メキシコのぷるぷる
「すごくおいしいわけじゃないけどなぜか好き」という食べ物は誰にでもあるのかもしれない。
わたしにとってそれは味噌汁の麩だったり正月の前だけスーパーに売られているテリーヌだったりするのだが、そういう味以外の何かにひかれ、見かけるとつい買ってしまう食べ物である。
メキシコでわたしはそのようなデザートに出会った。
それはゼリーである。
しかしただのゼリーではない。
色は店によってさまざまだが、赤や緑といった鮮やかな色のサイコロ形のゼリーが、クリーム色のゼリーの中に入っている。
地のクリーム色部分も白やピンクなど2層になっていることがあり、なんともいえず愛らしい。
揺らすとぷるぷるするのでより愛しさがます。
このゼリーはデザートのワゴン屋台や菓子屋などでプリンと並んで頻繁に売られており、値段も安価だ。
味は人工的な風味で、フルーティーでもないしたいして甘味もない。
それでも見た目につられて買ってしまうのである。
それにしてもこの最上級にかわいいゼリーはいったい何と呼ばれているのだろう。
いつも現物を指差して注文していたため名を知らずとも困ることはなかったが、ある日やっとその名が判明した。
店のおばさんが「ヘラティーナ、ひとつだね?」と確認してくれたからだ。
ヘラティーナ。
軽やかな響きだ。
ヘラティーナにはきっとこのような言い伝えでもあるのではないか……。
《昔むかしヘラ族の女ヘラティーナが太陽の神の目にとまり、ケツァルコアトルによって天上に運ばれた。
ヘラティーナの婚約者が「どうかわたしの恋人を返しておくれ」と神に懇願すると、神は「わたしを満足させる美しい食物を捧げよ」と言う。
そこで婚約者はトウモロコシ酒やショコラテを捧げたが、神は「うまいが美しくはない」の一点張り。
苦心のすえ虹色のゼリーを作って太陽の神に捧げたところ、ついに神は顔をほころばせてこう言った。
「このようにあでやかなデザートは初めてだ。
これから毎日わたしにこれを捧げるのならば、おまえの恋人を返してやろう」……》
その美しさにふさわしい名を
とまあ、そんなことを考えながら夕刻になるとデザート屋を探していたが、ある瞬間、わたしの脳内で「ヘラティーナ」のつづりが浮かび、そこからショッキングな事実に気づいたのだ。
スペイン語で「へ」は「g」から始まる可能性がある。
つまりスペイン語で「ヘラティーナ」のつづりはおそらく、
ge la ti na……
ローマ字読みすると、ゼ、ラ、チ……
ゼラチン……?
検索すると「ヘラティーナ」はやはりスペイン語で「ゼリー、ゼラチン」という意味であった。
信じたくはないが、わたしが愛してやまないこのデザートは極めて実務的な名で呼ばれている。
たしかに味はゼラチン以上のものではなく、どう考えてもゼラチンなのだが、その事実は残酷すぎやしまいか。
数色のゼリーを作る手間や、輝かしい見た目に見合っていないではないか。
わが国では素朴な田舎のお菓子といった風情のわらび餅を「とろり天使の……」とまで言い切り、その結果、若い世代まで行列を作るような人気スイーツに昇華させている。
安価に幸せをもたらしてくれるヘラティーナすなわちゼラチンにも、もっと工夫を凝らされた名がつけられて然るべきだ。
わたしはこう叫びたい。
ヘラティーナにふさわしい名を!
そこでわたしはヘラティーナの新しい名を考えた。
「ぷるりグアダルーペのほっぺ」
どうだろうか。
グアダルーペとは聖母であり、メキシコでは親しみのある宗教的シンボルだ。
ヘラティーナすなわちゼラチンあらため《ぷるりグアダルーペのほっぺ》が、今後も虹色の輝きで人々を魅了し、今後わたしがまたメキシコを訪れるときまでぷるぷる存在していることを切に願う次第である。
(プエブラのデザート屋。
右がヘラティーナ、左はアロッソ・コン・レチェ(米のミルク煮))
(オアハカの繁華街に夜だけ現れるワゴンのデザート売りから購入。
左はプリン)
(タスコのケーキ屋のヘラティーナ。
地の色が二層になっているタイプで、二層になっているが味に変化はなくあくまでもゼラチン。
こうした首尾一貫した姿勢が好きだ)
(これはメキシコシティのデザートワゴンで購入したゼリー。
カップに入っていない分弾力が強く、中にドライフルーツらしきものが入っている。
味はもちろんおいしくもまずくもなく、ひたすらゼラチンがぷるぷるしている。
このタイプもヘラティーナと呼ぶのかはよくわからない)