはっきりとした男の声が響いた。
「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」
その言葉を聞いても最初は意味がわからず、ただ頭の中で何度も反芻していた。「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ」……その言葉が何度も何度も繰り返され、耳元で怒鳴られているかのように響き渡る。
耐えられなくなった私は、頭が割れるような痛みをこらえながら、精一杯の力で「やめてくれーーーー!」と叫んだ。声が実際に出ていたかはわからないが、その瞬間、声も音もすべてがぴたりと止んだ。金縛りも解け、体を動かすことができるようになった。
急いで部屋の電気をつけようと立ち上がろうとするも、頭痛がひどくなかなか動けなかった。さっきの言葉の意味を考えれば考えるほど恐怖が増し、涙が止まらなかった。なんとか部屋の電気をつけ、ようやく震えが少し治まってきたころだった。
「がたん」
階下から何か物音がした。夜中ではあったが、家族が帰ってきたのかもしれないと期待して、恐る恐る引き戸を開けることにした。5ミリほど開けると、階段に電気がついているのが見えた。その光に少し安心し、さらに引き戸を開けて様子をうかがいながら外に出た。
しかし、その安心感はすぐに消えた。階下から「ガリ、ガリ、ガリ…」という音が聞こえてきたのだ。最初は床がきしむ音かと思ったが、明らかに何かが引っかいている音だと気づいた。恐る恐る階段の中腹まで下りていくと、音はさらにはっきりと聞こえてきた。
そこには、廊下の床を四つん這いで掻き毟る真っ黒な男の影があった。黒い姿はどこを向いているのか分からなかったが、体を起こした瞬間、確実にこちらを見ていると感じた。
「ヤバイ!」そう思った瞬間、全身の神経が剥き出しになるような感覚に襲われた。とにかく部屋に戻らなければと必死で階段を駆け上がると、男が追いかけてくる音が背後から聞こえてきた。振り返ることなく部屋に飛び込み、引き戸を閉めて鍵をかけた。
しばらくして、戸越しにかすかに聞こえた声――「このいえのしたにいるおんなのこをはなしてやれ!」――泣いているようなその声に、私は朝まで布団を抱え震え続けた。それ以来、あの家でひとりになるのを避けるようにした。
[出典:674 名前:タズ 投稿日:2001/07/25(水) 20:56]